お知らせ
2010/03/17
プレスリリース
[ 研究の背景]
現代の高速情報処理はシリコンベースの高集積回路に依存しています。しかし、これ以上高集積化が進行し、絶縁体の幅が数原子層レベルにまで到達すると、電子のしみ出しによって熱やエラーが発生します。最新のナノテクノロジー(注1)を用いたとしても、電荷を情報の担い手(担体)として用いる限り、この問題点を避けることはできません。大森グループでは、これを解決するためには、電気的に中性な物質の量子力学的な波(波動関数)を情報担体として使えば良いことに着目しました。フェムト秒(注2)レーザーパルスは多数の波動関数に同時にアクセスすることで、100万通り以上の異なった情報をオングストローム(注2)サイズの1個の分子に入力することができます。この情報密度は、2020年までに計画されている最高性能のDRAM(注3)の100倍以上に達するものです。分子の波動関数を使ったコンピューターは、情報処理技術の革命的なブレークスルーになる可能性を秘めています。
[ 研究の成果]
フェムト秒レベルで整形したレーザーパルスでオングストロームサイズの分子の波動関数をデザインすることによって、超高速フーリエ変換(UFFT)(注4)を実行する事に成功しました(図を参照)。フーリエ変換は理学や工学の様々な分野で最も重要な演算の一つです。実行時間はわずか145フェムト秒であり、これは現在最速レベルのIBM Power6のクロック周期の1000倍も速いものです。
[ この研究の社会的意義]
電荷に依存する高集積化技術は間もなく限界を迎えますが、電荷の代わりに電気的に中性な物質の波動関数を情報担体として用いるこの分子コンピューターの概念は、限界を突破する革命的なブレークスルーにつながる可能性を持っています。
任意の入力が、フェムト秒レベルで整形されたレーザーパルスによってオングストロームサイズの分子に書き込まれ、わずか145フェムト秒のうちにフーリエ変換され、別のレーザーパルスによって読み出されます。
[用語解説]
注1)ナノテクノロジー:物質をナノメートル(nm、1 nm = 10-9 m)の領域において、自在に制御する技術をいいます。ナノテクと略されます。2001年にアメリカのクリントン大統領がナノテクを国家的戦略研究目標としたことから、日本でも多くの予算が配分されるようになり、現在最も活発な科学技術研究分野のひとつとなっています。
注2)※オングストローム:長さの単位です。1 オングストローム = 0.1ナノメートル= 10-10 m(100億分の1 m)。
※ナノ:10-9(10億分の1)を表す接頭語です。記号には“n”を用います。
※フェムト秒:フェムトは10-15(1000兆分の1)を表す接頭語で、記号には“f”を用います。1 フェムト秒 = 10-15秒(1000兆分の1秒)。
注3)DRAM:Dynamic Random Access Memoryの略です。コンピューターなどに使用される半導体を使用した主要な電子部品の一つです。記憶素子であるRAMの1種で、コンピューターの主記憶装置やデジタル・テレビやデジタル・カメラなど多くの情報機器の記憶装置に用いられています。
注4)フーリエ変換:「位置」の情報によって記述された関数に対し「周波数」による記述をあたえる関数空間の間の変換をいいます。フーリエ変換によって音や電磁波などの波の波形からどのような周波数の波が含まれているかを抜き出すことができます。
■論文情報
Physical Review Letters(米国物理学会誌:フィジカル・レビュー・レターズ)
掲載予定日:未定(近日中にオンライン版)
論文タイトル:
"Ultrafast Fourier Transform with a Femtosecond Laser Driven Molecule"
(フェムト秒レーザー駆動分子を使った超高速フーリエ変換)
著者:
Kouichi Hosaka, Hiroyuki Shimada, Hisashi Chiba, Hiroyuki Katsuki, Yoshiaki Teranishi, Yukiyoshi Ohtsuki, Kenji Ohmori
※本論文は"Editors' Suggestion"として HIGHLIGHTED ARTICLESの一つに取り上げられる予定です。
■研究グループ
本研究は、自然科学研究機構分子科学研究所・大森グループ(大森賢治教授)により行われました。
■研究サポート
本研究は、科学研究費補助金(基盤研究A)、JST 戦略的創造研究推進事業 チーム型研究(CREST)の研究課題「分子の電子・振動・回転状態を用いた量子演算基盤技術の開発」(共同研究者:大森賢治)の一環として行われました。
■本件に関するお問い合わせ先
(研究代表者) 大森 賢治(おおもり けんじ)
自然科学研究機構・分子科学研究所・光分子科学第二研究部門 教授
TEL: 0564-55-7361
E-mail: ohmori@ims.ac.jp(送信時には@を半角にしてください)
■追記
下記新聞に掲載されました。
朝日新聞、中日新聞、日刊工業新聞、科学新聞、デーリー東北、福井新聞、北日本新聞、岐阜新聞、伊勢新聞、山口新聞、佐賀新聞