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2011/06/15

プレスリリース

有機薄膜太陽電池の光電流を向上できる手法を開発 真空蒸着法の改良によるドナー:アクセプター混合膜の結晶化(平本グループ 嘉治助教)

[概要]

自然科学研究機構分子科学研究所平本グループの嘉治寿彦助教らと米国ロチェスター大学のタン教授らの研究グループは、有機薄膜太陽電池に光を照射することで得られる電流を飛躍的に向上できる新手法を開発しました。 従来の真空蒸着法では低分子有機半導体のドナー:アクセプター混合膜はうまく結晶化できず電気伝導度が低かったため通常、混合膜は100 nm(1万分の1ミリメートル)以下の膜厚で作製されてきました。 
今回、低分子有機半導体を真空蒸着して混合膜を作製するときに、真空中で簡単に扱え、かつ、素子基板には付着しない液体分子を選び、同時に蒸発させました。 この結果、通常より4倍以上の厚さ(約400 nm)の混合膜の結晶化に成功し、同じ厚さの混合膜を従来の方法で作製した場合より、光電流を最高で3千倍まで、例外なく向上できました。 この手法は高品質な薄膜の作製が可能なため、高効率の有機薄膜太陽電池の実現が期待されるばかりでなく、有機トランジスタのような他の高性能な有機半導体素子への応用も期待されます。 本成果はドイツの出版社(Wiley-VCH)が発行する先端材料科学の専門誌『Advanced Materials』のオンライン版に近日中に掲載される予定です。

 

[研究の背景]

有機薄膜太陽電池は太陽光のエネルギーを電力へと変換するための低価格な技術として期待され、世界中で活発に研究開発されています。 現在、研究の主流は様々な有機半導体のドナー性(p型)材料とアクセプター性(n型)材料とでできた混合膜である、バルクへテロジャンクション構造(p-i-n接合のi中間層)*1)の最適化と、新規有機半導体の合成とに向けられています。 混合膜の最適化では、混合した各材料の混ざり方と結晶性とをどこまで制御できるかが一番重要になります。 最近の高効率の有機薄膜太陽電池のほとんどは、ポリチオフェンとフラーレン誘導体との組み合わせのように、共役高分子をドナーとして、低分子をアクセプターとした混合膜をバルクへテロ構造として利用しています。 これらの高分子型有機薄膜太陽電池では、溶液塗布法によって作製され、通常、溶媒を適切に選択し、塗布製膜後の環境を精密に制御することで高効率が達成されています。 一方で現在、携帯電話のディスプレーなどに用いられている有機ELの生産においては、低分子型有機半導体を用いた多層膜を真空蒸着法によって作製することが主流です。 この真空蒸着法は多層膜の形成や膜厚の精密制御など様々な点で優れた技術なのですが、有機薄膜太陽電池の混合膜を作製する場合には、真空中で成膜するために溶媒と同様の効果がないため、溶液塗布法と比べて最適化できる作製条件が限られ、混合膜の形態や結晶性の制御が困難でした。 このため、従来の真空蒸着法で作製された低分子型有機半導体の混合膜の大半は、十分に結晶化できずに電気伝導度が低く、膜厚を100 nm以下に抑えて有機薄膜太陽電池に用いられてきました。

 

[研究の成果]

自然科学研究機構分子科学研究所平本グループの嘉治寿彦助教らと米国ロチェスター大学のタン教授*2)らの研究グループは、低分子型有機半導体のドナー:アクセプター混合膜を結晶化する、これまでにない手法を開発しました。 真空蒸着法を改良した手法で、従来の真空蒸着法よりも高品質な膜形態や結晶性を持つ低分子型有機半導体薄膜を作製できます。 さらに、この新手法を用いて混合膜を結晶化することで、太陽電池性能を大幅に向上できることを様々な低分子型有機半導体を用いて示しました。

