お知らせ
2008/04/17
プレスリリース
光速に近いスピードで飛び回る電子が強い磁場などで軌道を曲げられると、電波からX線までの非常に幅広い波長の光を含んだ光(図1のように白色に見えます)を発生します。このような光を発生できる装置がシンクロトロン光源で、基礎学術研究から産業技術開発までの様々な分野において利用されています。一度にあらゆる波長の光を出せるという素晴らしい性能を持っていますが、一方、レーザーのように特定の波長で強力な光を発生することは不得意でした。
現在、愛知県と地域の産業界や大学が協力して建設を計画している「中部シンクロトロン光利用施設(仮称)」の設計主要メンバーでもある分子科学研究所・極端紫外光研究施設の加藤政博教授は、名古屋大学やリール工科大学(仏)との国際共同研究により、シンクロトロン光源中で飛び回っている電子のあつまりの形を精密に制御する斬新な技術を開発し、世界で初めて、レーザー光の特徴を併せ持ったシンクロトロン光を発生させることに成功しました。
今回の研究では、赤外光よりも波長の長いテラヘルツ波の発生を行ないました。テラヘルツ波は、生体物質の分析や非破壊検査などの分野で利用が急成長している光ですが、波長を簡便に変えられる強い光源が存在しないことが大きな問題となっていました。今回の手法は、大強度のテラヘルツ光の発生手段として有望視されています。また、様々な波長領域に発展させていくことで、レーザーでは発生することが困難な波長領域でも、強力な単色の光を作り出すことが可能になると期待されます。
【ポイント】
・レーザー光のような性質を持つシンクロトロン光の発生に成功
・シンクロトロン光は白色であるという常識を覆す実験結果
・既存のシンクロトロン光源装置に適用可能な技術
・当面の展望-大強度のテラヘルツ光の発生手段として有望
図2.分子科学研究所極端紫外光研究施設のシンクロトロン光源UVSOR-II(ユーブイソールツー)。一周約50mの円形の加速器の周囲に合計14本の光取り出し部と実験装置が装着されている。
■研究の背景
私たちは普段の生活において周囲のものを観察するのに、色・音・においなど様々な性質を調べます。学術研究においても同様です。研究者たちは多種多彩な手段を用いて研究対象を観察しますが、その中でも光は最も幅広く用いられています。光は電磁波と呼ばれることもあります。電場や磁場が波のように空間を伝わっていくのが電磁波です。波ですから波長(波の山から山の間の距離)があります。私たちの目に見える光は可視光と呼ばれ、波長は1ミクロン(1メートルの百万分の1)の半分程度です。もっと波長が短くなると紫外線と呼ばれ、さらに、真空紫外線、X線へと続きます。可視光より波長の長い方では、赤外線、テラヘルツ波、電波と続きます。研究者たちは、いろいろな種類のランプやレーザーなどを使って研究しますが、これらの機器はそれぞれ限られた波長の光しか出すことができません。ところが、電波からX線までの広大な波長領域の光を一度に出せる装置があります。それがシンクロトロン光源です。世界各地で建設され、我が国でも8台程度が稼働中です。その中の1台が岡崎市・分子科学研究所にあります(UVSOR-IIと呼ばれています、図2)。また、愛知県下では、愛知県と地域の産業界や大学が協力して、新たなシンクロトロン光源を建設する計画が進行中です。
シンクロトロンはあらゆる波長の光を発生できる優れた光源ですが、一方で、レーザー光線に比べて大きく劣る点があります。ひとつは、個々の電子から放出される光の波がそろっていないという点です(図3、上段)。それぞれの波の山をそろえることができれば(コヒーレントな光と呼ばれます)、原子や分子を一斉に振動させたり、波の干渉の効果を使ってより詳細に対象物を観察する、といったこれまでレーザーでしかできなかったことが可能となります。また、シンクロトロン光は特定の波長における光の強さもレーザー光に比べると劣っていますが、光の波の山をそろえることで強度も桁違いに強くなります。加藤教授らのグループはシンクロトロン光源を使ってレーザーのような光を作り出す技術の開発を進めてきました。今回の成果はその研究の一部として得られたものです。
図3.通常のシンクロトロン光(上)と今回発生に成功したコヒーレントシンクロトロン光(下)。電子(黄色い丸)が出すシンクロトロン光(赤い波線)は、電子が無秩序に並んでいると光の波も無秩序となり(上)、電子が一定間隔できれいに並んでいると、波の山がそろう(下)。
■研究成果
分子科学研究所の加藤政博教授、名古屋大学の保坂将人准教授、リール工科大学のSerge Bielawski教授らの国際共同研究チームは、間隔を精密に調整した極短パルスレーザー光の列を電子ビームに照射して、周期的な濃淡を持った電子のあつまりを生成する技術を開発しました(図4)。この技術を用いて、円形加速器の内部をほぼ光の速さで周回する長さ100ミリメートルの電子パルス上に約1ミリメートル周期の密度の濃淡を形成し、単色のテラヘルツ波を放出させることに成功しました。この結果は、シンクロトロン光は白色であるという常識を覆す結果です。生成された光はレーザー光のように光の波の山がそろっており、また、通常のシンクロトロン光に比べて10万倍も強いものでした。今後の装置の改良でさらに強くすることも可能と考えられます。 この研究成果は2008年3月30日付英国科学誌ネイチャーフィジックス(電子版)に掲載されました。
図4.周期的な濃淡をもった電子群の生成方法。周期的な磁界を発生するアンジュレータと呼ばれる装置の中にレーザーパルス列を照射すると、電子群に周期的な密度の濃淡ができる。
発表論文
(著者アルファベット順)S. BIELAWSKI, C. EVAIN, T. HARA, M. HOSAKA, M. KATOH, S. KIMURA, A. MOCHIHASHI, M. SHIMADA, C. SZWAJ, T. TAKAHASHI, Y. TAKASHIMA, “Tunable narrowband terahertz emission from mastered laser-electron beam interaction”, Nature Physics, Published online: 30 March 2008; doi:10.1038/nphys916
研究サポート
科学研究費補助金基盤研究(B)
日本学術振興会外国人招へい研究者(短期)
分子科学研究所国際共同研究
本件に関するお問い合わせ先
加藤 政博(かとう まさひろ)
自然科学研究機構 分子科学研究所 極端紫外光研究施設 光源加速器開発研究部門
Tel : 0564-55-7206 Fax : 0564-54-7079 E-mail : mkatoh@ims.ac.jp (送信時に@を半角にしてください)
自然科学研究機構 分子科学研究所 広報室 Tel:0564-55-7262
■追記
なお、本件は下記の新聞に掲載されました。
日刊工業新聞(2008年4月18日付)
東海愛知新聞(2008年4月18日付)
日経産業新聞(2008年4月21日付)