研究概要

持続可能なエネルギー社会の実現に向け、電気化学反応を利用した蓄電・発電の重要性が高まっています。現在、リチウム二次電池や燃料電池を越える次世代のエネルギーデバイスの実現を目指して、激しい開発競争が世界的に繰り広げられていますが、いまだ確たる本命は不在の状況です。次世代エネルギーデバイスには、エネルギー密度、作動温度、耐環境性能など、用途に応じたさまざまな性能が求められます。これらを達成するためには、既存の研究開発の延長線上にはない、基幹材料のブレークスルーが必要になります。これまでプロトン(H+)やリチウムイオン(Li+)、ナトリウムイオン(Na+)、マグネシウムイオン(Mg2+)、酸化物イオン(O2–)などを電荷担体に利用した燃料電池や蓄電池の開発が行われてきましたが、新たな電荷担体を伝導種とする電極や固体電解質材料が出現すると、全く新しい作動原理をもつエネルギーデバイスが創成できると期待されます。我々の研究グループでは、水素のアニオンであるヒドリド(H)のイオン導電に着目しています。

Hは1価のアニオンでO2–と同程度の適度なイオン半径を持ち、固体内での高速イオン導電が期待できます。また、卑な標準酸化還元電位(–2.25 V vs. SHE)を持つことから、Hの酸化還元反応とイオン導電現象を蓄電・発電反応に利用することができれば、高エネルギー密度のエネルギーデバイスが実現する可能性があります。しかし、熱的・電気化学的な安定性を備え、Hのみをイオン導電する物質はこれまでに発見されておらず、Hのイオン導電現象を蓄電・発電反応に利用する試みはありませんでした。

最近、我々の研究グループでは、HとO2–が結晶格子内に共存する酸水素化物という物質群に着目し、H導電性の固体電解質として機能する新物質La2–xySrx+yLiH1–x+yO3–y(以下LSLHO)の開発に成功しました。さらに、LSLHOを固体電解質に用いてHを電荷担体とする全固体型の電気化学エネルギーデバイスが作動することを世界に先駆けて見いだし、H導電を利用したデバイスの作動原理を実証しました。我々は、この研究成果によって固体イオニクスと電気化学の新しい研究領域が開拓され、蓄電池や燃料電池にHという新しい概念を導入できると期待しています。

これまでに得られた研究結果を基に、Hが結晶内を高速で拡散するH超イオン導電体や電極材料などの新物質探索とH導電を利用した新型電池の開発をおこなうと同時に、Hのイオン導電機構の解明など、H導電に関する学理を確立・体系化する研究に挑んでいきます。

図1. H導電体La2–x–ySrx+yLiH1–x+yO3–yの結晶構造。層状ペロブスカイト型(K2NiF4型)の、(LiH2)層と(LaSrO2)+層が積層した構造をとる。Hは(LiH2)層(LiH4平面)を二次元拡散する。広い組成範囲(0 ≤ x ≤ 1,0 ≤ y ≤ 2)を持ち、ランタン(La)とストロンチウム(Sr)の組成比を変えると結晶格子内のHとO2–の比率を制御することが可能。