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プレスリリース

有機デバイスの中をゆっくり動くホールの性質を解明(小杉グループ 山根助教)

[概要]

有機太陽電池や有機自発光(EL)素子などの有機半導体材料の電気特性を決定している 有機分子同士の弱い相互作用を精密に観測することに初めて成功しました。この成功により、有機分子の新しい性質がわかるだけではなく、新しい機能を持つ分 子の設計指針も得られるようになると期待されます。さらに、分子が弱く相互作用するときに現れる電気特性に関する理論も高精度に検証できるようになりまし た。本研究成果は、米国物理学会の専門速報誌である「Physical Review Letters」に掲載されました。

[研究の背景]

分子科学研究所は創設当時より有機半導体(注1)研究の世界的研究拠点として知られています。今や有機分子は有機 太陽電池や有機ELディスプレイ・照明などの有機デバイスに応用されています。有機デバイスの性能は有機半導体の電子の詰まり方(バンド構造と呼ばれる) と電子やホール(電子が抜けた穴)の動き方で決まっており、これらを理解するには分子同士の相互作用(分子間相互作用)が重要となります。有機半導体中の 電子やホールの動き方については、測定が比較的容易な強い分子間相互作用を持つ分子に対して研究が行われてきました。本研究では、分子科学専用の強力なシ ンクロトロン光の研究施設において、これまでにない高精度な実験を世界で初めて実現し、観測が困難とされてきた弱い分子間相互作用の本質に迫ることに成功 しました。

[研究成果]

本研究では、有機材料であるフタロシアニン分子(注2)の高品質な結晶膜を作製する一方、分子科学研究所 UVSOR施設の高輝度なシンクロトロン光(注3)の特徴を最大限に活用した角度分解光電子分光(ARPES、注4)装置を新規開発するなどの様々な実験 条件を最適化することで、弱い分子間相互作用を初めて観測することに成功しました。具体的な実験内容として、

  • 分子から飛び出してくる電子の方向を選別する方法
  • 光のエネルギーを連続的に変える方法

を組み合わせて、分子が積み重なっている方向に沿って飛び出してくる電子のエネルギーと運動量の周期的な分布(バ ンド構造)を観測しました。バンド構造から有機半導体中のホールの特性を解明することが可能です。また、分子同士は弱い分子間力で結合しているため、分子 振動などの自由度を残しています。分子間相互作用における振動の影響を調べるため、バンド構造について-260℃~30℃の温度依存性を観測しました。

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図1.本研究で開発した高性能ARPES装置。UVSOR施設に設置されており、写真左側のお椀型の分析器で電子のエネルギー分布を高精度に計測することができる。

本研究では以下のような重要な知見を含む多くの新しい発見がありました。

  • フタロシアニン結晶中のホールは自由電子の15倍の重さを持っており、分子間をゆっくりと移動する。
  • 分子間相互作用が強い場合と違って、フタロシアニン結晶中のホール移動には、分子に局在した振動が主な役割を担うと考えられてきたが、実は分子結晶全体に広がった振動の影響も無視できず、これらが弱い分子間相互作用の中で共存・協奏している。(図2)
  • 分子間相互作用の違いでバンド構造の周期性や幅に違いが現れる。分子が金属を含む場合、金属同士の相互作用の周期性が分子同士とは異なる場合があり、単一分子には無い新しい電気特性が現れる。

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図2.本研究で明らかにしたフタロシアニン結晶中をホールが移動する仕組み。従来は議論が困難だった非常に弱い分 子間相互作用の中でホールが移動する仕組み(a),(b)が共存している。(a) 分子に局在した振動の助けを受けて、分子間を飛び移ってホールが移動する機構。(b) 分子結晶全体に広がった振動の助けを受けて、バンド(帯)中をホールが移動する機構。(c) 実際のARPES測定から得たフタロシアニン結晶膜のエネルギーバンド図。この図から電子の詰まり方やホールの動き易さを知ることができる。

[今後の展開]

本研究で得た成果は、有機半導体の新しい性質が分かっただけではなく、全ての分子に共通して重要である弱い分子間 相互作用の性質を詳細に解明した点が重要です。この成功によって、新しい観点からの機能性有機分子の設計指針の提供が可能となります。また、これまで、分 子が弱く相互作用するときに現れる電気特性に関する理論予測の精度にはバラツキがあり、その検証は非常に困難でした。本研究成果はこのような理論研究の 「ものさし」にもなり、理論の信頼性に関して飛躍的な改良が期待できます。今後、有機デバイスの発展に大きく寄与できる成果となるでしょう。

[用語解説]

(注1)有機半導体(organic semiconductor)
有機分子の分子骨格面外に存在しているπ電子の移動によって半導体的性質を示す分子の総称。分子研所長を務めた赤松秀雄教授(初代所長)と井口洋夫教授(三代目所長)によって約60年前に命名された。
(注2)フタロシアニン(phthalocyanine)
新幹線の青色塗装などに使われる色素分子フタロシアニンは、分子に詰まった電子の移動を利用することで有望な電子材料としての性質を示す。
(注3)シンクロトロン光(synchrotron radiation)
光とほぼ同じ速さに加速した電子を磁場の力で曲げることで放出される非常に強い光。これまで手に入れることのできなかったような波長の光も取り出して利用することができる。
(注4)角度分解光電子分光法(angle-resolved photoemission spectroscopy:ARPES)
外部光電効果で物質から放出された電子のエネルギーとその運動量分布を測定する実験法。これにより、物質の電気的・光学的特性を評価することができる。

論文情報

掲載誌:Physical Review Letters
論文タイトル:Substituent-Induced Intermolecular Interaction in Organic Crystals Revealed by Precise Band-Dispersion Measurements
(精密バンド分散測定による有機結晶中の置換基で誘起された分子間相互作用の観測)
著者:Hiroyuki Yamane, Nobuhiro Kosugi
掲載日:2013年8月21日(DOI:10.1103/PhysRevLett.111.086602

研究グループ

山根宏之助教、小杉信博教授(自然科学研究機構 分子科学研究所 光分子科学研究領域)

研究サポート

科研費/若手研究(A) (No. 24685032)、基盤研究(A) (No.23245007)

研究に関するお問い合わせ先

山根 宏之(やまね ひろゆき)
自然科学研究機構・分子科学研究所・光分子科学研究領域 助教
TEL:0564-55-7394
E-mail:yamane(@)ims.ac.jp