お知らせ
2003/10/20
プレスリリース
波束の干渉は物質の波動性を示す顕著な例であり、原子からナノ構造に至る様々な量子系を制御する上で最も基礎となる現象である。このような量子制御は、結合選択的な化学反応制御や量子コンピューティングといった先端的なテクノロジーの開発に繋がるものとして期待されている。波束干渉法の鍵を握る技術は、波束のペアーを生み出す二つの光パルスの時間間隔をいかに精密に制御できるかという1点に集約される。その精度は、数フェムト秒からアト秒という波束の量子振動の時間サイクルを凌駕しなければいけない。そうすれば二つの波束の位相差はロックされ、安定した干渉が得られることになる。日本の分子科学研究所の大森賢治教授と共同研究者(佐藤幸紀、E. E. Nikitin、S. A. Rice)らは、二つの紫外フェムト秒パルスの時間間隔を10アト秒以下の精度で制御する「アト秒位相変調器(APM)」と呼ばれる装置を開発した。彼らは、このAPMをHgAr分子の希薄な集団に適用し、かつてない超高精度の波束干渉計をつくりだすことに成功した。この新しい波束干渉計は、実に250 nm近傍の短波長域においても100%のフリンジコントラストを発生させることができる。さらに彼らは、波束内の三つの振動固有状態の干渉波形が徐々にばらけた後に再び同期する様子を実際に観測することに成功した。この現象は、それぞれの振動状態の量子振動の時間サイクルが互いに0.1%ほどずれていることに起因しており、以前から知られている波束の崩壊と再生(collapse and revival、Yeazell et al., Physical Review Letters 23 April, 1990)とは全く異なるものである。このような干渉波形のずれを積極的に応用することによって、彼らはパルスの時間間隔を変えるだけで三つの振動固有状態の任意の重ね合わせ状態をつくりだすことに成功した。また、干渉直後の位相情報は、熱的な分子集団に保存された各振動固有状態のポピュレーションを使って読みだすことができ、このポピュレーション情報は、系全体のコヒーレンスが消失した後でも分子集団内に長時間保存されることを実証した。これら一連の知見は、様々な量子系における波束干渉に共通する極めて普遍的なものであり、コヒーレント制御の新たな局面の開拓に結びつくものである。この研究は科学技術振興機構、東北大学、イスラエル工科大学、シカゴ大学との共同研究である。(Ohmori et al., Physical Review Letters 91, 243003 (2003); contact Kenji Ohmori, ohmori_at_ims.ac.jp, 81-564-55-7361)
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図1.Hg-Arファン・デル・ワールス錯体のA(30+)状態ポテンシャル上を運動する2個の分子波束の量子干渉の一例。パルス間遅延時間τの横軸の左端における値がτ0に相当する。τは10アト秒以下の精度で制御されており、フリンジコントラストはほぼ100%に達している。干渉の山と谷はそれぞれ波束の増幅と消失に相当しており、それらの様子は理論シミュレーションにも示されている。
大森賢治 教授
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