具体的には図1のように、従来通り、ドナー分子とアクセプター分子の2種類の低分子型有機半導体を透明電極基板の上に同時に真空蒸着して混合膜を作製するときに、この手法ではさらに同時に、透明電極基板に付着しないような液体分子を蒸発させます。 液体分子が有機半導体分子に衝突することで、有機半導体分子が凝縮して混合膜を形成する前に基板表面を動き回りやすくなり、その結果、従来よりも確実に混合膜が結晶化されると考えています。 様々な有機半導体を用いて、通常よりも厚い混合膜(約400 nm)を作製して有機薄膜太陽電池に用いたところ、従来の真空蒸着法で作製した同じ厚さの混合膜と比べて、特に、光電流が3倍~3千倍に向上し、太陽電池性能の劇的な向上に例外なく成功しました。

 

図1 従来の真空蒸着法と今回の新手法との対比

図1 従来の真空蒸着法と今回の新手法との対比

 

今回用いた材料は、図2に示したメタルフリーフタロシアニン(H2Pc、ドナー性)とフラーレン(C60、アクセプター性)のような代表的な低分子型有機半導体ばかりです。 これらの分子の真空蒸着中に同時に蒸発させる液体としては、室温では真空中で液体として安定に扱える、アルキルジフェニルエーテル(ADE、図2)やシリコーンオイルのような高沸点の液体の中でも特に、真空中で加熱して蒸発させることができ、かつ、同時に透明電極基板を適度に加熱することによって基板に付着しないようにできる液体を選びました。

 

図2 今回用いた材料の例。メタルフリーフタロシアニン(H2Pc)、フラーレン(C60)とアルキルジフェニルエーテル(ADE)の分子式

図2 今回用いた材料の例。メタルフリーフタロシアニン(H2Pc)、フラーレン(C60)とアルキルジフェニルエーテル(ADE)の分子式

 

また、今回の新手法で作製した混合膜を分析したところ、H2PcとC60との混合膜において、走査電子顕微鏡法を用いた観察では、図3のように、従来法で作製した場合の不規則な粒状構造の膜形態から、上下に伸びた柱状構造への変化が観察されました。 新手法によって、結晶性が大幅に改善したことも紫外可視吸収分光法とX回折法によって確認されました。

 

図3 H2Pc:C60混合膜を用いた有機薄膜太陽電池の断面の走査電子顕微鏡像

図3 H2Pc:C60混合膜を用いた有機薄膜太陽電池の断面の走査電子顕微鏡像

 

今回の新手法で作製した混合膜を用いて向上した有機薄膜太陽電池の光電流の値は以下の通りです。 例えば、約400 nmのH2Pc:C60混合膜を用いた有機薄膜太陽電池では、100 mW cm-2の疑似太陽光の照射下で光電流を測定したところ、短絡電流密度が、従来の真空蒸着法で作製した場合の2.2 mA cm-2 から、この手法で作製した場合は10.6 mA cm-2 へと4.8倍に向上しました。 H2Pc以外のドナーに変更した場合も、鉛フタロシアニンでは1.5 mA cm-2 → 4.9 mA cm-2(3300倍)、ルブレンでは22 μA cm-2→ 0.90 mA cm-2(41倍)、塩化アルミフタロシアニンでは0.88 mA cm-2 → 3.0 mA cm-2(3.4倍)と光電流の劇的な向上に例外なく成功しました。

以上のように、今回開発した手法では簡単に、従来の真空蒸着法よりも結晶性の良い混合膜を作製することができるため、より多くの光を吸収できる厚い混合膜を用いて、より高い光電流を生成する低分子型有機薄膜太陽電池を実現することができます。

 

[今後の展開とこの研究の社会的意義]

今回はまだ、電池構成の最適化をおこなっていないため、得られた光電変換効率は最大で2.5%に過ぎませんが、研究グループは、今後、この手法による太陽電池構成の最適化やこの手法の精密化・汎用化を展開させていくことで、光電変換効率を10%超まで向上させることを目指しています。 この手法は将来、安価で高効率の有機薄膜太陽電池を提供するための基盤技術の一つとなると期待され、また、有機トランジスタなど、他の高性能な有機半導体素子の作製への応用も期待されます。

 

