分子科学研究所

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大学院教育

総研大生コラム - 寺島 悠人さんの体験記

NMR測定に関する技術習得

寺島 悠人さん
分子科学コース3年(執筆当時)
分子研レターズ 94号 掲載(2026年9月号)

私は2026年2月、SOKENDAI研究派遣プログラムを通じて、ウプサラ大学 Máté Erdélyi教授の研究室にてNMR測定に関する技術を習得しました。

我々はこれまでに、新たな分子性触媒として、ハレニウム錯体触媒を開発してきました。本触媒は、一価ハロゲンX+ ( X = Br, I )、ビスピリジル配位子、対アニオンYから構成され、[ N ⋯ X ⋯ N ] Yと表記されます。ここでX+はビスピリジル配位子の窒素原子と「三中心四電子ハロゲン結合」を形成しています。これまで二中心ハロゲン結合を利用した触媒設計例は存在しましたが、三中心四電子ハロゲン結合を組み込んだ例は我々が初めてです。ビスピリジル配位子は有機合成化学的な分子修飾が可能であり、分子修飾による触媒活性の向上が期待できます。また、対アニオンも触媒活性に大きく影響し、無機分子に加えて有機分子を対アニオンに用いた錯体も調製できることを明らかにしました。現在、ビスピリジル配位子および有機対アニオン「スルホンイミデート」から構成される[ N ⋯ X ⋯ N ] Yの改良を進めています。具体的には、配位子および対アニオンに電子求引基または電子供与基を導入した[ N ⋯ X ⋯ N ] Yのライブラリを合成し、それらの収率データおよびを触媒構造に基づくパラメータを用いて、機械学習により最適な置換基を探索しています。

本派遣では、NMR測定法である15N HMBCおよびDOSY、IPEに関する測定技術を習得しました。測定対象とした化合物は、ビスピリジル配位子および有機対アニオン「スルホンイミデート」から構成される[ N ⋯ I ⋯ N ] Yです。

15N HMBC (Heteronuclear Multiple Bond Correlation)は、1Hと15Nの間の2あるいは3結合を介したスピン結合を検出するNMR測定法であり、窒素原子周辺の分子骨格の決定に活用されます。15Nは天然存在比が低いため、直接15N-NMR ピークを測定するためには長時間の測定を要する上に、検出感度が低いという問題が存在します。そこで15N HMBC では、1Hを介して15Nを検出することにより、短時間で高感度な測定が可能となります。今回、15N HMBCにより、ビスピリジル配位子単体の15N-NMRピーク値および、[ N ⋯ I ⋯ N ] Y中のビスピリジル配位子の15N-NMRピーク値を測定しました(図1*)。これら2ピークの値が異なることから、三中心四電子ハロゲン結合が形成されていることが示唆されます。また、ピリジン環4位に置換基を導入したビスピリジル配位子単体の15N-NMRピーク値も同様に測定したところ、導入した置換基の電子供与性の変化に伴い、ピーク値も変化しました。この結果は、置換基の変化が、ピリジン環内の電子状態変化に影響を及ぼしていることの確認となりました。今後、ビスピリジル配位子および対アニオンそれぞれに電子求引基または電子供与基を導入した[ N ⋯ X ⋯ N ] Yについて15N HMBC測定を実施して15N-NMRピーク値を入手します。そして、機械学習におけるパラメータとしてピーク値を利用し、最適置換基を探索する予定です。

DOSY (Diffusion Ordered Spectroscopy)は、パルス磁場勾配を利用して分子の拡散運動を観測するNMR測定法です。分子は、大きいほど拡散が遅くなり、小さいほど拡散が速くなるため、混合物試料の複雑なスペクトルを分子毎に分離することが可能です。分子毎の拡散速度を示す比例定数は拡散定数と定義され、DOSY測定により算出されます。今回、ビスピリジル配位子単体および[ N ⋯ I ⋯ N ] YについてDOSY測定を実施したところ、単一化合物のピークがそれぞれ観測されました(図2*)。この結果は、測定試料に不純物が混在していないことの確認となりました。また、[ N ⋯ I ⋯ N ]+および対アニオンYの拡散係数は等しい値を示したことから、錯体が強固なイオン結合で形成されていることが示唆されます。今後、ビスピリジル配位子および対アニオンそれぞれに分子修飾を施した[ N ⋯ X ⋯ N ] YについてDOSY測定を実施し、その結果から、純度を確認すると共に、錯体毎の拡散係数の差異について調査する予定です。

IPE(Isotopic Perturbation of Equilibrium)測定は、測定試料において観測される同位体効果をもとに、分子内の平衡状態について分析する手法です。NMR測定において単一のピークとして現れる速い平衡について、同位体標識によりピークをわずかに変化させることで、平衡状態が動的であるか、静的であるかといった知見を得ることが可能です。今回、ビスピリジル配位子単体および[ N ⋯ I ⋯ N ] YについてIPE測定を実施しました(図3*)。ピリジン環α位を重水素化したビスピリジル配位子を使用して、複数の測定温度での13C {1H, 2H}-NMR測定における同位体効果を観測することで、一価ヨウ素およびI+ビスピリジル配位子の間で三中心四電子ハロゲン結合が形成されていることを確認しました。今後、配位子および対アニオンそれぞれに種々の置換基を導入した[ N ⋯ X ⋯ N ] YについてIPE測定を実施し、所望の結合が形成されているか確認する予定です。

おわりに、 NMR測定に関してご指導いただいたMáté Erdélyi教授の研究室の皆様に感謝いたします。NMR測定を専門とする研究者から説明を受けることで、繊細な心で測定・分析に向き合う姿勢の重要性を再確認しました。また、実験操作に関して議論する中で、自分の意見を尊重しつつ、柔軟に他者の意見を受け入れることの重要性をも再確認しました。今後は、習得した測定技術を駆使し、研究遂行に務めて参ります。

 *図1~3 についてはこちらのPDFをご参照ください。

寺島 悠人さんの略歴

てらしま・ゆうと
2024年3月、名古屋工業大学 工学部 生命・応用化学科 卒。2024年 4月より椴山グループにてハレニウム錯体触媒について研究している。最近好きな言葉は、トルストイの「If you want to be happy, be.」。毎朝、「今日はどんなことが起きるんだろう」という可能性に胸を膨らませて家の扉を開けている。