分子科学研究所

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2010/05/14

プレスリリース

効率よく光を捕集し伝達する高分子の合成に成功(江グループ)

[ 研究の背景]

太陽エネルギーは現代社会とその持続可能な発展に欠かせないエネルギー源であり、いかに利用するかが分子科学における最先端課題の一つです。特に、近年ますます高まる資源問題や環境問題と関連して、太陽光を化学エネルギーや電気エネルギーに変換できる分子システムの構築が注目されています。
光エネルギーの利用は、光を吸収することから始まります。光子密度の希薄な太陽光を効率的に利用するには、光吸収ユニットを高密度に集積化する必要があります。これまでに、様々な分子システムが提案されています。しかし、ほとんどの系では光吸収ユニットを持っていても、ユニット間の協同作用が無く、捕集注1)した光エネルギーを欲しい場所まで運搬することができませんでした。江グループでは、一昨年、π(パイ)電子系注2)共有結合性骨格をもった高分子化合物を世界で初めて合成し(Wan et al., Angew.Chem. Int. Ed., vol.47, 8828 (2008); VIP 論文;アメリカ化学会員誌C&ENにハイライト報道)、続いて昨年、光エネルギーを伝達することができる特性を持った共有結合性骨格の合成に成功しました。この高分子は、二次元のポリピレンシートが積層されてできる立方体構造をもつものでした(Wan et al., Angew.Chem. Int. Ed., vol.48, 5439 (2009))。

 

[ 研究の成果]

今回、江グループは、多孔性共役高分子注3)の合成に成功し、さらに効率よく光を捕集し、伝達できるこれまでにない新しい光捕集システムを構築しました。多孔性共役高分子は電子が分子全体に広がった共役構造を持ちながら、巨大な表面積を有するユニークな高分子です。このような特徴により、多孔性高分子骨格は光捕集アンテナとして優れた特性を持ち、光を吸収するユニットを高密度に集積することができます。共役構造は三次元的に広がっているため、吸収した光エネルギーは特定のユニットにとどまることなく、高分子骨格を高速移動できることが特徴です。
江グループでは、三次元構造を有する多孔性共役高分子に着目し、独自の手法により多孔性高分子の内部に光励起エネルギーを受け取るクマリン分子を組み込むことで、三次元骨格で捕集した光エネルギーをその場所に伝達することを可能にしました(図参照)。
具体的には、ポリフェニレン骨格をもつ多孔性共役高分子は、1,2,4,5̶テトラブロモベンゼンと1,4ーフェニルジホウ素酸をモノマーとした重縮合反応によって合成され、ポアサイズが1.56ナノメートル(ナノは10億分の1)、表面積が1グラム当たり1083平方メートルの多孔性共役高分子が得られました。この高分子のポアに、共役高分子骨格の励起エネルギーを受け取る分子としてクマリン6という色素を物理的に内包することによって、エネルギー伝達システムを構築しました。
今回合成に成功した高分子では、分子にあたった光は、分子全体に広がるπ共役を介して目的の場所まで伝達されるため大変効率よくエネルギーを運ぶことができるので、エネルギー移動効率注4)は90%にも達し、トップクラスの効率を示しています。

 

[ この研究の社会的意義]

光捕集は光エネルギー変換において最も基本的な過程ですが、方向性を持って光励起エネルギーをほしい場所に伝達できることが、変換システムに欠かせないものです。今回の研究成果は、この光変換システムの構築に必須の技術を提供するものであり、太陽エネルギーの電気エネルギーへの変換に貢献することが期待されます。

 

ポリフェニレン骨格をもつ多孔性共役高分子を紫色で示し、励起エネルギーを受け取るクマリン分子を緑色で表しています。クマリン分子は多孔性高分子のポア(孔)に入っています。図では光励起エネルギーがこのクマリン分子に集まってくる様子を描いています。なお、この研究成果はJACS掲載号の「表紙」に使用されます。

ポリフェニレン骨格をもつ多孔性共役高分子を紫色で示し、励起エネルギーを受け取るクマリン分子を緑色で表しています。クマリン分子は多孔性高分子のポア(孔)に入っています。図では光励起エネルギーがこのクマリン分子に集まってくる様子を描いています。なお、この研究成果はJACS掲載号の「表紙」に使用されます。

 

 

[用語解説]
注1) 光捕集:分子が光エネルギーを吸収すると、分子はエネルギーの高い励起状態に励起されます。その励起に使われるエネルギーを集めることを光捕集といい、捕集されたエネルギーは、ある分子や反応中心に受け渡されます。植物の光合成では、クロロフィル(葉緑素)が光捕集をするアンテナの役割を果たしています。
注2) π(パイ)電子系:π電子とは、分子の中で、結合軸上になく、軸を含む平面に節をもつ波動関数によって表される分子軌道に属する電子をいいます。単純な分子での例として、エチレンの二重結合やアセチレンの三重結合にはπ電子が関与しています。ベンゼンの6角形の環構造では、π電子が環全体に一様に広がっています。π電子系とは、分子全体にπ電子が広がった構造を持つものをいいます。
注3) 多孔性共役高分子:共役鎖が三次元的につながった多孔性高分子をいい、共役構造と巨大な表面積を共に持ち合わせています。なお、「共役」とは電子が分子全体に広く広がった原子の結合状態をいい、π電子系では共役構造をとっています。
注4) エネルギー移動効率:捕集された光エネルギーが目的の場所まで運ばれる効率をいいます。

 

■論文情報

Journal of The American Chemical Society( 米国化学会誌JACS)
掲載予定日:2010 年5月19日号 (オンライン公開5 月12 日)

論文タイトル: 
"Light-Harvesting Conjugated Microporous Polymers: Rapid and Highly Efficient Flow of Light Energy with a Porous Polyphenylene Framework as Antennae" 
(光捕集共役マイクロポーラス高分子:ポリフェニレン骨格をアンテナとして用いた迅速かつ効率的な光エネルギー流れ)
著者: 
Long Chen, Yoshihito Honsho, Shu Seki and Donglin Jiang

※本論文の図はJACS 掲載号の「表紙」に取り上げられる予定です。

 

■研究グループ

本研究は、自然科学研究機構分子科学研究所・江グループ(江 東林准教授)と大阪大学・関グループの共同研究により行われました。

 

■研究サポート

本研究は、科学研究費補助金(基盤研究B)、JST 戦略的創造研究推進事業 さきがけ領域「太陽光と光電変換機能」(PRESTO)の研究課題「シート状高分子を用いた光エネルギー変換材料の創製」(研究者:江 東林)の一環として行われました。

 

■本件に関するお問い合わせ先

江 東林(ちゃん どんりん) 
自然科学研究機構・分子科学研究所・分子機能研究部門 准教授 
TEL: 0564-59-5520 
E-mail: jiang@ims.ac.jp(送信時には@を半角にしてください)