用語解説

1) p-i-n接合のi中間層:ドナー性(p型)とアクセプター性(n型)との2種類の有機半導体を混合して作製される混合層。ドナー性材料とアクセプター性材料とが互いに入り組んだ構造で、2種類の材料の界面が膜全体に存在するため、効率良く光電荷を分離できる。1986年にタン教授によって、ドナー性材料とアクセプター性材料とを重ねた二層構造のp-nヘテロ接合型の有機薄膜太陽電池が世界で初めて報告され、1991年に平本教授により、さらにこのドナー性材料とアクセプター性材料との混合層(共蒸着層)を加えた三層構造のp-i-n接合型の有機薄膜太陽電池(次ページ図)が世界で初めて報告された。これらの研究は低分子型有機半導体を用いておこなわれていたが、このi中間層に相当する混合層は、その後の1995年にヒーガー教授(マクダイアミッド教授、白川教授と共同で2000年にノーベル化学賞を受賞)らのグループにより高分子型の有機薄膜太陽電池についても報告された。低分子型・高分子型を問わず、現在は大半の有機薄膜太陽電池で用いられている。混合層のみを指す場合は、バルクへテロジャンクション構造と呼ばれることも多い。

p-i-n接合のi中間層:ドナー性(p型)とアクセプター性(n型)との2種類の有機半導体を混合して作製される混合層。 ドナー性材料とアクセプター性材料とが互いに入り組んだ構造で、2種類の材料の界面が膜全体に存在するため、効率良く光電荷を分離できる。 1986年にタン教授によって、ドナー性材料とアクセプター性材料とを重ねた二層構造のp-nヘテロ接合型の有機薄膜太陽電池が世界で初めて報告され、1991年に平本教授により、さらにこのドナー性材料とアクセプター性材料との混合層(共蒸着層)を加えた三層構造のp-i-n接合型の有機薄膜太陽電池(次ページ図)が世界で初めて報告された。 これらの研究は低分子型有機半導体を用いておこなわれていたが、このi中間層に相当する混合層は、その後の1995年にヒーガー教授(マクダイアミッド教授、白川教授と共同で2000年にノーベル化学賞を受賞)らのグループにより高分子型の有機薄膜太陽電池についても報告された。 低分子型・高分子型を問わず、現在は大半の有機薄膜太陽電池で用いられている。 混合層のみを指す場合は、バルクへテロジャンクション構造と呼ばれることも多い。

 

2) C. W. Tang教授:有機薄膜太陽電池と有機ELの父とも呼ばれ、それぞれの素子において1986年と1987年に世界で初めてドナー性材料とアクセプター性材料とのへテロ接合を用いた二層型の素子を報告した。どちらの報告も、現在の有機薄膜太陽電池と有機ELの元となった歴史的なブレークスルーである。当時は米国コダック社の研究員で、コダック社のフェローを経て、現在は米国ロチェスター大学教授。

 

■論文情報

掲載誌:Advanced Materials
(ドイツの出版社Wiley-VCHが発行する、化学や応用物理学、他の複合領域を含めた広い意味での材料科学分野で高いインパクトファクターを持つ雑誌)

論文タイトル:Co-evaporant induced crystalline donor:acceptor blends in organic solar cells

(共蒸発分子で誘起した結晶性ドナー:アクセプター混合膜を用いた有機太陽電池)

著者:Toshihiko Kaji, Minlu Zhang, Satoru Nakao, Kai Iketaki, Kazuya Yokoyama, Ching W. Tang, Masahiro Hiramoto

掲載予定日:近日中にオンライン版(Early View)に掲載予定

 

■研究グループ

本研究は、自然科学研究機構・分子科学研究所・平本グループの嘉治寿彦助教らと、米国ロチェスター大学・タン教授(Ching W. Tang 教授)らのグループとの共同研究により行われました。

 

■研究サポート

本研究の一部は、JSTのCREST、研究領域「太陽光を利用した独創的クリーンエネルギー生成技術の創出」(研究総括:山口真史 豊田工業大学大学院教授)における、研究課題「有機太陽電池のためのバンドギャップサイエンス」(研究代表者:平本昌宏教授)の一環として行われました。

 

■研究に関するお問い合わせ先

嘉治 寿彦(かじ としひこ) 
自然科学研究機構・分子科学研究所・ナノ分子科学研究部門 助教
TEL/ FAX 0564-59-5537
E-mail:kaji(at)ims.ac.jp(送信時には (at) を半角アットマークにして下さい)