お知らせ
2005/11/02
研究成果
分子スケールナノサイエンスセンター・松本グループ
我々は、光を用いて固体表面上の化学反応を制御することを目指した研究を行っている。金属や半導体などの固体表面は、分子の結合解離が起きやすく、また高密度状態が実現しやすいため、種々の化学反応を引き起こすのに適した反応場である。実際に、重要な化学物質を作り出す過程で触媒が使用されているし、排気ガスから窒素酸化物を取り除くための触媒が自動車には装填されている。また、金属の腐食など身近な例でも固体表面というものが反応場として重要な役割を果たしていることがわかる。
我々は、そこに、レーザー光を照射することで、気体中や溶液中では起きにくい新しい反応を引き起こすことを目指している。電子が光を吸収してから、分子の結合切断や形成が起きる時間は非常に短く、10-14から10-12秒のスケールである。したがって、反応の機構を明らかにし、反応過程を制御するには、この時間スケールと同程度の短い時間幅を有する極短パルスレーザー光を用いる必要がある。
我々は、金属表面に吸着したアルカリ単原子層について、フェムト秒レーザー光を照射することにより多数の原子の位相がそろった「コヒーレントな振動状態」を作り出せることをつい最近実証した。これは、多数の振り子に撃力を加えいっせいに振動させることに対応する。さらに、レーザーパルス中の光の位相を制御することで、フェムト秒レーザーパルスが振動の周期間隔で並んだパルス列を生成し、これを用いて特定の振動モードを選択してコヒーレントな振動状態を作り出せることに成功した(図1)。
図1:フェムト秒パルス列周期を変えると、左)Cs-Pt間振動および 右)Pt表面フォノンのコヒーレンスを選択誘起できる。
この表面ではアルカリ-金属基板伸縮振動モードと基板の表面フォノンモードが存在するが、パルス列の周期をどちらかに合わせることで、一方を励起し、他方の励起を抑えることができる。これは、次のようなたとえで説明することができる。
図2にあるようにブランコの周期にあったタイミングで押してやることにより、そのブランコ固有の振動運動を促進させることができる。しかし、もし周期的な撃力がブランコの周期の位相とずれてしまうとブランコは効果的に振り子運動をさせることが困難になる。したがって、撃力の間隔とブランコ固有の振動運動とのタイミング(位相関係)がこの運動を制御する重要な因子となる。
図2:周期的な撃力がブランコの周期にあわせて加わるとブランコ固有の振動運動を促進することができる。したがって、ブランコを振動させるためには、撃力の周期とブランコの振動運動の周期がまずあっている必要があるし、また、そのタイミング(位相)があっていなければならない。
表面での化学反応の制御には、化学結合に関与する核の運動をフェムト秒-ピコ秒スケールで制御する技術が必要となるが、本研究はその第1歩となる成果である。
http://www.rsc.org/Publishing/Journals/CP/News/MatsumotoB507128C.asp
この研究を行った動機は何ですか?
固体表面での反応制御のためには、反応に関与する原子や分子の核の運動を制御する必要があります。すでに固体中のバルク格子振動については、フェムト秒パルスによるコヒーレントな振動励起や、パルス列を用いたモード選択励起の研究が報告されており、この手法を表面吸着種に適用すれば、うまくいくのではないかと考えました。
この研究の重要さや新しいところを専門外の人に説明してくださいますか?
これまで、気相や溶液中の分子については、レーザーを用いた光反応制御の研究が盛んに行われており、反応効率の制御等が可能であることが示されています。しかしながら、一般的な反応場としてより重要な固体表面での研究はほとんど例を見ません。特に、レーザーにより誘起されるコヒーレンスの消失が著しく速いと期待される金属表面で、吸着種のコヒーレンスを制御した例はこれまでなく、固体表面での反応制御の可能性を示す第1歩と考えられます。
今後この研究はどのように発展すると考えられますか?
表面光反応の研究は長い歴史を持ちますが、超短パルス光を用いて核の運動を制御し、反応制御を行うという研究はまだ始まったばかりです。今後反応に関与する原子種としてより興味深い吸着酸素原子や炭素原子などについて、その振動励起、核運動制御の可能性を調べていく必要があります。特定の振動コヒーレンスの誘起と電子励起を組み合わせ、表面吸着種の結合選択解離や、分子種選択再結合などを目指すことが次の課題と考えられます。
用語解説
フェムト秒レーザー光:10-14~10-13秒程度の短い時間幅を有するパルス光。これをカメラのストロボ光のように用いることで、フェムト秒(1フェムトは10-15)スケールの現象を時間分解測定することが出来る。
論文名
1) ”Femtosecond wavepacket dynamics of Cs adsorbates on Pt(111); Coverage and temperature dependences,” K. Watanabe, N. Takagi and Y. Matsumoto, Phys. Rev. B71, 085414 (2005).
2) “Mode-selective excitation of coherent surface phonons on alkali-covered metal surfaces,” Phys. Chem. Chem. Phys.7, 2697 (2005).