お知らせ
2011/09/27
研究成果
[研究の背景]
生体膜は生命活動に関連した分子機能(例えば生体内物質の輸送、拡散、ろ過など)に対して重要な役割を果たしていることが知られています。生体膜の主構成要素はリン脂質のような親水性側鎖と疎水性側鎖を有する小分子であり、そのリン脂質が自己組織化することで脂質2重膜を構築し、ベシクルあるいはリポソーム(*1)と呼ばれる小胞構造を形成します。生命における酵素反応の中には、脂質2重膜という特殊な環境を利用することで穏やかな条件下(水中、常温、常圧下)で反応を実現しているものもあります。しかしながら、このような特殊な環境を積極的に利用することで触媒的有機分子変換を実現する研究はまだまだ少ないのが現状です。人工的にこのようなシステムを構築することが出来れば、生体内における化学反応と同様な、安全かつ環境調和性が高い化学反応工程の開発が可能になるものと期待されます。
[研究の成果]
私たちは、リン脂質のような2分子膜構造体を構築する両親媒性の分子に遷移金属を導入すれば、触媒機能を持つ高次構造体を構築できるのではないかと考えました。ここで得られる構造体は、水中において、その内側に疎水性の領域を、その外側に親水性の領域を、そして、疎水性領域と親水性領域の間に触媒活性中心を持ちます。もしこのような構造体を水中での触媒的有機分子変換反応へと適用すれば、疎水性の有機基質は、疎水性相互作用によってすぐさま疎水性の内部領域へと濃縮され、濃縮された有機基質のすぐそばに触媒活性点が存在するために、分子変換が速やかに進行するものと考えられます(図1)。
図1.触媒システムの概念図
そこで、我々の研究グループでは、新しい水中機能性触媒の開発を目的として、触媒機能を持つ高次構造体を構築するために、触媒活性中心としてピンサー型パラジウム錯体(*2)、疎水性側鎖としてドデシル基(*3)、親水性側鎖としてエチレングリコール鎖(*3)を持つ遷移金属錯体を設計・合成しました(図2左)。この分子を水中で自己組織化させることで、およそ6nm(n(ナノ)は10億分の1)の厚さの膜に囲まれたベシクルが得られました(図2および図3)。
図2. 両親媒性ピンサー型パラジウム錯体の自己組織化によるベシクルの形成
図3. ベシクルの透過型電子顕微鏡像
得られたベシクルを用いて種々の水中触媒反応を実施しました。その一例として、水中、25度、ビニルエポキシドとフェニルホウ酸との反応を行ったところ、ベシクルを触媒として用いた場合は標的化合物が84%の収率で得られました。一方、自己組織化していない錯体を触媒として用いると、標的化合物の収率は7%と反応はほとんど進行しませんでした(図4)。このことから、高次構造を構築することで本反応を効率的に促進していることがわかります。また、有機溶媒であるトルエンを溶媒として用いると、ベシクルおよびモノマーいずれを用いた場合も、標的化合物は得られませんでした。すなわち、本触媒系は水中でこそ機能を発揮するシステムであるといえます。
図4. ビニルエポキシドの開環反応
このように、今回の研究成果では、人工的な小分子が高次構造体を形成することで獲得する環境を積極的に利用することで水中触媒機能を発現するシステムの構築に成功しました。
[今後の展開及びこの研究の社会的意義]
今回の結果によりその有用性が確認された高次構造体の構築に基づく触媒機能の獲得という新たなコンセプトは、これからの化学反応工程において求められる高い安全性や環境調和性を有する触媒開発における新しい設計指針を提供するものとして期待できます。
[用語解説]
1)リポソーム(ベシクル):図5に示すような親水性の官能基と疎水性の側鎖からなる分子によって形成される二分子膜によって内水相と外部が隔てられた構造。生体膜の基本構造として知られており、最近ではドラックデリバリーシステムへの応用などにも用いられている。
図5. リポソーム(ベシクル)の模式図
2) ピンサー型パラジウム錯体:ピンサー型錯体は図6に示すように芳香環内の炭素と金属が共有結合を有し、芳香環の2-位および6-位に導入された配位結合性の配位基が金属を挟み込む形で配位した錯体の総称。ピンサー型パラジウム錯体は中心金属がパラジウムであるもの。ピンサー型錯体は化学的安定性に優れており、また、高い触媒活性を示すことが知られている。
図6. ピンサー型錯体の構造
3) ドデシル基:図7のような炭素が12個つながって出来た官能基。
図7. ドデシル基の構造
4) エチレングリコール鎖:エチレングリコールがつながって出来た官能基(図8)。
図8. エチレングリコール鎖の構造
[論文情報]
掲載誌:Angew. Chem. Int. Ed., 2011, 50, 4876-4878.
論文タイトル:Molecular-Architecture-Based Administration of Catalysis in Water: Self-Assembly of an Amphiphilic Pincer Complex
(分子構造体に基づいて制御される水中触媒反応:両親媒性ピンサー錯体の自己組織化)
著者: Go Hamasaka, Tsubasa Muto, Yasuhiro Uozumi
■研究グループ
魚住 泰広(うおずみ やすひろ)
自然科学研究機構 分子科学研究所 生命・錯体分子科学研究領域 錯体触媒研究部門 教授
http://www.ims.ac.jp/know/bio/uozumi/uozumi.html
浜坂 剛 (はまさか ごう)
自然科学研究機構 分子科学研究所 生命・錯体分子科学研究領域 錯体触媒研究部門 博士研究員
武藤 翼 (むとう つばさ)
総合研究大学院大学 物理科学研究科 機能分子科学専攻 博士課程5年