お知らせ
2009/06/01
プレスリリース
分子科学研究所・極端紫外光研究施設の宮崎秀俊研究員,木村真一准教授らの研究グループは,名古屋大学の研究者と共同で,次世代スピントロニクス[1]材料として注目されている強磁性半導体[2]の酸化ユーロピウム(EuO)が磁石になる理由を実験的に解明しました。この研究により,これまでより大容量の磁気記録素子等の開発が期待されます。
「もの」が磁石になるのは,その中にあるたくさんの電子が同じ方向に自転(スピン)しているためです(図1)。希土類元素であるユーロピウム(Eu)を含むEuOは低温で磁石になります。この磁性のもとは希土類元素の4f電子[3]と考えられています。しかし,4f電子は原子核近くにあるので隣の原子中の電子とは関係なく自転すると考えられ,なぜ多くの原子で4f電子スピンがそろうのかは謎でした。
そのような状況にあって,本研究では極端紫外光研究施設のシンクロトロン光源(UVSOR-II)[4]を活用し,ミクロな物質中の電子の振る舞いを直接観測する「三次元角度分解光電子分光」という実験計測を行いました(図2)。その結果,磁性を担うユーロピウムの4f電子は,ある速度で運動する時に酸素の2p電子やユーロピウムの 5d電子と混じり合い,1つの4f 電子のスピンの向きの情報が他の4f 電子へ伝達され,スピンの向きがそろうことがわかりました(図3)。この結果は,EuOが磁石になる起源をミクロな立場から解明したものです。
酸化ユーロピウムは,強い磁石と半導体の2つの性質を持ちます。この性質は,現在普及しつつある大容量な磁気抵抗メモリ(MRAM)やトンネル磁気抵抗素子の次の世代の材料の候補として注目されています。本研究の結果,磁性の出現とミクロな電子状態との関係が明確になったため,電子状態を操作し,より高い機能性を引き出し,より高密度な記録素子等の開発が期待されます。
なお,この研究成果は,平成21年6月5日(米国東部時間)発行の米国科学専門誌フィジカル・レビュー・レターズに受理され,事前にオンライン版で公開される予定です。
[1] 固体中の電子の電荷とスピンの両方を利用する電子技術。この語の元となっている「エレクトロニクス」は,電子の電荷のみ利用する技術である。
[2] シリコンの様な半導体でありながら,鉄のような磁石の性質を持つ物質のこと。
[3] 希土類元素は,原子番号57番のランタン(La)から71番のルテチウム(Lu)までの計15種類の元素のこと。ネオジム磁石などの強力な磁石になるばかりでなく,発色性の良い蛍光材料としてテレビのブラウン管に使われた。
[4] 光の速度近くまで加速された電子が磁場の中で曲げられるときに放射される光。UVSOR-IIと同様のシンクロトロン光施設は,兵庫県のSPring-8をはじめとして国内に数ヶ所ある。
図1. 電子の自転(スピン)と磁石の関係。
図2. (上) 分子科学研究所極端紫外光研究施設のシンクロトロン光源(UVSOR-II)。(下) この研究で行った,酸化ユーロピウム単結晶薄膜試料の育成,三次元角度分解光電子分光測定の概念図。極端紫外シンクロトロン光によって励起エネルギーを変えながら計測すると,物質中の電子状態を3次元的に決定できる。
図3 本研究で得られた酸化ユーロピウムの運動量空間内でのユーロピウムの4f電子と酸素の 2p電子のエネルギーの温度依存性とその説明。ある運動量の点(Γ点とX点と呼ばれている)でのみ4f電子の温度変化が観測されているため,その運動量で,酸素の2p電子とユーロピウムの 5d電子を介してユーロピウムの4f電子間でスピンの向きの情報交換が行われる。
■発表論文
雑誌:Physical Review Letters,102 巻 (6月5日付) 題目:Direct observation of momentum-dependent exchange interaction in a Heisenberg ferromagnet
日本語訳:ハイゼンベルグ磁石の運動量に依存した交換相互作用の直接観測
著者:H. Miyazaki (宮崎秀俊, 分子研研究員), T. Ito (伊藤孝寛,名古屋大准教授), H.J. Im (任晧駿,弘前大助教), S. Yagi (八木信也,名古屋大准教授), M. Kato (加藤政彦,名古屋大助教), K. Soda (曽田一雄,名古屋大教授), S. Kimura (木村真一,分子研准教授)
■研究サポート
本研究は,科学研究費補助金・基盤研究(B)の研究課題「強相関4f電子系の量子臨界点における電子状態の光学的・光電的研究」(課題番号18340110)の一環として,木村准教授らが行ったものです。
■本件に関するお問い合わせ先
木村 真一(きむら しんいち)
自然科学研究機構 分子科学研究所 極端紫外光研究施設 光物性測定器開発部門
URL : http://www.uvsor.ims.ac.jp/staff/skimura/indexj.htm
Tel : 0564-55-7202 Fax : 0564-54-7079
E-mail : kimura@ims.ac.jp(送信時に@を半角にしてください)