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2011/02/01

プレスリリース

ナノの覗き孔は、塞ぐと光がよく通る!?......貴金属ナノ粒子の特異な光学的性質(岡本グループ)

自然科学研究機構分子科学研究所の岡本裕巳教授及び早稲田大学の井村考平准教授らの研究グループは、北海道大学の三澤弘明教授らのグループと共同で、1000万分の1メートルというナノの世界でのみ観測される新しい現象を特殊な顕微鏡を用いて発見した。不透明な金属の板に1000万分の1メートルの直径の孔をあけ、その孔を不透明な金属製の円盤で塞ぎ、孔を通ってくる光の強さを測ったところ、円盤がない時に比べて、円盤で孔を塞いだ時の方が、数倍強くなる場合があることを世界で初めて見出した。本成果は、アメリカ化学会の発行するナノサイエンスの専門速報誌『Nano Letters』のオンライン版に、近く掲載される。

 

[研究の背景]

ナノメートル*1)とは短い距離を表す単位で、nmと書きます。1ナノメートルは10億分の1メートルを示します。10億分の1から1000万分の1メートルの「ナノメートルサイズの世界」では、私たちの日常感覚とは異なった現象を観測することができます。

 

  不透明な板(金属など*2))に孔をあけて光をあてると、光は孔から通過して反対側に出てきます。孔を不透明な板で塞げば、光をあてても出て来なくなるのが常識です(図1)。しかしナノの世界では、この常識があてはまらないことが、今回の研究でわかりました。これは貴金属のナノ微粒子の特性を、近接場光学顕微鏡*3)という装置で研究しているときに見いだされたものです。

 

図1 金属板に微細な孔をあけ、光を通すと、わずかに光が通る(上)。
   孔を金属の円盤で塞ぐと、光は通るか?(下)

 

[研究の成果]

金属の板にあける、光を通す孔をナノメートルサイズまで小さくすると、通過する光はどんどん弱くなってきます。研究チームの実験では、近接場光学顕微鏡という装置で用いられている、金の薄膜にあけられた微細な孔(直径50〜100 nm程度、近接場プローブと呼ばれる)を用いています(図2)。この孔に光をあてると、わずかな光が孔を通過してきます。

図2 レーザー光をレンズで絞ると、見えない「穴」が掘られ、そこに球が落ち込む。通常の連続点灯光では真ん中が深い穴になり、焦点の中心に球が落ち着く。

図2 実際の測定の配置図。金のナノサイズの円盤は、光を通す孔よりも大きい。

 

 

この孔のごく近くに、金でできたナノサイズの円盤(厚さ35 nm、直径100~200 nm程度)を持ってきて、光の通り道を塞ぐ配置にします。孔の直径よりも円盤の直径が大きく、また円盤は孔のごく近く(30 nm未満)にあるので、ここを通る光は、常識的には更に弱くなって、ほとんどゼロになるはずです。ところが実際にこの配置で孔を通ってくる光の強さを測ったところ、円盤がない時に比べて、円盤で孔を塞いだ時の方が、数倍強くなる場合があることがわかりました。孔を塞いだ方が、光がずっとよく通ることになります。 
 研究チームは、この現象を、様々な実験と理論的な解析を通じて、解明しました。金属膜に開けた孔からは、光はほとんど通過してきませんが、実は孔の周辺に「留まっている」*4)強い光のあることが、理論的にわかっています。ナノサイズの金属円盤を孔に近づけると、この留まっている光を拾い出して、空間に放出する働きを持つことが、解析の結果わかりました。この性質のため、孔を金属円盤で塞ぐと、却って通過する光が強くなったと考えられます。但しこのナノ金属円盤の働きは、どんな場合でも現れるわけではなく、円盤のサイズによって決まった波長*5)の光である必要があり、それよりも短い波長の光では、通過してくる光の強さは、円盤で塞ぐと弱くなります。この傾向は、実験で確認することができました(図3)。また、円盤と孔の間にわずかな隙間があることが重要で、全く隙間なく塞いでしまうと、通過する光は弱くなります。

  ちなみに、電波と光は、波長が異なるだけで同じものですので、同様な現象は携帯電話などの電波でも起こると考えられます。この場合は、孔や円盤はナノサイズではなく、ミリメートル~センチメートル程度になると予想されます。

