分子科学研究所

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2006/03/23

研究成果

量子のさざ波を世界最高精度で観測・制御―大森グループらが成功 【サイエンス、フィジカルレヴューレターズに相次いで発表】

米国の科学雑誌サイエンス(3月17日)、フィジカルレヴューレターズ(3月6日)に相次いで発表

 

「物質は見方によって粒子になったり波になったりする。」これは量子論が我々人類に残した最大の謎である。有名なヤングの実験もそうだが、ふつう研究者達は、物質の波動性を証明しようとする際には、物資波が重なった後にできた干渉縞を観察しようとする(→図1)。ところが今回研究チームは、フェムト秒(フェムト=1000兆分の1)の時間スケールで二つの原子波がぶつかって干渉し始める瞬間を、ピコメートル(ピコ=ナノの1000分の1)の空間分解能で可視化することに成功した(→図2)。さらに、それら二つの原子波の超高速振動のタイミングをアト秒精度(アト=フェムトの1000分の1)で調節することによって、干渉がほぼ完璧に制御される様子をリアルタイムに観察したのである(→図3)。(Science 311, 1589 (2006); Phys. Rev. Lett. 96, 093002 (2006).)

 

図1 図2

図1;トーマスヤングは、1805年頃、二つのスリットを通り抜けてきた光がスクリーン上に重なってできる明暗の干渉縞を観測し、それまで粒と思われていた光が波であることを証明した。これが教科書にも出て来る有名なヤングの実験である。

 

図2;分子の中にできた二つの原子の波の衝突を示す模式図。衝突してすり抜けるわずか100フェムト秒程度の間だけ、ピコメートルスケールのさざ波が現れる。

 

図3  

図3;原子波干渉の制御を示す理論シミュレーション。分子に2発のフェムト秒レーザーパルスを照射すると2個の原子の波が発生し、これらが干渉することによって、まるで織物のような美しい時空間模様ができる。この織物は、2発のレーザーパルスの照射のタイミングを1フェムト秒ずらすだけで劇的に変化する。今回研究チームは、このような制御を実際に実験で実現することに成功した。ナノテクをはるかに上回る精密な加工であることがわかる。このような精密な加工は、量子の波の干渉を使わなければできない。

 
   

サッカーボールから惑星に至るまで、私達の目に見える物体の運動は古典力学と呼ばれる理論によって説明する事ができる。古典力学は17世紀末に英国の天才アイザックニュートンによって確立された。ところが、人間の技術が向上し、原子や電子あるいは光子といったミクロな物体を観察できるようになると古典力学では説明できない現象があることが分かってきたのである。そのひとつが「物体は見方によって粒子になったり波になったりする。」という発見だった。このような奇妙な現象を説明するために量子力学が出現した。量子力学は1920年代に確立された比較的新しい理論だが、コンピューターやコンパクトディスクなど今や先進国のGNPのかなりの部分は量子力学に依存していると言われている。しかし、実は私達はまだ量子力学を完全には理解し切れておらず、その応用の余地も膨大に残されているのである。


量子干渉法は物質の波の性質を探るために有効な実験手法であり、過去10年間、原子や分子の中の電子波や原子波を対象に開発が進んできた。これらの実験では、二つの量子波の時間振動のタイミングを徐々にずらしていったときに定常状態のポピュレーションに現れる干渉縞を観測する。今回、分子科学研究所の大森賢治教授と香月浩之助手らの研究チームは、分子制御レーザー開発研究センターの千葉寿技術職員らと協力して、この量子干渉法の全く新しいステージを切り開くことに成功した。研究チームは、二つのフェムト秒レーザーパルスの電場振動のタイミングをアト秒精度でロックすることによって、ヨウ素分子の中にできた二つの原子波の衝突と干渉をほぼ完璧に制御し、この高度に制御された量子干渉の様子を別のフェムト秒レーザーパルスを使って追跡した。すると、分子の中に1個目の原子波が出現し、分子内を行ったり来たりした後に、2個目の原子波に衝突して複雑な干渉が始まる様子がリアルタイムに観測された(→図3)。さらに研究チームは、このような原子波が衝突する際に一瞬(<100フェムト秒)だけ現れる量子力学的なさざ波(量子リップル)を、ピコメートルレベルの空間分解能とフェムト秒レベルの時間分解能で可視化することに成功した(→図2)。これによって、従来の干渉縞を観察する手法を超えた、「動的量子干渉法」とも呼ぶべき量子干渉実験の新たな局面が切り開かれた。


今後、粒子と波の二重性の謎を解き明かす検証実験や、1個の分子で膨大な情報を処理する量子コンピューター、あるいはナノテクを超える精度で物質内の化学結合を操作する未知の量子テクノロジーの開発への寄与が期待される。


この研究は東北大学、仏ツールーズ大学、科学技術振興機構との共同研究である。また、本研究の一部は科学技術振興機構CREST「量子情報処理システムの実現を目指した新技術の創出」の一環として行われたものである。