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レズーシュ・サマースクール

溝口 道栄さん
機能分子科学専攻3年(執筆当時)
分子研レターズ 76号 掲載(2017年9月)
筆者

レズーシュ(Les Houches)はスイスとイタリアの国境近くにあるフランス東部の小さな町である。ヨーロッパアルプスの最高峰モンブランの麓に位置し、スキーや登山の地として人気だ。日本からレズーシュへの交通アクセスは、ジュネーブ空港からシャトルサービスを利用するのが簡便であり、シャトル便の集合場所では多くのスキーヤーを見かける。私は2016 年7 月に、ヘルシンキ空港を経由した計15 時間弱のフライトの後、その場所に到着した。スキー板は持ってきていない。目的はレズーシュで開催されるサマースクールに参加することだ。
 École de physique des Houches(The Physics School of Les Houches)は1951 年に設立されて以来、その道の権威が行う講義を聴けるという伝統ある学校だ。私が参加したのは「Current Trends in Atomic Physics」と題されたサマースクールで、およそ1 ヶ月間開催された。参加者は50 人強で、女性の割合は約10% と多め。ヨーロッパからの参加が最も多いが、アメリカ、ブラジル、ロシア、イスラエル、中国、インド、韓国、シンガポールなど多岐に渡る。日本からは私と沖縄科学技術大学院大学(OIST)の学生が参加した。日本人は私のみであった。
 École de physique には、10 弱のコテージ、講義棟、食堂棟がある。コテージの各部屋は個室でバストイレが備わっている。講義棟には講義用のホールや受付、物理学に特化した小さな図書室がある。町から孤立しているため少々不便だが、周りは見渡す限りの山々で、澄んだ空気が心地よい。運動以外の娯楽には、食堂棟の下の階にある小さなバーに行けばよい。卓球台やキッカー(サッカーのボードゲーム、ヨーロッパ勢には敵わない)、ピアノ、ホワイトボードなどがあり、昼食・夕食後に楽しめる。コーヒーも無料だ。バーでは、講演者の1 人で著名な研究者であるAlain Aspect の手品ショーも楽しんだ。毎日の食事は和食が恋しくならないほどに美味しかった。とくに食後のチーズは絶品で、帰国後しばらくはチーズロスに陥った。そういえば最近(2017 年7 月)、EU との経済連携協定に関する交渉でチーズなどの関税を引き下げることで一致したというニュースがあった。今後に期待したい。
 さて本題に戻ろう。サマースクールに限らず、海外留学の大きな魅力は、世界トップレベルの環境で学べること、素晴らしい人々に出会えることだと思う。私はレズーシュのサマースクールで、これらを満喫することができた。以下、サマースクールでの講義とそこでの出会いについて述べたい。
 これまで、原子物理学で培われてきた手法を用いることで、量子多体系の研究が加速している。特に近年は、凝縮系物理、高エネルギー物理、極低温化学、さらには量子物理の根本的な側面など幅広い研究に原子物理学の手法が応用されている。私が参加した「Current Trends in Atomic Physics」では、講義を通してこれらホットトピックに関する知見を深めた。講義は計80 時間程度で、5 つのテーマ(1. Atomic physics meets artificial atoms, 2. Atomic physics meets high energy physics: high precision measurements, 3 . Atomic physics meets chemistry: cold and ultra-cold molecules, ultrafast processes, 4. Atomic physics meets condensed matter physics: quantum simulation, 5. Atomics physics and the foundation of quantum physics)に沿って行われた。各テーマがさらに4 つの小テーマに分かれ、それを1 人の講師が担当した。1 コマ90 分で1 日3 ~ 4コマ、講師は計20 人だ。講師はマックスプランク研究所のImmanuel Bloch やハーバード大学のMikhail Lukin など全員が世界のトップを走る研究者達である。講義スタイルは講師によって様々(板書、スライド、タブレット)だったが、基礎知識を通して最近の研究現場を肌で感じられるような講義が多かった。講義は英語力や知識の問題で全く分からない部分もあった。しかし、幅広い知識に触れることで、多少なりとも自分の研究分野を広い枠組みから俯瞰できるようになったと思えたのは大きな収穫だ。
 講義以外の時間は参加者と積極的に交流した。先に述べたOIST の学生とは、休み時間に町を散策した。フランスの学生に車を出してもらって、店まで連れて行ってもらったり、近くの森を歩きながらフランス語を教えてもらったりもした。ドイツの学生とバーで酒を飲みながら研究の話をしたのも楽しかった。分子研と違って学生が多い環境は良いリフレッシュになった。さらに、このようにして出会った友達はレズーシュ限りのものではない。すでに数人とはまた別の場所で再会している。ドイツの友達が日本に来たときに一緒に遊んだり、2017 年6 月にアメリカで行われたGordon Research Conference ではアメリカの友達と議論を楽しんだりした。これからより増えるだろうこのような機会を心待ちにしている。
 以上述べてきたように、レズーシュ・サマースクールでの講義と出会いはかけがえの無いものとなった。今後ともここで得た刺激を原動力に一層研究に邁進したい。
 最後に今回のサマースクール参加に際し推薦状を書いて下さった大森教授、参加を勧めて下さった武井助教、サマースクールのオーガナイザーをはじめとする関係者の皆様、クレジットカードの限度額を超え、帰国が危ぶまれたときに助けてくれた友人にこの場を借りて感謝の意を示したい。本滞在は総研大平成28 年度インターンシップ事業(https://www.soken.ac.jp/campuslife/dispatch/)の支援を受けた。

溝口 道栄さんの略歴

みぞぐち みちてる
神戸大学理学部化学科卒業後、2015 年に総合研究大学院大学物理科学研究科機能分子科学専攻に入学。光分子科学第二研究部門大森グループにて、強相関・極低温リュードベリ原子気体を用いた量子多体ダイナミクスの研究に取り組んでいる。