 

図2 レーザー光をレンズで絞ると、見えない「穴」が掘られ、そこに球が落ち込む。通常の連続点灯光では真ん中が深い穴になり、焦点の中心に球が落ち着く。

図3 透過する光の強さの、光の波長による変化。円盤を近づけない時の光の強さが点線(100%ライン)。波長850 nm付近の光は、円盤を近づける(孔を塞ぐ)ことで3倍近く透過していることがわかる。
*nm(ナノメートル):n(ナノ)は10億分の1を示す。100 nmは1000万分の1メートル。

 

今後の展開、研究の社会的意義

この現象自体に、実社会で役に立つ応用があるかどうかは、わかりません。光通信デバイスなどで発展があるかも知れません。しかしこの現象は、貴金属のナノ円盤が、「留まっている光」と空間に放出される光の間の、相互変換に有効に働くという、基礎的な性質が明らかになったことが重要だと考えられます。貴金属ナノ物質のこの特性が、例えば光のエネルギーを有効に電気エネルギーや化学エネルギーに変換するための基礎的な性質として、今後重要になってくることが予想されます。

 

[用語解説]
*1) ナノメートル:1,000,000ナノメートルが1ミリメートルに相当する。通常の生物細胞は小さいもので1マイクロメートル程度、ウィルスは数十ナノメートル、LSIのパターンの幅は最も狭いもので数十ナノメートル程度である。 
*2) 不透明な板(金属など):金属も極めて薄い膜(10 nm程度以下)にすると、ある程度の光が透過するが、この研究で用いている35 nm程度の膜では、ほとんど不透明と言ってよい。 
*3) 近接場光学顕微鏡:通常の光学顕微鏡では観察不可能な、マイクロメートル(0.001ミリメートル)よりも小さいものを観察するために開発された、新しい原理の光学顕微鏡。金属膜にあけた微細な孔(数十~数百ナノメートル)を用いることで、通常の光学顕微鏡よりも小さなものが観察可能になっている。 
*4) 留まっている光:通常の光は空間を光の速度で伝わっていくが、金属のナノ物質などで、ある特別な条件が満たされると、空間を伝わらない光ができる。 
*5) 波長:光や電波は、空間に電気と磁気の波が立った状態と考えられる。その波の山と山の間の長さが波長である。光の色は、光の波長の差によって生まれる。青い光は波長が400〜500 nm、赤い光は波長が600〜750 nm程度である。

 

■論文情報

掲載誌:Nano Letters (American Chemical Society)(アメリカ化学会のナノサイエンス専門速報誌)

論文タイトル:Anomalous light transmission from plasmonic capped nano-apertures 
プラズモニック物質でできた「塞いだナノ開口」における異常光透過現象

著者:Kohei Imura, Kosei Ueno, Hiroaki Misawa, Hiromi Okamoto

掲載予定日:近日オンライン版に掲載予定

 

■研究グループ

本研究は、自然科学機構分子科学研究所・岡本グループ(岡本裕巳教授)と、早稲田大学・井村考平准教授、北海道大学・上野貢生准教授及び三澤弘明教授のグループの共同研究として行われました。

 

■研究サポート

本研究は、科学研究補助金(基盤研究(A)、特定領域研究「光-分子強結合場」、基盤研究(S))の研究課題の一環として行われました。

 

■研究に関するお問い合わせ先(メールは送信時に@を半角にしてください)

岡本 裕巳(おかもと ひろみ) 
自然科学研究機構・分子科学研究所・光分子科学第一研究部門 教授 
TEL: 0564-55-7320
E-mail: aho (at) ims.ac.jp(送信時には (at) を半角アットマークにして下さい)

 

井村 考平(いむら こうへい) 
早稲田大学理工学術院 准教授(先進理工学部 化学・生命化学科) 
科学技術振興機構 戦略的創造研究推進事業 さきがけ研究者 兼任 
TEL: 03-5286-8287
E-mail: imura (at) waseda.jp(送信時には (at) を半角アットマークにして下さい)

 

三澤 弘明(みさわ ひろあき) 
北海道大学電子科学研究所 所長/教授 
TEL: 011-706-9358

E-mail: misawa (at) es.hokudai.ac.jp(送信時には (at) を半角アットマークにして下さい)