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プレスリリース

光の波が振動する様子を直接計測する新しい光技術(藤グループ)

[概要]

光の強度を検出する光検出器は、現在あらゆる場所で使われています。一方、光は本来、 電磁波と呼ばれる「波」です。その波の周期は、数フェムト秒(フェムト秒=1000兆分の1秒)と非常に短いため、一般的な光検出器で波の形そのものを直 接計測することはできません。このような光の波の計測では、その振動の周期よりも十分短いアト秒(フェムト秒のさらに1/1000)の時間幅をもった光パ ルス(カメラのフラッシュのように短い間だけ光るレーザー光)を使った計測法によってしかできないと考えられていました。2004 年に、マックスプランク量子光学研究所において、アト秒パルスを使った光の波の計測実験が初めて成功しましたが、アト秒パルスを発生させるためには、巨大 で高価な装置が必要であり、光の波の計測を一般的に応用することは考えられませんでした。
自然科学研究機構分子科学研究所の藤貴夫准教授らは、アト秒パルスを使用しなくとも、計測対象の光の波そのものを基準とした計測 (自己参照)によって、可視光の波の形を計測することができる技術を開発しました。この手法は、フェムト秒光パルスの強度の幅を計測する手法と、テラヘル ツ電磁波(可視光の千倍長い周期の電磁波)の振動を計測する方法を組み合わせたものであり、これまでになかった全く新しい手法です。
この手法によって、光の波を計測することが容易となり、より広い分野に応用できるようになったといえます。一般的な応用の一例としては、光の強度の ON/OFFだけなく、波としての振動と向きも使った新しい光通信の手法が開発されるきっかけになることが期待されます。本成果は、英国ネーチャーグルー プが発行するオンライン限定の学際的ネーチャー姉妹誌「ネーチャー・コミュニケーションズ」に11月15日(英国時間)に掲載予定です。

[研究の背景]

光の波(以下光電場)の振動は、1周期で1~2フェムト秒(注1)程度であり、十年ほど前までは、直接計測するこ とは夢のような話でした。しかし、2002年に極端紫外光(注2)のアト秒(注1)パルス発生が現実のものとなり、2004年には、そのアト秒パルスを基 準として使うことによって、光電場を直接計測することが可能となりました [Science 305, 1267]。この手法は、基本的には、アト秒パルスと計測対象の光電場との光演算の信号を測定する手法であり、その装置の概念図は図1aのように示されま す。この手法はアト秒ストリーク法と呼ばれており、発表されてから十年ほどになりますが、まだ、一般的な実用化には程遠い状況です。この手法がなかなか普 及しない原因は、アト秒パルスの発生と取扱いが、非常に難しいことにあります。例えば、アト秒パルスは、極端紫外光であるため、真空中でしか使用できず、 光電場の計測は、真空中で行う必要があります。そうしたことが理由で、この光電場測定の研究は、まだごく少数の研究グループで行われているにすぎません。

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図1 二つの光電場計測法を比較した図。(a)アト秒ストリーク法の概念図。計測対象パルスと参照光パルスである アト秒パルスとの光演算の信号を、遅延時間を掃引しながら測定し、光電場の計測を行う。計測対象の光パルスと別に、アト秒パルスを用意する必要がある。 (b)藤准教授らが開発した新しい手法の概念図。計測対象の光パルスそのものを使って、光電場の計測が可能である。FROGとEOSの信号を同時に計測 し、それらの情報から、光電場を完全に再現することができる。

[研究成果]

最近、藤准教授らは、従来まったく無関係と考えられていた2つの光計測手法である周波数分解光ゲート法 (FROG) [Opt. Lett. 18, 823] と電気光学サンプリング法(EOS) [Appl. Phys. Lett. 67, 3523] を組み合わせることで、計測対象の光電場の周期よりも長い光パルスを基準として使っても、その光電場を計測できることに気がつきました。
FROGは、フェムト秒ほどの幅をもった光パルスのパルス幅を計測する手法の一つです。フェムト秒程度の幅をもった光パルスは、様々な波長の光が重なり 合って構成されています。FROGは、その計測対象の光パルスと、基準とするパルス(以下参照光パルス)とを光演算した信号を波長ごとに分解し、それぞれ の波長成分の時間変化を計測する手法です。この手法は、計測対象の光パルスよりもパルス幅の長い参照光パルスを使って、計測対象の光パルスのパルス幅を計 測することができるので、計測対象の光パルス自身を参照光とした計測が可能となります(自己参照)。しかし、この手法では、パルス光電場が振動する様子 や、その向きについての情報は得られませんでした。
一方、EOSは、アト秒ストリーク法と同じように、参照光パルスを用意し、そのパルスと計測対象の光電場との光演算の信号を測定する手法です。光電場の波 形を直接測定することができるので、パルス電場の向きの情報が得られます。しかし、計測対象の光電場の周期よりも短い参照光パルスが必要でした。この方法 は、振動周期が可視光よりもずっと長い(数百フェムト秒程度)テラヘルツ波の計測では常套手段となっていますが、振動周期が数フェムト秒の可視光電場を計 測することには使われていませんでした。
これら2つの光計測法は、それぞれ異なる分野で発展してきた手法であり、これらを組み合わせることを考える人は今までいませんでした。藤准教授らは、この 2つの計測法を同時に行うことができることを見出し、それによって、計測対象の光電場の周期よりも長い参照光パルスを使っても、光電場の振動の様子を計測 できる手法を考え出し、次のような実験を行いました。
計測対象のパルスは、振動周期が11フェムト秒程度の中赤外光パルス(注3)の電場であり、その光電場が振動する様子を、30フェムト秒の参照光パルスを 用いて測定しました。この実験結果を図2に示します。図2a ~ cは上向きの光電場パルスを計測した結果で、図2d ~ fは、下向きの光電場パルスを計測した結果です。図2aと図2dは、それぞれのFROG信号であり、波長分解した光電場強度の時間変化の情報が得られるの ですが、電場の向きが変わっていても、信号に差がありません。一方、図2bと図2eのEOSの信号では、電場の向きについての情報がありますが、電場強度 については、不完全な情報しかありません。これらの情報を組み合わせることによって、図2cと図2fのような、完全な光電場の情報が得られることになりま す。
計測対象の振動周期よりもはるかに長い参照光パルスを使って、電場の振動を実時間で測定できたことは、この手法を応用すれば、自己参照によって、どんなに短い波長の光電場の振動も観測することが可能であることを意味しています。自己参照の実験の概念図を図1bに示します。

