2024 年8 月1 日から10 月1 日にか けて、SOKENDA 研究派遣プログラムを利用した研究活動をアメリカのプリンストン大学にて行いました。プリンストン大学はニュージャージー州に位置する大学で、アイビーリーグと呼ばれるアメリカ国内屈指の私立大学のうちの一つです。化学の分野においても盛んな研究が行われており、2021年にノーベル化学賞を受賞したDavid MacMillan教授もプリンストン大学に在籍しています。そのような世界でもトップクラスの研究機関では、どのようにして成果を生み出し続け、どのような学生が研究に勤しんでいるのか興味があり、実際に現地でその研究に触れてみたいという思いから、留学を決意しました。留学準備の段階では、学生ビザ申請や、プリンストン大学の入学手続きなど、準備しなければならないものがたくさんあり、海外渡航をしたことがない私にとっては大変な作業でした。同時に渡航のためのステップを着実に踏む過程は、徐々に近づく留学への期待を大きくさせ、高揚感と不安の入り混じる複雑な感情であったことを覚えています。
今回私はプリンストン大学Paul Chirik教授の研究グループにvisiting studentとして参加させていただきました。Paul の研究グループでは、地球に豊富に存在する鉄を利用して、鉄錯体触媒を設計し、その特性を活かしたチャレンジングな触媒反応の開発を精力的に行なっています。Paul のグループではいくつかの研究プロジェクトが展開されており、私が参加させていただいたプロジェクトは、ケミカルリサイクルを指向したhydrocarbon chemistryというものでした。プラスチックは空気中で安定であり、私たちの生活になくてはならないものですが、その安定性はしばしば分解を困難にさせ、リサイクルに多量のエネルギーを必要とします。持続可能な社会の実現には、プラスチックの製造に安価かつ豊富な原料を用いる一方で、使用後はその資源を化学的に分解( ケミカルリサイクル) し、元の原料を容易に再利用できることが重要になります。Paul の研究グループでは、石油化学原料であるブタジエンなどの安価なアルケン化合物(hydrocarbon)をモノマーとして用いて、独自に開発した鉄錯体触媒反応によって重合および分解が容易に可能な、革新的材料の創出に取り組んでいます。私が取り組んだのは、重合反応に使う新たなモノマー体の合成と、モノマー体の金属錯体触媒への反応性の調査でした。緻密に設計された鉄錯体触媒は、空気中の酸素や水に不安定なものがほとんどであり、基本的にグローブボックス内で化合物を取り扱いました。また、重合に使用するアルケンは低沸点なものがほとんどであり、そのような化合物を取り扱うためにハイバキュームラインという減圧下で実験を行える設備も利用しました。これらの設備は実験室内で共用であり、装置の健全な維持のために使い方やルールを覚える必要がありました。このルールを覚えるのも大変でしたが、一つ一つの実験操作に繊細さや慎重さも求められるため、不慣れなこともあり最初は疲労の溜まる 日々が続きました。それでもメンターのポスドクの方に教えてもらいながら、1つずつ学んでいくことで、滞在終盤では実験の流れを組み立てて、最低限の操作を一人でできるくらいには慣れたと思います。このように、普段自分が 研究で扱っているものとは全く異なる化合物や実験操作に触れることができたのはとても貴重な機会であったと感じます。
Paul groupでは、2つのsubgroupに分かれ 、毎週月曜もしくは水曜日にsubgroup meeting をPaul と行います。また隔週金曜にはgroup meetingというものがあり、1人がそれまで数ヶ月間の実験結果を全体に報告し、ディスカッションを行います。このgroup meeting では実験内容だけでなく、その人が興味を持ったトピックについて自由に紹介 するという習慣があるのが印象的でした。そのほか、学生・ポスドクのみで、投稿する論文内容をディスカッションするというものもありました。このようなディスカッションの多さはとても印象的であり、優秀な学生、ポスドクがそれぞれのアイデア を共有し、研究を洗練していくことはインパクトのある成果を生み出す要因の一つになっていると感じました。またプリンストン大学では化学科全体に向けた定期的な講演も行なっており、世界的に著名な先生の講演をコーヒー片手に気軽に聴講することもできたため、化学に存分に触れる濃密な2 ヶ月間であったと感じました。
プリンストンは自然豊かな、どちらかといえば田舎な街並みでしたが、学生が生活するためのサービスも充実しており、それほどストレスなく過ごすことができます。朝、大学 へ向かう時にはリスが目の前を横切ったり、大学構内にシカがいたりと、アメリカらしさのようなものを感じました。プリンストン大学は、大学自体が観光地になるほど、歴史ある建物がたくさんあり、休日に構内を歩くだけで面白かったです。食が合うかどうかは不安でしたが、大学近くのNassau streetという一番栄えている通りでは様々なレストランがあり、テイクアウトも可能だったので、色々な料理を楽しむことができました(値段は高いですが)。私はtacoria というメキシコ料理店のブリトーがお気に入りで、よく持ち帰りをしていました。ブラックビーンズ、米、アボカド、鶏肉などの様々な食材と、味の濃いソースが詰め込まれ、日本とは全く異なる味は意外にも私の口によく合ったようです。プリンストンでは郊外のスーパーマーケットにアクセス可能な無料のバスが大学から出ており、週末は30 分ほどかけて 食材を買いに行ったりもしました。アメリカで買った野菜は、日本のものと見た目も味も少し違っていました。例えばトマトは日本のものだと形が丸く、生で食べても十分美味しいのですが 、アメリカのトマトは形が楕円形になっており、皮が厚いため剥いて食べた方が美味しそうだなと感じました。またベビーキャロットという1 口サイズの人参を初めて見かけ、買ってみたのですが私の調理力では美味しく仕上げることは難しかったです。そういった日本との違いを知っていくことはとても楽しいと感じました。ご飯については、ラボメイトの車に乗って晩御飯を食べに行ったりすることもあり、しゃぶしゃぶや日本食レストランに行きました。大学近くには日本のスーパーもあり、日本食が人気なのかはわかりませんが 、意外と日本のものは身近に感じられ、充実した毎日を送ることができました。
当然ですが今回の渡航は初めての経験ばかりで、遂行していく中で自信になったもの、まだまだ自分に足りないと感じたものがたくさんありました。ここには書ききれない、苦労したことなどもたくさんありますが、それら全てをまとめて、よかったと思える貴重な海外渡航になったと言えます。最後になりますが、Paul 研究室の皆様はじめ留学先で関わってくださった全ての方々、留学を後押ししてくださった魚住先生、奥村先生、魚住グループの皆様、渡航手続きを支援してくださった岡崎大学院係の方々 、SOKENDAI 研究派遣プログラム 事務局の方々、研究を支えてくださっている全ての方々に心からの感謝を申し上げます。