
TOPページ > 唯 美津木
触媒とは、化学反応に際し、反応物質以外のもので、系内に存在することで反応速度を速めて化学反応を進行させる物質のことをいいます。化学工業の多くのプロセスにおいて、触媒が使われており、化学工業プロセスには欠かせない存在ですが、その開発は、数多くの試行錯誤に頼ってなされています。
先生は、触媒として働く物質の構造を、化学反応が進行しているその場で測定できる様々な方法で調べることにより、新しい触媒を作り出すための方法を開発することを目指しています。
例えば、高校の化学の教科書でもおなじみのフェノールという物質の工業的製法は、クメン法という方法です。この方法では、石油から得られるベンゼンを3段階の反応でフェノールまで変換します。先生は、2006年に、ベンゼンから1段階の反応でフェノールを合成できる画期的な触媒の開発に携わり、開発した触媒の構造や働きを解明してきました。将来、もっと開発が進んで工業的に利用されるようになれば、高校の化学の教科書は書き換えられるかもしれません。
他にも、酵素のように作りたい物質に適した形状の空間を創りだす、モレキュラーインプリンティング法という手法でも成果を上げています。
もっと詳しく知りたい方は、下記をご覧ください。
http://www.ims.ac.jp/know/material/tada/tada.html
http://groups.ims.ac.jp/organization/tada_g/
ビデオ:http://www.ims.ac.jp/know/bunshi_video.html
研究者になったのはなぜですか?
そもそも、私は文系科目、特に語学が大変苦手だったので、進路の選択としては理系しか考えていませんでした。数学と化学が好きでした。
特に、化学は実験でいろいろな物質を使って反応させて、その様子を目で見ることができるので、とても好きでしたね。新しいものを作ることをやってみたいと思っていました。
理学部化学科に進学して、そのまま大学院に進学したのですが、初めは、将来のことは殆ど考えていませんでした。
学部学生として研究室に所属した際に、新しい触媒を作る研究がしたいと当時の指導教員の先生に申し上げ、新しく固定化金属錯体という物質を使ったモレキュラーインプリンティングの触媒開発を始めました。難しい研究でしたが、沢山実験をしましたし、いい成果が出ていたので楽しかったですね。博士課程2年生の夏、大学院を中退して助手にして頂きました。
フェノール合成触媒への道のりについてお聞かせ下さい。
レニウムという金属を、触媒としてうまく使えたことが一つのポイントになるかと思います。
レニウムに着目したのはどういう点からですか?
レニウムが含まれる物質の一部は、すぐに気体になってしまうという非常に扱いにくい物理的性質を持っていて、高温で酸素と反応するとすぐに気化してしまうことから、なかなか酸化反応の触媒に使うことは難しかったんです。このため、酸化反応に優れたレニウムの触媒というのは殆ど知られておりませんでした。
当時の研究グループでは、その点に着目し、様々な工夫をしてレニウムを気化させない条件を見出して、新しい酸化反応の触媒を開発していました。その中の反応の一つが、ベンゼンからフェノールを合成するという反応だったのです。最初の段階では、検出できないくらいの微量なフェノールしか得られませんでした。その後、いろいろな努力をしたのですが、フェノールへの転化率の大幅な向上は、なかなかうまくいっていませんでした。
私がレニウム触媒を使ったフェノールの合成に着手したのはこの頃でした。ちょうど、モレキュラーインプリンティングなどのそれまでの研究テーマに少し余裕ができ、同時にレニウムの研究もやり始めたんです。特に、私は触媒の構造を観るためのいろいろな分光法を使うことを得意としていましたので、フェノールを合成できるレニウム触媒がどういう構造をとっているか、その点を解明する研究をスタートさせました。
一般に、固体触媒では、いろいろな構造の触媒が混ざっていて、どういう構造のものが触媒としてよく働くのかを、分子のレベルで知ることはとても難しいです。レニウム触媒も、反応の条件で様々な構造をとることがわかり、私は、いろいろな方法を使って、その中で、反応の条件ではわずかしか存在しない構造のものが、触媒として強い活性を持っていることを見つけました。その後は、活性なその構造ができる条件などをよく調べ、触媒開発、反応などの実験を積み重ねて、ベンゼンの転化率を5%までに向上させました。最初の研究の芽が見つかってからここまで5年くらいかかったでしょうか。それが2006年です。その後、この研究を基に、更にいろいろな触媒を作って、触媒性能の向上を目指しています。