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2011/03/01

プレスリリース

1 種類の有機半導体で太陽電池を可能に!......フラーレン(n型)をp型にすることに成功(平本グループ)

自然科学研究機構分子科学研究所の平本昌宏教授の研究グループは、最も優れたn型有機半導体として知られるフラーレンに、モリブデン酸化物をドープすることにより、p型にすることに成功した。平本グループは有機薄膜型の太陽電池の研究を進めているが、フラーレン分子(n型)とフタロシアニン分子(p型)の2種類の有機半導体を用いていた。今回、最も優れたn型有機半導体として、有機太陽電池に必ず用いられているフラーレン分子と、モリブデン酸化物とを同時に蒸着する共蒸着法によりモリブデン酸化物をドープしたフラーレンを作製し、物性を調べた結果、p型として働くことが世界で初めて明らかになった。この方法によれば、1種類の有機半導体のみを用いてn型、p型の両方を得ることができ、電池の電圧の起源となる内蔵電界を得られる。このことは、有機太陽電池もシリコン(無機系)太陽電池のように、設計した性能のものを制御可能な方法で製造することができることに基礎科学的な根拠を与えるものである。本成果は、JSTのCREST(研究領域名「太陽光を利用した独創的クリーンエネルギー生成技術の創出」)の一環として行われ、アメリカ物理学協会の発行する応用物理学の専門速報誌『Applied Physics Letters』の2月18日付(オンライン版)に掲載された。なお、本論文は“APL: Organic Electronics and Photonics”(2月号)にも選ばれた。

 

[研究の背景]

有機太陽電池は、有機半導体を用いたデバイスとして産業的な利用が強く望まれているものです。しかし、既に広く実用化されている無機系のシリコン太陽電池では、シリコンSi結晶中にリンPがドープされたn型半導体と、シリコンSi結晶中にホウ素Bがドープされたp型半導体についての基礎科学が確立されているため、バンドギャップの計算や、それに基づいた電池の設計を行うことができるのに対して、有機太陽電池についてはその基礎科学的な研究が十分ではありません。このため、電池の性能を設計して製造するためには、有機太陽電池の電圧の起源(内蔵電界)を生み出す有機半導体についての基礎的な研究が必要とされていました。

分子科学研究所の平本教授は、有機薄膜太陽電池の研究のパイオニアで、現在、有機薄膜型の主流となっているP・I・Nの3層から構成されるPIN接合型(注1)構造を1991年に提唱し、n型有機半導体としてフラーレン(C60)を用い、p型有機半導体としてフタロシアニン(Pc)を用い、2種類の有機半導体を用いることにより内蔵電界を形成する電池の研究を行ってきました。しかし、有機太陽電池についても、無機系太陽電池のように、“バンドギャップサイエンス”を確立させたいとの構想を持ち続けていました。この解決のためには、有機半導体の超高純度化(注2)と、ドーピングによるpn制御(注3)という2つがポイントとなります。今回、研究グループは、有機半導体では全く未開拓の領域であったドーピングによるpn制御に取り組みました。

 

[研究の成果]

今回、研究グループは、有機半導体としてフラーレン分子(C60)をターゲットとしました。フラーレンは、その分子軌道のエネルギーの特性から、電子を受け取る能力の大きいアクセプターであり、そのため、最も優れたn型有機半導体として、有機太陽電池に必ず用いられています。このため、フラーレンをターゲットとし、これにドーパントをドープしてp型にすることができれば、その他の有機半導体についても可能性があることを示すことができるものと考えられます。研究グループの久保研究員(CREST研究員)らは、ドーパントとして最もふさわしい性質を持つ物質を探索し、有機ELにおいてホールを導入する材料としてよく用いられているモリブデン酸化物(MoO3)が適していることを見出しました。そして、モリブデン酸化物とフラーレンとを同時に蒸着する共蒸着法(図1)によりモリブデン酸化物をドープしたフラーレン(図2)を作製しました。

図1 フラーレン(C60)とモリブデン酸化物(MoO3)の共蒸着

図1 フラーレン(C60)とモリブデン酸化物(MoO3)の共蒸着

(今回の成果は3000ppm(0.3%)のモリブデン酸化物をドープした結果であるが、既に極微量の50ppmをドープする技術も開発した)

 

図2 モリブデン酸化物(MoO3)がドープされたフラーレン(C60)

図2 モリブデン酸化物(MoO3)がドープされたフラーレン(C60)

(左)試作した共蒸着膜の写真 (右)モデル図

 

 

このようにして得られた共蒸着膜についてフェルミレベル(注4)というn型またはp型の性質の程度をエネルギーレベルで示したものを調べました。その結果、ドープしていないフラーレンではフェルミレベルEFは4.5eV(電子ボルト、注5)だったのに対して、モリブデン酸化物を3300ppmドープしたものでは5.88eVになり、ドープしていないフラーレン(n型)がモリブデン酸化物をドープしたことによりp型になったことを世界で初めて示しました(図3)。

 

