お知らせ
2008/06/30
研究成果
「気体分子と生物との関わりは?」と聞かれた時、まず頭に浮かぶのは酸素ではないでしょうか。酸素は、我々人間を含め、酸素呼吸で生育するすべての生物にとって必須の気体分子です。光合成反応に使われる二酸化炭素も、生物と関わる気体分子としてはポピュラーなものです。これらの気体分子は、生体の中で起こる酵素反応により他の物質に変換されています。ところが最近になり、このような例とは全く異なる形式で気体分子が生物と関わっていることが分かってきました。すなわち、気体分子が酵素反応に関与するのではなく、そのままの形でシグナル分子として機能して、様々な生理機能制御に関与していることが分かってきたのです。ここで言うシグナル分子とは、一種の「分子スイッチ」のような役割を果たすものであり、特定のタンパク質に結合することにより、そのタンパク質の機能発現をオンオフするものです。
これまでに、酸素(O2)、一酸化炭素(CO)、一酸化窒素(NO)などの気体分子が、細胞の運動性制御、遺伝子発現制御、細胞内での代謝系制御などのプロセスにおいてシグナル分子として機能していることが報告されています。これらの気体分子が生体中でシグナル分子として機能するためには、気体分子を感知するためのセンサータンパク質の存在が必要不可欠です。我々の研究グループでは、気体分子センサータンパク質の中でも特に、COセンサータンパク質(CooA)とO2センサータンパク質(HemAT)を主な研究対象とし、これら気体分子センサータンパク質の構造や性質を分子レベルで解明することを目的として研究を行っています。
COは、通常の生物では呼吸毒となることは良く知られていますが、ある種の細菌は、COを「餌」として生育することが可能です。CooAはこのような細菌中に含まれ、嫌気条件下においてCOの存在を感知すると、COの代謝反応に関与するタンパク質の発現を転写レベル(DNAからメッセンジャーRNAが合成される反応)で制御する転写調節因子です。COがポジィティブな生理作用を有していることが明らかになったのは、CooAが世界で最初の例でした。CooA中には、ヘム(鉄プロトポルフィリン)が存在しており、このヘムがCOセンサーの本体として機能しています。
ある種の細菌は、適度な濃度の酸素がある場所へと集まる、あるいは、高濃度の酸素からは逃げようとする性質があります。このような性質のことを、酸素に対する走化性と呼びます。HemATは、細菌の走化性における制御系においてO2センサーとして機能しているタンパク質です。HemATもCooAと同じく、分子中にヘムを含んでおり、このヘムがO2センサーの本体として機能しています。
全く同じ構造のヘムをセンサー本体として利用しているにも関わらず、CooAはCOを、HemATはO2を選択的に認識しています。このような選択性はどのようにして生じるのでしょうか? 我々の研究グループでは、分子生物学的な手法による機能解析、遺伝子工学を用いた各種変異型タンパク質の調製、共鳴ラマンスペクトル、紫外・可視吸収スペクトル、EPRスペクル、NMRスペクトル等の分光学的解析によるヘム周辺の詳細な分子構造の解析、X線結晶構造解析による構造決定等を組み合わせ、上記の問いへの答も含め、センサータンパク質の構造や動作原理の解明を行っています。
これらの研究成果をまとめた総説は、英国の王立化学会が出版するDalton Transactions誌に掲載され、その表紙も飾りました。
発表論文
雑誌:Dalton Trans. Issue 24, 3137-3146 (2008)
題目:Metal-containing Sensor Proteins Sensing Diatomic Gas Molecules
著者:S. Aono