分子科学研究所

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2009/06/11

研究成果

分子と金属イオンを用いて理想的なエネルギー変換ナノ構造場を創成する――グラフェン壁で出来たメソ多孔性炭素ナノデンドライトの発明――(西グループ)

炭素材料は分子科学研究所の初代赤松所長以来、分子科学分野の大きなテーマであった。グラファイトやグラフェン、フラーレン、ナノチューブと言った理想的な炭素材料が登場し、多くの分子科学者がこれに取り組んで来た。特にグラファイトは多く応用に供され、最近迄はリチウムイオン電池の負極に用いられて来た。グラファイトのようにベンゼン縮合環シートで出来た炭素材料は、優れた電気伝導特性を示すばかりでなく、強酸/強アルカリ条件下でも酸化還元反応を行いうる大変タフな物質である。
 
リチウムイオン電池や燃料電池等の電極材料には、電子やホールのやり取り、つまり酸化還元反応に対して安定な表面場が必要である。高価な白金電極を除いて、多くの金属やその化合物は化学反応の繰り返しによる疲労破壊が起こり、長期の使用には向いていない。また、大電流を流す為には、1. 広い電極表面積、2.大量のイオンがスムースに運搬される広い流路が必要である。純度の高いグラファイトは、3000度という高温で作られる。グラフェンは基本的には1枚のシートであり、容易に折れ曲がったり巻いたりして、不安定である。また、2層や3層にまで重なっても折れ曲がり構造が生じる。グラフェンの曲がり特性を活かして、炭素の固まりを高温で風船のように膨らませば、中が空洞のグラフェンシートで出来た電気伝導性の良い空孔物質が得られる。
  
西グループでは、C≡Cグループが金属原子とうまく結合する事に注目し、金属アセチリド化合物の自然な偏析反応を利用して様々なナノ構造体を創成して来た。今回は、金属を瞬間的にガス化させ炭素構造体を得るという例を紹介する。銀や銅のアセチリドを、特殊な条件下、アルカリ性の水溶液中で硝酸銀とアセチレンから生成させるとAg2C2のナノ樹状体モノリスが得られる。これをテフロン容器に詰め、更にステンレス容器内で脱水し、200℃に加熱すると瞬間的に銀と炭素への偏析反応が起きて、膨大な反応熱によって銀が蒸気になって炭素の風船を膨らまし、圧力が高くなると壁を突き破って飛び出るが、衝突に依って冷却し、銀のナノ粒子として炭素の中に沈殿する。この銀は、硝酸で溶解し、原料の硝酸銀が回収される。銀の沸点は2162℃であるから、銀が突沸するのは少なくとも2200℃以上になっていなければならない。温度が高いほど炭素との相互作用は強く、図1-aに示すようにグラフェンシート壁を持った空洞が出来る。銀が飛んでも、残った炭素は図1-bに示すようにAg2C2ナノ樹状体モノリス構造を保持し、枝は少し膨れた形となっている。図1-cに示したTEM像は、小胞内に1nm程度の径を持った白金ナノ粒子を担持したものである。メソ孔で出来た外壁は3層~2層のグラフェン壁であり、内部のミクロ孔は単層グラフェンで出来ている。図1-dには、亜鉛を詰めた例を示す。この炭素多孔体のラマンスペクトルを図2の下に示すが、ほとんどが単層グラフェンであり、Gバンドの右肩のピークの位置から平均の壁の広さは6-8 nm程度である事が判る。この炭素構造体を、Mesoporous Carbon Nano-Dendrites (MCND) と呼んでいるが、図1-bから判るように、この物質は「樹状角質海綿」のように内部も外部もほとんどが空間でありながら、電子やホールの良好な伝導という機能を備えている。この物質は1600-1760 m2/gという極めて高いBET比表面積を示すが、この空孔内に金属を埋め込むと、この広い表面が物質のやり取りと反応を起こす金属表面として使えることになる。図1-cに示した燃料電池用の白金担持MCNDは、現在用いられている最高性能の市販品(米国製)と同等の白金重量当たりの活性度を示す。しかし、炭素材表面に担持した現在の触媒は、シンタリングという粒子の合体成長が起こって機能が大きく低下するという問題を有しているが、MCNDは空孔内部に1~数個しか存在させないので、このような問題を回避する事が出来、長期の利用に向いていると期待されている。現在、MCNDを用いたリチウムイオン2次電池の研究が民間企業で進んでいるが、これは、現在自動車に搭載されようとしているものの3倍の容量がある。ナノ構造を有する機能材料の創成には分子が重要である。

 

図1. グラフェン壁を持つMesoporous Carbon Nano-Dendrites の高分解能SEM像(a)と樹状構造を示す中分解能SEM像(b)。TEM像(c)は、MCNDの空孔内部に1nm程度の白金を担持したもので、外壁がグラフェン3層構造となっている事が判る。TEM像(d)は、空孔内に金属(亜鉛)ナノ単結晶を成長させたものである。

図2. MCNDのラマンGバンドと2Dバンド:比較の為に上部にグラファイト(HOPG) のラマンスペクトルを示す。
* 印は波数校正用の空気中の酸素のラマン信号。

 

 

■発表論文

“Synthesis and characterization of mesoporous carbon nano-dendrites with graphitic ultra-thin walls and their application to supercapacitor electrodes” Shigenori Numao, Ken Judai, Junichi Nishijo, and Nobuyuki Nishi, Carbon, 47, 306-312(2009)

 

■西グループ

西 信之 教授
十代 健 助教、西條純一 助教
物質分子科学研究領域電子構造研究部門
URL : http://nishi-group.ims.ac.jp/ 
E-mail : nishi@ims.ac.jp(送信時に@を半角にしてください)