図3 モリブデン酸化物(MoO3)がドープされたフラーレン(C60)と   ドープされていないフラーレンのフェルミレベル測定の結果

図3 モリブデン酸化物(MoO3)がドープされたフラーレン(C60)とドープされていないフラーレンのフェルミレベル測定の結果

 

 

研究グループはさらに、フラーレンのp型化が実際に光起電力特性をもつかどうかを検討しました。図4に示すような電池に光を照射して実際に実験を行いました。

 

図4モリブデン酸化物(MoO3)がドープされたフラーレン(C60)とドープされていないフラーレンを用いた電池

図4 モリブデン酸化物(MoO3)がドープされたフラーレン(C60)とドープされていないフラーレンを用いた電池

 

 

その結果、フラーレンのp型化により、光起電力特性が明確に現れることを世界で初めて示しました(図5)。

 

図5モリブデン酸化物(MoO3)がドープされたフラーレン(C60)(右)とドープされていないフラーレン(左)の光起電力特性

図5 モリブデン酸化物(MoO3)がドープされたフラーレン(C60)(右)とドープされていないフラーレン(左)の光起電力特性

 

[今後の展開とこの研究の社会的意義]

本成果は、1種類の有機半導体のみを用いてn型、p型の両方を得ることができ、内蔵電界を形成することができることを実験的に証明しました。このことは、有機太陽電池も無機系太陽電池のように、設計した性能のものを制御可能な方法で製造することができることに道を拓いたものと位置づけられます。有機太陽電池の物性化学的な基礎研究としてはもちろんのこと、実用化に向けた開発研究にも大きな貢献をする成果です。

今後さらに、ドーパントの種類や濃度の最適化や、他の有機半導体への適用などの展開が考えられます。また、従来型のフラーレン(n型)とフタロシアニン系(p型)の電池との併用により、実用的な性能の有機太陽電池を設計下で開発できることが期待されます。

 

[用語解説]

注1) PIN接合:n型(アクセプター性) とp型(ドナー性)の有機半導体分子を共蒸着によって混合して、複雑な形状を持つドナー-アクセプター界面を設けた構造。これにより光捕集効率を上げることができる。1991年に平本教授により提唱された。

注1)PIN接合:n型(アクセプター性) とp型(ドナー性)の有機半導体分子を共蒸着によって混合して、複雑な形状を持つドナー-アクセプター界面を設けた構造。

注2) 有機半導体の超高純度化: 無機系(シリコンSi)半導体では、集積回路に用いられるものではシリコンSiの純度はイレブンナイン(99.999999999%の純度、9が11個並ぶことからこのように呼ばれる)に達しており、太陽電池でもセブンナインのものが使用されている。有機半導体では、例えばフラーレンC60やフタロシアニン(Pc)の純度はセブンナインを達成しているが、さらにイレブンナインの純度を目指している。

注3) ドーピングによるpn制御:無機系(シリコン)半導体では、シリコンSi結晶中にリンPがドープされたn型半導体と、シリコンSi結晶中にホウ素Bがドープされたp型半導体のpn制御ができる。

注3)ドーピングによるpn制御

有機半導体でも、有機半導体分子間に適切なドーパントを導入することにより、n型とp型の制御ができるのではないかという発想が、今回の成果につながった。

注4) フェルミレベル:価電子帯の最高のエネルギー状態をいう。言い換えると、固体の電子のエネルギー準位のうち、 それより低い準位はほとんど電子が存在し、それより高い準位はほとんど空であるような境の準位。固体内電子のもちうる最大のエネルギーの目安となる。EFと書く。

注4) フェルミレベル

注5) 電子ボルト:エレクトロンボルト(eV)は、素粒子、原子核、原子、分子などのエネルギーを表わす単位。1eV=1.602×10-19J(ジュール)。

 

■論文情報

掲載誌:Applied Physics Letters, 98巻, 073311 (2011) 
(アメリカ物理学協会の発行する応用物理学の専門速報誌)

論文タイトル:Conduction-type control of fullerene films from n- to p-type by molybdenum oxide doping
(モリブデン酸化物のドープによるn型からp型へのフラーレン膜の伝導型制御)

著者:Masayuki Kubo, Kai Iketaki, Toshihiko Kaji, and Masahiro Hiramoto

掲載日:2011年2月18日オンライン版掲載

付加情報:“APL: Organic Electronics and Photonics”(2月号オンライン版)にも掲載
“Virtual Journal of Nanoscale Science & Technology”(2011年3月7日)に選ばれオンライン版に掲載

 

■研究グループ

本研究は自然科学研究機構分子科学研究所・平本グループ(平本昌宏教授)により行われた。

 

■研究サポート

本研究は、JSTのCREST(研究領域名「太陽光を利用した独創的クリーンエネルギー生成技術の創出」、研究総括:山口真史(豊田工業大学大学院教授))の一環として行われました。

 

■研究に関するお問い合わせ先

平本 昌宏(ひらもと まさひろ) 
自然科学研究機構・分子科学研究所・ナノ分子科学研究部門 教授 
TEL: 0564-59-5537
E-mail: hiramoto (at)ims.ac.jp(送信時には (at) を半角アットマークにして下さい)