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2026/09/07

研究成果

有機溶媒中の有機分子の軟X線吸収分光測定法の確立
-様々な有機反応のメカニズム解明に期待-
(長坂将成助教、魚住グループら)

要約

 檜山クロスカップリング反応などの有機反応の機構を調べるために、有機溶媒中のsp2混成炭素を含む有機分子の軟X線吸収分光測定法(Soft-XAS-OS)を開発した。檜山クロスカップリング反応に関わるアリールシランとシリケート化合物のフェニル基のC=C π*ピークを、C K吸収端XAS測定により調べた。XASスペクトルと内殻励起計算を組み合わせることで、アリールシランとシリケート化合物のC=C π*ピークのエネルギーシフトとC‒Si結合距離の関係を調べた。C‒Si結合距離は檜山クロスカップリング反応の反応性と関連があり、本研究で開発したSoft-XAS-OSにより、その反応メカニズムを議論できることを示した。

本文

 有機溶媒中のsp2混成炭素を含む有機分子のC K吸収端の軟X線吸収分光(XAS)測定を実現した。これは水溶液中の有機分子のXAS測定(Soft-XAS-H2O)を、多くの有機反応が進行する有機溶媒中の有機分子のXAS測定(Soft-XAS-OS)に発展させた研究である。アリールシランとシリケート化合物のC‒Si結合距離は檜山クロスカップリング反応の反応性に関係している。C K吸収端XAS測定によるフェニル基のC=C π*ピークの観測と、分子動力学(MD)計算を組み合わせた内殻励起計算の結果との比較により、そのC‒Si結合距離と反応性の関連について議論した。

 有機分子の化学結合の長さの変化が、有機反応の反応性に影響を与えることが知られている。単結晶X線回折は、固体試料中の結合距離を調べるのによく用いられるが、多くの有機反応が進行する溶液の測定には適用できない。NMR、紫外可視分光法、赤外分光法などの溶液中の有機分子の分析手法は、化学状態を調べるうえで有用であるが、有機分子の結合長を評価するのには適していない。XAS測定は元素選択的に有機分子の電子状態を調べることができる有用な手法である。これまでは、水溶液中の有機分子のC, N K吸収端のXAS測定が主に行われてきた(Soft-XAS-H2O)。しかしながら、多くの有機反応が進行する有機溶媒中の有機分子のXAS測定は、未だ確立されていなかった。

 有機溶媒中の有機分子のC K吸収端XAS測定(Soft-XAS-OS)は、液体層の厚さを20 nm - 40 μmの範囲で精密に制御できる透過型液体セルを用いて行った。図1に示すように、テトラヒドロフラン(THF)溶媒中の100 mMのトリメトキシフェニルシラン(Ph‒Si(OMe)3)のC K吸収端XASスペクトルにおいて、Ph‒Si(OMe)3のフェニル基のC=C π*ピークは、THFの吸収ピークのエネルギー閾値よりも低エネルギー側に存在することが分かる。本研究では、代表的な有機溶媒のエネルギー閾値と共に、sp2混成炭素を含む有機分子のC=C, C=N π*ピークのエネルギー位置の観測を行い、様々な有機溶媒中でsp2混成炭素を含む有機分子のC K吸収端XAS測定が行えることを確かめた。

 檜山クロスカップリング反応のメカニズムを調べるために、その反応に関わるPh‒Si(OMe)3, Ph‒Si(OCH2CH2O)2, Ph‒Si(OMe)3Fを調製して、その反応性を分析した。Ph‒Si(OMe)3Fの異性体の構造を、19F NMR測定で調べた。C K吸収端XASスペクトルにおけるPh‒Si(OMe)3のフェニル基のC=C π*ピークは、イプソ炭素(ケイ素に直接結合した炭素)、オルト+パラ炭素、メタ+パラ炭素の3つのピークに分けられる。Ph‒Si(OMe)3のイプソ炭素のエネルギー位置は284.56 eVにあり、Ph‒Si(OCH2CH2O)2 (284.54 eV)とPh‒Si(OMe)3F (284.50 eV)ではイプソ炭素のピーク位置が低エネルギーシフトする。アリールシランとシリケート化合物のC‒Si結合距離の変化はC=C π*ピークのエネルギー位置に影響を与えるので、MD計算で得られた有機溶媒中のアリールシランとシリケート化合物の分子配置を基にしてC K吸収端の内殻励起計算を行った。その結果、イプソ炭素のC=C π*ピークのエネルギーシフトは、C(sp2)‒Si結合距離と関連付けられることが分かった。最適化された構造では、C‒Si結合距離は、Ph‒Si(OMe)3 < Ph‒Si(OCH2CH2O)2 < Ph‒Si(OMe)3Fの順に大きくなる。C‒Si結合距離の変化は、檜山クロスカップリング反応の反応性に影響を与える一つの要因になることを示した。

 本研究では、有機溶媒中のsp2混成炭素を含む有機分子の電子状態を調べることを可能にする新たな軟X線分光手法(Soft-XAS-OS)を確立した。多くの有機反応が有機溶媒中で進行するため、本手法の開発はその反応メカニズムの解明のために重要である。Soft-XAS-OSと内殻励起計算の組み合わせによる有機溶媒中のsp2混成炭素を含む有機分子の結合距離の観測により、クロスカップリング反応を含む様々な有機反応のメカニズム解明が期待される。

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図1 : C K吸収端XAS測定と内殻励起計算の組み合わせによる、有機溶媒中のsp2混成炭素を含む有機分子の電子状態の解明。

論文情報

著者: Masanari Nagasaka, Shintaro Okumura, Shun Ichii, Go Hamasaka, Yasuhiro Uozumi
ジャーナル名: Physical Chemistry Chemical Physics
論文タイトル: "Using soft X-ray absorption spectroscopy to evaluate the electronic structures of sp2-hybridized carbons in organic solvents"
DOI: 10.1039/d6cp00617e

研究サポート

本研究は、以下の助成および共同利用・施設利用の支援を受けて実施されました。

・ 日本学術振興会 科学研究費助成事業(JSPS科研費 課題番号:JP19H02680, JP24K17688, JP25K03396)

・ 自然科学研究機構 分子科学研究所 共同利用研究(課題番号:21-101, 22IMS1102)

・ 自然科学研究機構 分子科学研究所 共同利用研究の支援によるUVSOR施設の利用(課題番号:21-624, 22IMS6617)

・ 自然科学研究機構 岡崎共通研究施設 計算科学研究センターの利用(課題番号:22-IMS-C187, 25-IMS-C226, 26-IMS-C238)