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大学院教育

総研大生コラム - 櫻井 扶美恵さんの体験記

先端研究指向コースを利用した海外研究留学

櫻井 扶美恵さん
機能分子科学専攻5年(執筆当時)
分子研レターズ 71号 掲載(2015年3月)
Carreira教授(左)と筆者(右)

2014年8月末から約3か月間、スイス連邦工科大学チューリッヒ校(ETH Zürich)のErick. M. Carreira教授の研究室に滞在し、研究に携わってまいりました。

 総研大ではコース別大学院教育プログラムというカリキュラムが設けられており、その中で先端研究指向コースを選択すると海外での研究留学が必修となります。私は元々海外留学に興味があり、また海外の研究室に触れる良いチャンスだと思いましたので、迷うことなく本コースを選択しました。しかしながら、実際に留学に行くまでには長い時間がかかり苦労もありました。本コースの修了要件として学術論文(2報以上)の発表と国際学会発表1件が課されており、自分の博士論文研究に関して、留学前にある程度、その要件を満たせる状態にしなければなりませんでした。なかなか思うように研究が進まず不安になることもありましたが、やっとその目処が立ち、留学の段階まで漕ぎ着けることができました。

 留学の準備にあたり、まず留学先を決めることから始めました。魚住先生からは「短期留学だから、まず自分がどの国に行きたいかを決めるとよい」という助言を頂き、行き先については自由に選ぶことができました。興味のある研究室はいくつかありましたが、ヨーロッパに行きたいという思いと、有機化学の分野において第一線で活躍する研究グループの雰囲気を感じ取ってみたいという思いから、ETH ZürichのCarreira教授の研究グループに滞在しようと決めました。次に、留学の詳細な日程や現地滞在で必要な手続き等について、Carreira教授や先方の秘書の方と自分で連絡を取り準備を進めましたが、この過程で最も苦労した点は住居探しでした。チューリッヒでは物価全般がとても高く家賃も高い上に、学生が住めるようなアパートの数が元々少ないため、留学生にとって住居を探すことは一般的に非常に難しいのだそうです。さらにアパートを探すタイミングも悪く先方の秘書さんが長期休暇を取る直前であったため、Carreira研のメンバーの方々にも協力して頂き、幸いにも出発前までに短期滞在者向けのアパートを確保することができました。

 滞在先の研究室に向かうまでは「英語も流暢に話せないのに3か月間1人で上手くやっていけるだろうか…」ととても不安に思いましたが、Carreira教授はとても優しく大らかな先生であり、緊張している私をとても温かく迎えて下さいました。Carreira研はメンバーが40人程いる大きな研究室で、生理活性物質の全合成研究や不斉触媒反応の開発を中心に研究を進めています。その中で、今回私はある標的化合物の合成に携わりました。分子研に居る時にセミナー等で日頃から英語と向き合っていたこともあり、実験のディスカッションをする時や機器の取り扱い方などを聞く時にはそれほど困らなかったのですが、昼食等での会話において皆の喋る速度がとても速く、しかも時々公用語であるドイツ語が混ざるのでとても苦労しました。留学に来て間もない頃は昼食での会話にほとんどついていけない時もあり、ある学生から「大丈夫?会話についていけてる?」と心配して聞かれたことがありました。「気にしないでね。少しずつ練習して上手くなろう。」と励まされたのですが、自分が如何に英語を話せないかを痛感し悔しく思いました。そこで、「たった3か月の滞在だけど少しでも上手くなって日本に帰りたい」「短い期間だからこそ一日一日を大事にしたい」と思い、研究とは関係のないほんの些細な事でもとにかく話すよう努力しました。話題がなくても「最近実験どう?」「今週末は何するの?」と尋ねたり、観光に行く前には「○○まで行きたいけどどの交通手段が一番安いと思う?」「お勧めの観光地は何処?」などと聞いて情報を集めていました。難しい事はなかなか喋れないものの、一度話し出すと夢中になり気づけば30分以上経っていることもありました。また、この留学期間中にちょうど博士論文を書いていたので、自分が書いた論文の英語を時々見てもらい、それがきっかけで自分の研究や相手の研究について話し合うこともできました。1か月ほど経つと研究室の生活にも慣れ、研究も順調に進んでいましたが、ある時1つの合成反応が何度試しても全く進まないことがありました。同じ研究を進めている学生・ポスドクに相談しながら2週間ほど試行錯誤を重ねたものの上手くいかず、彼らも途方に暮れていました。私はある考えが浮かんだものの、自分の拙い英語でその考えを上手く相手に伝えられるか自信がありませんでした。しかし、構造式を描きながら英語でゆっくり伝えると、何とか理解してもらえたようで「それは可能性があるからやってみよう」という事になり、実際にその考えに基づいて実験を行ったところ、それまで全く進まなかった反応がようやく進みました。「その考えは思いつかなかったよ」と彼らに言われ、勇気を出して考えを伝えて良かったと思いました。英語が彼らのように流暢に話せなくても、科学は世界共通なのだという事をこの時初めて実感しました。留学最終日にCarreira教授と研究室のメンバーに挨拶し握手した時、「来た時よりも英語上手くなったね」「また機会があったらおいで」と言われました。社交辞令だったかもしれませんが嬉しく思い、大変なこともありましたが留学に行って本当に良かったと心から思いました。

たった3か月の留学でしたが、毎日とても充実しており私にとって非常に良い経験となりました。先端研究指向コースは他コースに比べて修了要件が厳しく留学の準備も大変ですが、苦労した分得られるものはすごく大きいので積極的に挑戦することをお勧めします。最後に、今回の短期留学で大変お世話になりましたCarreira教授を始めCarreira研究室の皆様、大学院係の方、魚住先生、そして私の家族にこの場を借りて深くお礼申し上げます。

櫻井 扶美恵さんの略歴

さくらい・ふみえ
名古屋市立大学大学院薬学研究科博士前期課程を修了後、平成23 年4 月に総合研究大学院大学物理科学研究科機能分子科学専攻に博士課程3 年次編入学、現在に至る。生命・錯体分子科学研究領域魚住グループにて、自己組織化ナノ構造体を利用した水中触媒システムの開発に取り組んでいる。