分子科学研究所

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大学院教育

総研大生コラム - 三本 斉也さんの体験記

米国シアトル Neoleukin Therapeutics でのインターンシップ

三本 斉也さん
構造分子科学専攻4年(執筆当時)
分子研レターズ 83号 掲載(2021年3月)

タンパク質は酵素反応により、ある分子を別の分子に変換する、別の分子にくっついて機能を発揮するなど、自然界に数多く存在する分子の中でも特別な機能を持つ生命分子です。偶然にも学部の時点でこの特別な分子、タンパク質をゼロからデザインする(!)研究室である分子研の古賀グループの存在を知り、タンパク質デザイン業界に飛び込んでみることにしました。ただ、私が入学したころはまだタンパク質デザインの黎明期で、タンパク質の構造を創り出すだけでも難しく、実用に足る機能を持つタンパク質を創ることはまだまだ非常に難しい、という時期にありました。そのような中、2019年1月にNatureに投稿された論文、“De novo design of potent and selective mimics of IL-2 and IL-15”を読み、私は衝撃を受けました。内容は私達の身体の中で機能するIL-2というタンパク質を計算機を使って再デザインすることで、超熱安定で、注射しても元のIL-2に対する免疫反応を引き起こさず、望まない副反応を起こさないIL-2模倣タンパク質を合理設計したというものでした。タンパク質デザインが世の中を変える、新時代の幕開けを感じました。論文が発表された翌日、彼らが開発した技術を元に、Neoleukin Therapeuticsという会社を立ち上げたことを知りました。当初、会社公式ホームページには創立者5人の顔画像と名前が載っているのみで、ほとんど何も情報がありませんでしたが、何か関われる機会はないものかと気にかけていました。5月頃ホームページが更新され、偶然にもインターンの募集が出ていることを発見しました。おそらく現地のワシントン大学の学生向けのプログラムだったのですが、この機を逃してはならないと思い、人生で初めての就職活動でしたが、海外で就職活動に使われるresume、cover letterなどを全てホームページなどを参照しながら一人で用意して、Zoomで採用面接に臨みました。現地レベルの英会話能力を持ち合わせていなかった私の面接内容はボロボロだったと思いますが、役員の方々のご厚意で採用していただくことができました。

ビザが出国2日前に届いたことも大変でしたが、現地に到着し、大変だったのは部屋探しでした。到着して実際の業務が始まるまでに部屋を契約すべく、100件程度の物件に電話をかけたのですが、当初の予定では半年の滞在予定であったため、そのような短い期間での契約を行ってくださる貸主は3件程度しかありませんでした。その上、ようやく見つけた貸主に500ドル程度の費用を支払い、契約にあたりいつまでかかるのかわからないバックグラウンドチェックを受ける必要がありました。待っている間、いつ入居できるのか、ホテル代はどのくらいになるのかなどとても不安に思っていたことをよく覚えています。最終的にその物件の契約はキャンセルし、会社の方にサポートしていただき、スムーズに入居先を見つけることができました。内見や銀行口座の契約に同行してくださったTom、勤務日初日に部屋に居候させていただいたLuis、入居までの期間ホテルを借りてくださったDaniel、部屋を探してくださったAnnaに心より感謝申し上げます。これを読まれている海外渡航を目指されている方々には、渡航前に現地の貸主の方々とメールなどでよく相談されてから渡航されることをおすすめします。

Neoleukin Therapeuticsでの研究生活はとても楽しいものでした。現地で英語で生活することの困難は多々ありましたが、外国人である私にとても親切にしてくださったみなさまのおかげで充実した研究生活を送ることができました。医薬品候補となるタンパク質を計算機で設計し、活性を評価して進化分子工学で改善するまでの一連の流れを学べたことはとても有意義なものでした。また、実際に医薬品を創出するまでの道のりについても、とても色々なことを学ばせていただきました。

シアトルは雨がよく降りますが、雨と言っても日本で言う小雨がちょくちょく降るくらいで、傘を差さずに外を出歩いてもびしょ濡れになったりすることはありません。冬は霧がかかったようになる日もあり、幻想的な風景に朝から心が踊ったことを覚えています。夏のシアトルは他の季節とは打って変わって安定した気候カラッとしていて気候もよく、少し外に出て散歩するだけでも気分が高揚します。港からフェリーに乗れるのですが、フェリーからの眺めは絶景で風も気持ちよく、小旅行をするにはとてもおすすめです。着いた先のBainbridge Islandも自然が豊かな島で、眺めや現地のおいしいレストランを楽しめます。気になる食生活についてですが、現地の食生活も日本人に優しいもので、現地ではラーメンやお寿司が人気でたくさんお店があり、また宇和島屋という日本人向けスーパーなどもあります。クラムチャウダー、ピザ、ハンバーガーなどアメリカらしいおいしい料理の他にも、本格的な四川料理やバルバコア、タイカレーなどの国際色豊かな食事もあります。

3月頃、会社と古賀先生のご厚意でビザを延長していただくことができ、シアトルでの生活が継続できることを喜んでいました。しかし、新型コロナウイルスが流行りだしてから、シアトルを取り巻く状況が一変してしまいました。特に5月ごろまでは飲食店はどこも閉まっており、街は閑散としていて、道行く人々も気が立っている様子でした。休日にはおいしいレストラン探しを楽しみにしていたのですが、それも叶わなくなってしまい、部屋にこもりきりで本当に気が塞いでいました。そのような中、新型コロナウイルスとヒトの膜タンパク質のACE2の複合体構造を見たDanielからの発案で、ヒトACE2を模倣した、囮タンパク質を合理設計するプロジェクトが始まりました。みんながデザインしたタンパク質に対してNuria、Renan、Jorgenをはじめとする方々が生化学実験と進化分子工学実験に取り組み、驚くべきスピードで研究開発が進み、最終的に論文がScienceに掲載されました。このような先進的な研究に携われたことについてDanielをはじめとする皆様に心より感謝申し上げます。パンデミックの渦中で、まさに問題の解決のためにタンパク質デザインを応用する研究に携われたことはとても貴重な経験ができたと思っております。

本当に親切にしていただき、Neoluekinの方々には心より感謝しております。今後の大学院生活では産業での経験を活かしつつ、アカデミアならではの自由な発想を持って今後のタンパク質デザインに取り組んでいければと思っています。

三本 斉也さんの略歴

ミツモト・マサヤ
古賀グループで創薬標的タンパク質である、Gタンパク質共役受容体を状態選択的に安定化するためのタンパク質構造のゼロからの合理デザインに取り組んでいます。主に応用的なタンパク質の合理デザインに興味を持っています。