お知らせ
2008/07/24
研究成果
強誘電体は,ある転移温度以下で電気分極する絶縁体結晶である。この分極は外部電場の印加によって方向転換し,転換された方位は電場を止めても維持される。すなわち,強誘電体は,単一の物質でありながら電気信号の“学習”・“記憶”を行い,しかも転移点以上でそれを“消去”できるという複合機能を有している。このような機能性材料を電子デバイスに応用できれば,集積率と機能を飛躍的に向上できるが,それには大きな壁が存在している。強誘電体の分極は陽・陰イオン間の双極子にもとづくものなので,その制御とは,原子がひしめく結晶の中でイオンを移動させることに他ならない。このために,半導体素子と同等以上の速度で駆動させることは、一般には大変難しい。
最近,我々は,有機伝導体α-(ET)2I3{ET:ビスエチレンジチオテトラチアフルバレン[図1(a)]}が,従来型とは異なる強誘電機構で電気分極し,それが強い非線形光学効果を示すとともに高速で光応答することを明らかにした。
図1 (a) ET分子の分子構造,(b)α-(ET)2I3結晶におけるET分子の二次元配列
図2 ET分子と電子分布の模式図。破線は二量体構造をしめす。(a)金属状態,(b)強誘電状態
この有機結晶は,正に帯電したET分子が層状構造を形成し[図1(b)],そこで伝導電子が自由に運動するために金属伝導を示す[図2(a)]。低温でこの運動が弱まると,伝導電子は互いの負電荷による反発を感じはじめ,その反発をさけるために,遂にはウィグナー結晶とよばれる格子をつくって凍結し,結晶は絶縁体へ転移する[図2(b)]。図2で示すようにET層には2種類のカラム構造が存在し,このうちStack Iは二量体構造を形成している。ウィグナー結晶化が起きると,この二量体内の電子がかたより,電気双極子が形成される。
通常,このような双極子がつくる静電場は,近傍に存在する逆向きの双極子によって打ち消されてしまうが,α-(ET)2I3の場合,分極した物質のみが示す光学第2高調波(SHG)を発生することが突き止められた。これは,双極子が打ち消しあわずに巨視的な領域でそろったことを意味する。すなわち,電子の結晶化によって直接,電気分極が発生したと考えられる。しかも,SHGの発生効率は,代表的な非線形光学結晶を数十倍以上うわまわることも明らかになった。SHGはそれ自身が重要な非線形光学機能であり,この物質が優れた光学材料の候補であることを示している。
さらに,パルスレーザーの照射によって,電気分極によるこの非線形光学特性を高速にオン-オフ動作させることにも成功した。その速度は他の強誘電体よりも速く,分極の主たる起源がイオンの変位ではなく、電子のかたよりを生むウィグナー結晶化にあることを強く示唆している。すなわち,レーザーパルスによる電子励起をきっかけとして瞬時にウィグナー結晶が融解し,その後高速に電子の結晶構造が再構築されると考えられる。
本研究で見出された“電子の結晶化で分極する強誘電体”は,有機物としては初めて確認されたものであり,新しい物質群である。この強誘電物質の真価は未知の段階であるが,構造設計できる有機物からの発見を口切りとして,今後,基礎および応用の両面で研究の進展が期待される。
なお、本研究の一部を報告した下記論文は、日本物理学会誌のEditors’ Choiceに選出された。
発表論文
雑誌:Journal of the Physical Society of Japan, 77, No.7, p.074709(2008)
題目:Strong Optical Nonlinearity and its Ultrafast Response Associated with Electron Ferroelectricity in an Organic Conductor
著者:山本 薫, 岩井伸一郎(東北大), BOYKO Sergiy (University of Ontario Institute of Technology, Canada), 柏崎暁光(東北大), 平松扶季子(東北大), 岡部智絵(東北大), 西 信之, 薬師久弥