お知らせ
2008/08/07
研究成果
原子や分子の振る舞いを光によってコントロールしようとする研究が、近年、活発に行なわれています。例えば、高強度の極短光パルスを用いて「瞬間的に」分子に撃力を加え、分子の回転を励起することが実現されています(図1)。原子や分子のようなミクロなスケールの粒子は全て、量子力学に従って運動します。その量子力学の根本原理の1つが、粒子は「波」としての性質も持つというものです。分子の回転もこの例外ではなく、風車やコマの回転のような、私たちに身近な物体の運動とは、かなり異なった様子を示すことになります。
量子力学では、物質の状態は波動関数によって規定されます。この関数が「波」としての性質を現すのです。波動関数には2つのタイプが考えられます。1つは、確定したエネルギーを持つ「波」で、量子固有状態と呼ばれます。量子力学においては、エネルギーは波長に反比例する(振動数に比例する)ので波長も確定しており、いわば、定在波と見なすことができます。ただし、回転のエネルギーは飛び飛びの値しか取ることはできません。そのため、波長も飛び飛びであり、「波」の仲間である「音波」で考えると、ドレミの音階に対応していると言えるでしょう。もう1つのタイプの波動関数は、時間とともに変動する「波」で、量子波束と呼ばれます。このタイプは、量子力学的には固有状態(定在波)の重ね合わせで表現することができます。つまり、複数の音階を同時に響かせることに対応し、その結果、時間的に変動する「うなり」が生じます。回転量子波束は、どのような回転固有状態を、どのような割合で(「振幅」と呼ばれます)、どのようなタイミングで(「位相」と呼ばれます)重ね合わせるかによって、様々な形を取ることができます。
はじめに述べた極短光パルスによる回転励起では、回転量子波束の状態となります。分子の向きを瞬間的に揃えることができるという利点があるために、この回転量子波束を利用した研究は極めて多いのですが、量子波束を「波」として完全に決定することは、これまで成功していませんでした。今回、光分子科学研究領域の長谷川宗良助教、大島康裕教授(分子制御レーザー開発センター併任)の研究グループは、回転量子波束を構成している量子固有状態の「振幅」と「位相」を決定する新規な方法を提唱し、それを実際に適用することによって量子波束の実験的決定に初めて成功しました(図2)。この成果によって、極短光パルス励起によって回転量子波束が生成するプロセスを詳細に明らかにすることが可能となり、回転量子波束の利用研究が今後も発展していく上での基盤となることが期待されます。
図1 高強度極短光パルスによる分子回転励起の模式図。
図2 実験的に決定された回転量子波束の時間発展。各時刻における波動関数の絶対値の2乗を示している。
発表論文
雑誌:Physical Review Letters, 101, 053002 (2008)
題目:Quantum state reconstruction of a rotational wave packet by a nonresonant intense femtosecond laser field
著者:長谷川宗良、大島康裕