分子科学研究所

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2007/10/01

受賞

菱川明栄准教授に平成19年度分子科学奨励森野基金の研究助成が授与

フェムト秒(10-15秒の単位)のパルスレーザー光を集めて得られる強いレーザー場(~1015 ワット/cm2)に置かれた分子は、通常の光との相互作用を扱う際の近似である摂動法では解釈できない特異なふるまいを示す。これは強レーザー場が、分子内の原子核と電子の間に働く相互作用と拮抗するほどの大きな電場成分を持つことに由来する。このため、強レーザー場における分子の動的過程を理解するには「光をまとった状態(光ドレスト状態)」として分子とレーザー場と一体的に扱うと見通しが良い。これは分子の基底状態と複数の励起状態の混合した状態と捉えることもできるが、その混ざり方は電磁波であるレーザーの振動(波動)電場の大きさによって刻一刻と変化しており、それに応じて核間ポテンシャル形状の変化と分子の動的過程が引き起こされることになる。

 

通常の光によって分子からひとつの電子を放出させる現象はアインシュタインの光量子仮説で考えることができる。ところが強レーザー場の場合は一度に多数の電子が放出され、そのエネルギーも必ずしも飛び飛びではない。また、突然、電子を多数失った分子は正電荷を多数持った多価イオンに変化し、イオンは電荷間の反発的なクーロン力によって直ちにばらばらにちぎれてしまう。このような分子イオンの断片化現象は古くから内殻励起分子の脱励起過程などでも見つかっており、一般的に分子のクーロン爆発と呼ばれている。

 

菱川准教授は、クーロン爆発で生成した分子イオンの断片(フラグメントイオン)の持つ運動量を測定すれば、それまでよくわかっていなかったドレスト状態分子の構造変化についての情報を得られることに着目して、これまで強レーザー場中における分子の動的過程についての研究を進めてきた。特にフラグメントイオン毎にそれぞれの運動量(放出方向も含む)を観測するための手法として質量選別運動量(MRMI)画像観測法やコインシデンス運動量画像(CMI)観測法の開発をおこない、これらの新しい手法を駆使して、アセトニトリル分子では分子内水素移動が100フェムト秒程度の極めて短い時間内でおこること、二硫化炭素分子の爆発過程には同時に二つの炭素-イオウ結合が切れる場合と段階的に切れる場合があること、2価の二硫化炭素イオンだけ取り出して見ると二つの結合が反対称的に伸び縮み(振動)する場合以外にエネルギー的に不利な対称的な伸び縮みが起きていることなど、強レーザー場によって新しい化学反応の経路が開かれることを明らかにしている。

 

さらに最近では、10フェムト秒領域の極短パルス高強度レーザーを用いた化学反応の制御に取り組み、レーザーの偏光方向に対する分子の向きによって動的過程が変化する様子を観測し、分子座標系で「電子をどの方向に揺さぶるか」によって分子の動的過程が制御できることを硫化水素分子に対して初めて示すことに成功した。

 

菱川グループは少人数ながら「クーロン爆発イメージングによる強レーザー場中分子過程」の全貌を捕まえるための高度な方法論の開発と観測に日々取り組んでいる。今回の助成は菱川准教授のこのようなチャンレンジが認められたものであるとともに、今後、光分子科学研究領域の主要な柱として強レーザー場の分子科学の推進が期待される。

(小杉信博 記)

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