分子科学研究所

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2007/10/09

研究成果

分子の再利用が可能な、1つの光子によって2個の電子を移動する化学反応系の開発(田中グループ)

光や電気エネルギーを蓄えたり利用したりする上で、分子間で電子を受け渡しあう酸化還元反応は極めて重要な役割を果たします。生体内では、この酸化還元反応を担う化合物が繰り返し利用され、効率的にエネルギー変換が行なわれるケースが多々あります。いわば「分子の再利用」が確立しているといえます。例えば、ニコチンアミド(NAD)は基質から2電子を奪い、ピリジン環の4位の炭素上で炭素-水素結合を形成してNADHになります。また、NADHは基質にヒドリド(H-)を供給することでNADを再生します(1式)。このように一度に2個の電子が移動する反応は、通常は大きなエネルギーを要するために極めて起こりにくく、また、1電子づつ移動する反応では途中で不安定な中間体が副反応を起こし、繰り返し利用できる分子にはなかなか戻りません。今後、持続可能な社会を実現するためには、高エネルギー状態を経由せず、再生可能な酸化剤および還元剤を与える反応系の確立は最も重要な研究課題であり、1式のような反応系の開発は化学者にとって大きな目的となってきました。

 

最近、我々のグループでは光増感剤として良く知られた[Ru(bpy)3]2+のbpy(2,2’・ビピリジン)配位子上にNAD/NADHの酸化還元能を持たせた[Ru(bpy)2(pbn)]2+ ([1]2+ と略記)、およびその2電子還元体である[Ru(bpy)2(pbnH2)]2+ ([1H2]2+ と略記)を含む化合物を合成しました(図1)。


 

[1]2+ は、3級アミンを含む溶液中で532 nmの可視光を照射すると、量子収率34%という高い効率で[1H2]2+ を生成します。Brookhaven米国国立研究所との共同研究の結果、この[1]2+の光化学的2電子還元反応は、(i) 金属配位子電荷移動吸収帯(MLCT)の光励起、(ii) 3級アミンと光励起種 *[1]2+ との反応による還元型pbnを持つ[1]+の生成、(iii) pbnフリー窒素へのプロトン化、(iv)2分子の[1H]2+ のpbn配位子間のππ複合体形成、(v) 分子内ヒドリド移動(あるいは水素原子に引き続いた電子移動)による等量の[1H2]2++と[1]2+の生成(不均化反応)、という一連の反応を経て進行することが明らかとなりました(スキーム1)。

 

また、 [1H2]2+を適当な酸化剤で酸化すると[1]2+を再生することができます。つまり、1光子の励起で再生可能なNADからNADHへの還元反応を効率よく引き起こすことに初めて成功したことになります。事実、スキーム1の反応は蛍光灯のような弱い光でも十分進行します。1光子励起での炭素-水素結合生成は、自然光によって再生可能な酸化剤、還元剤の開発に繋がり、生体系に匹敵する穏和な反応条件での物質変換反応への展開が期待できます。

発表論文

雑誌:Angew. Chem., Int. Ed., 第46巻,4169-4172ページ(2007年)

題目:Photochemical and Radiolytic Production of an Organic Hydride Donor with a Ruthenium Complex Containing an NAD+ Model Ligand

著者:Dmitory Polyansky, Diane Cabelli, James T Muckerman, Etsuko Fujita, Take-aki Koizumi, Takashi Fukushima, Tohru Wada, and Koji Tanaka

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