分子科学研究所

サイト内検索

大学院教育

総研大生コラム - 西野 史さんの体験記

NINS - DAAD 国際研究者交流事業を利用した スペインードイツ短期滞在記

西野 史さん
構造分子科学専攻4年(執筆当時)
分子研レターズ 88号 掲載(2023年9月)

2022 年11 月から一か月間ドイツフリードリヒ・シラー大学イエナ(以下、イエナ大学)のTorsten Fritz教授の研究室に滞在し、共同研究をさせていただきました。今回の滞在の目的は、固体表面上でのキラル分子薄膜の周期構造、配向の決定を行うことです。Fritz教授は、低速電子線回折や走査トンネル顕微鏡を使用した固体表面上の有機分子薄膜の厳密な構造の測定や制御について長年研究をされています。私は現在鏡映対称性の破れた系であるキラル分子による物理現象の解明を目的として、キラル分子を固体表面上に並べ、その電子状態について光電子分光を用いて研究を行っております。キラル分子による物理現象というのがキラルな分子構造に由来するため、薄膜試料の周期構造や配向を調べることが不可欠となります。そのため、今回の共同研究をさせていただくこととなりました。

ドイツのイエナ大学到着後最初に感じたことは、イエナ大学のFritz教授の研究室に所属するメンバーの多さでした。パーマネントのポスドク、助教、さらに技術職員や秘書、ネットワーク担当の方もいらっしゃって、効率的な分業体制が整っている印象を受けました。学生も多く、にぎやかで楽しい雰囲気でした。

向こうでの研究スタイルは、朝早く出勤して夕方に帰宅し、夜は家族や友人と楽しむというのが一般的でした。これはスペインの材料物理学研究所でも同様でした。そのスタイルで研究を行うために、効率を重視することが、メンバー全員の共通認識としてあり、効率的な働き方を実現するためには休暇を取ってしっかりリフレッシュすることも重要とされていました。また、実験を効率よく行うために、研究グループ全体の実験装置が最適化されていました。例えば、Fritz グループの研究は有機分子薄膜を真空蒸着により作製し、そのまま真空中で構造測定を行うというのが主な研究の流れですが、一度できた試料を様々な装置ではかることを想定し、試料を大気にさらすことなく全ての実験装置間を移動することができる環境が整っていました。測定用の試料ホルダーもそのために統一されておりました。他の装置での測定を行うために試料を作り直す必要がないため、大変効率的であるとともに、常に同様の分子蒸着器、蒸着条件を用いて試料作製ができるため、再現性もよく理想的な環境だと感じました。また、Fritz 教授の研究室では、実験装置が実験室の外、例えばオフィスや自宅から遠隔操作可能であり、帰宅後も実験を行うことができる環境が整えられていました。

日本では、実験装置のパソコンを外部のネットワークに接続することに対して、コンピュータウィルス対策やハッキングなどのセキュリティの観点から敬遠されがちです。しかし、ワークライフバランスや働き方の多様性が意識されるようになってきた昨今、このような環境を日本でもより積極的に導入していくべきだと感じました。私が滞在中最も印象的だったのは、イエナ大学の研究へのアウトリーチへの積極性でした。私の滞在中に、大学をイエナ市民に開放し、研究室を紹介するための「Long night of scienceJena」というイベントが丁度開催されました。このイベントは、ドイツ国の各主要都市で開催されるらしく、市民が実際に研究室を訪れ、私たちの研究グループが何をしているのか、社会にとってどのような役割を果たしているのかを説明し、市民からの質問に応える形式で行われていました。老若男女を問わず多くの方々がFritz教授の研究室を訪れ、積極的に質問をしている様子が見受けられました。市民の方々が研究活動に非常に興味を持っていることが感じられました。特に、Fritzグループのメンバーの方の、市民の税金がどのように使われているかをちゃんと説明することは我々の義務だという言葉は大変印象的であり、私自身も自覚を持って行動しようと思いました。

生活面ですが、ドイツのビールは種類が多いうえに大変安く、ペットボトル税がかかっているミネラルウォーターの方が高いくらいでした。

ドイツではバス等でもクレジットカードを使えるくらい、オンライン決済が主流でした。そのため、もしドイツにいくことがあれば渡航前にクレジットカードの上限は上げておくといいと思います。

長距離移動にはドイツ鉄道 (DB)を使用しました。滞在中何度か電車が遅延したり、そもそもキャンセルされてしまって電車がないというようなことがあったりしました。日本と大きく異なり、線路が二次元ネットワークで構成されているため、遠路の貨物トラブルであっても広範な範囲の運転に影響を与えてしまい、定常運転が容易に破綻してしまうことが主たる理由のようです。余裕を持った行動を日本以上に心がけなければならなかったです。

また、ドイツに訪問する前の三日間、スペイン材料物理学研究所において研究室見学及び共同研究について議論を行いました。スペインの材料物理学研究所では女性への研究活動支援が大変充実しており、キャリアパスを考える上での参考にさせていただきたいと思い研究室訪問をさせていただきました。研究所における女性比率はおよそ半分に達しているようで、研究所であんなにたくさんの女性に出会うのは初めてでした。向こうで研究活動をされている日本人の研究者の方に、材料物理学研究所は女性が多い分多様性があり、柔軟な対応をとる体制が出来上がっているため研究活動をしていく上で非常に住みよく充実した環境であることを教えていただきました。

私は今回の滞在で異文化に触れることで自分の足りないところやもっと伸ばすべきところを新たに学ぶことができました。自分の今まで触れてきた環

西野 史さんの略歴

にしの・ふみ
光分子科学第3解良グループにて、キラル分子による物理現象の解明を目的としキラル分子薄膜の電子状態測定に取り組んでいます