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(a)FROGと(b)EOSの信号から、(c)光電場を完全に再現できる。光電場の上下の向きを変えると、(d)FROGの信号では区別がつかないが、(e)EOSの信号では、反転していることがわかる。その情報をもとに再現されたパルスは(f)のようになる。

[今後の展開]

アト秒パルスを使わなくとも、計測したい光電場自身そのものを利用することによって光電場を計測する手法、つまり 自己参照による光電場を計測する手法が確立すれば、光電場の直接計測は、どんな短い波長でも可能となり、光計測の分野で大きなブレークスルーになると考え られます。
光電場を使った新しい超高速エレクトロニクス「Lightwave electronics」という分野を、アト秒ストリーク法を基盤にして立ち上げることが提唱されています [Science 317, 769]。これは、光電場に情報をのせて、転送・検出する技術の開発です。このような技術が確立すれば、現在の最速の光通信の速度よりも3桁以上速い毎秒 ペタビット(注4)の通信が実現します。しかし、アト秒ストリーク法を基盤技術とした場合、超高速エレクトロニクスを一般的に普及することは極めて困難で す。現在のアト秒ストリーク法は、電場波形を測定する手段としては、あまりに複雑で高価なためです。この手法を使って、光電場を直接計測することを目的と した実験は、2004年に論文が発表されて以来、これまでごく少数のグループでしか行われていません。
本研究で開発される手法が確立すれば、アト秒パルスがなくとも、光電場の計測が可能となります。測定したい電場そのものを使って光電場を計測できるので、 測定可能な波長領域の制限がなくなり、また、光電場計測の難易度を大きく下げることになるので、超高速エレクトロニクスの発展に大きく貢献すると考えられ ます。

[用語解説]

(注1)フェムト秒、アト秒
フェムトは10-15を意味する。つまり、1フェムト秒=1000兆分の1秒となる。アトはフェムトの1/1000を意味するので、1アト秒=100京分の1秒となる。なお、マイクロは10-6、つまり、100万分の1、ナノは10-9、つまり、10億分の1を意味する。
(注2)極端紫外光
波長が1 ~ 10 ナノメートル程度の光。可視光(波長は400 ~ 800ナノメートル程度)よりも短い波長の紫外光で、目には見えない。X線に近い波長領域の光である。空気中の分子に吸収されるので、真空中で取り扱う。
(注3)中赤外光
波長が2.5 ~ 20マイクロメートルの光。可視光よりも波長の長い光でやはり目には見えない。二酸化炭素など、様々な分子によって吸収されるが、このことを利用して、物質の同定に使われることが多い光である。
(注4)ペタビット
ペタは10の15乗を意味する。つまり、1ペタビット=1000兆ビット、となる。現在の光通信は、毎秒1兆ビット(1テラビット)の情報転送が限界である。

論文情報

掲載誌:Nature Communications
論文タイトル:Frequency-resolved optical gating capable of carrier-envelope phase determination
       キャリア・エンベロープ位相も決定できる周波数分解光ゲート法
著者:Yutaka NOMURA, Hideto SHIRAI, Takao FUJI (野村雄高、白井英登、藤貴夫)
掲載日:2013年11月15日 doi:10.1038/ncomms3820

研究グループ

自然科学研究機構分子科学研究所
 野村 雄高(のむら ゆたか)
 白井 英登(しらい ひでと)
 藤 貴夫(ふじ たかお)

研究サポート

科学研究費補助金 基盤研究(B) 課題番号24360030
科学技術振興機構 先端計測分析技術・機器開発プログラム
エクストリームフォトニクス
融合光新創生ネットワーク

研究に関するお問い合わせ先

藤貴夫(ふじ たかお)
自然科学研究機構・分子科学研究所・分子制御レーザー開発研究センター 准教授
TEL: 0564-55-7339、FAX: 0564-53-5727
E-mail:fuji(@)ims.ac.jp