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2011/10/04

研究成果

1種類の有機半導体で太陽電池の作製に成功−フラーレンC60の単独薄膜におけるpnホモ接合形成−(平本グループ)

[研究の背景]

有機太陽電池は、有機半導体を用いたデバイスとして、エネルギー問題の解決の一翼を担うべく、産業的な利用が強く望まれているものです。既に広く実用化されている無機系のシリコン太陽電池では、シリコンSi結晶中にリンPがドープされたn型半導体と、シリコンSi結晶中にホウ素Bがドープされたp型半導体をつなげる(接合する)、という、すでに確立された、半導体物理学に基づいた明瞭なエネルギー設計によって、望みの性能のセル(太陽電池)を作製できます。しかし、有機太陽電池については有機半導体物性物理学の基礎科学的な研究の蓄積が全く不十分です。特に、セル性能を設計して望み通りに製造するためには、有機太陽電池の電圧を生み出す起源(内蔵電界)に関する、有機半導体物性物理学(バンドギャップサイエンス)の研究が不可欠です。

分子科学研究所の平本教授は、有機薄膜太陽電池の研究のパイオニアで、現在、有機薄膜型の主流となっているP・I・Nの3層から構成されるPIN接合型(注1)構造を1991年に提唱し、n型有機半導体としてフラーレン(C60)を用い、p型有機半導体としてフタロシアニン(Pc)を用い、2種類の有機半導体を用いることにより内蔵電界を形成する電池の研究を行ってきました。しかし、有機太陽電池についても、無機系太陽電池のように、“バンドギャップサイエンス”を確立させたいとの構想を持ち続けていました。この解決のためには、有機半導体の超高純度化(注2)と、ドーピングによるpn制御(注3)という2つがポイントとなります。

研究グループは、有機半導体では全く未開拓の領域であったドーピングによるpn制御に取り組み、2011年3月、代表的なn型有機半導体であるフラーレン(C60)にモリブデン酸化物(MoO3)を共蒸着によりドープし、p型になることを世界で初めて示しました(分子科学研究所プレスリリース3月1日)。これは、有機太陽電池も無機系太陽電池と同様に、フェルミレベルの自由なコントロールが可能なこと、つまり、エネルギー設計によって性能を予測し、望みの性能のセルを自由自在に作れることを意味しています。

また、3つの異なる物質を同時に蒸着する三元蒸着において、コンピュータを用いてきわめて精密に制御すること、即ち、ゆっくりとした速度で蒸着する手法を確立しました。これにより、蒸着膜の膜厚が正確に制御できるようになり、ドーピング濃度を100万分の1(ppm)レベルで自在に操ることができるようになりました(分子科学研究所プレスリリース9月16日)。

 

[研究の成果]

これまでの研究成果の蓄積に基づき、研究グループは、単一の有機半導体としてフラーレン分子(C60)の単独薄膜の中に、pnホモ接合を形成し、太陽電池として動作させることに今回初めて成功しました。

 フラーレンは、その分子軌道のエネルギーの特性から、電子を受け取る能力の大きいアクセプターであり、そのため、最も優れたn型有機半導体として、有機太陽電池に必ず用いられています。p型化するために、先に報告したモリブデン酸化物(MoO3)をドープし、今回は、さらにn型化するためにカルシウムCaをドープしました(図1、図2)。

図1 フラーレン(C60)とドーパント(MoO3又はCa)の共蒸着

図1 フラーレン(C60)とドーパント(MoO3又はCa)の共蒸着

(p型化に用いるドーパントMoO3とn型化に用いるドーパントCaは、工程を止めることなく連続して切り替えることができ、それらの濃度はコンピュータ制御でppmレベルで制御できます。)

 

 

図2 フラーレン(C60)に酸化物モリブデンMoO3又はカルシウムCaがドープされたサンプルの写真とドープのイメージ。シリコンと本質的に類似したドーピングを行うことができます。

図2 フラーレン(C60)に酸化物モリブデンMoO3又はカルシウムCaがドープされたサンプルの写真とドープのイメージ。シリコンと本質的に類似したドーピングを行うことができます。

※CT吸収:電荷移動(charge transfer)吸収

 

 

このようにして得られた共蒸着膜について、フェルミレベル(注4)というn型またはp型の性質の程度をエネルギーレベルで示したものを調べました(図3)。その結果、MoO3ドープしたp型化したフラーレンではフェルミレベルEFは5.88eV(電子ボルト、注5)となり、Caドープしたフラーレンでは4.49eVとなりました(ドープしていないフラーレンでは4.6 eV) 。

 

図3 モリブデン酸化物(MoO3)がドープされたp型化されたフラーレン(C60)とカルシウムCaがドープされたn型化されたフラーレンのフェルミレベル測定の結果。

図3 モリブデン酸化物(MoO3)がドープされたp型化されたフラーレン(C60)とカルシウムCaがドープされたn型化されたフラーレンのフェルミレベル測定の結果。

フェルミレベルが上にあればn型、下にあればp型を意味します。

 

 

また、ドーピングによってフェルミレベルを制御できれば、MoO3とp型C60(Agとn型C60)の、2つの電極の界面に、セルの抵抗を減らして高い性能を得るのに不可欠な、オーミック接合も作ることが可能となります。

さらに、p型化に用いるドーパントMoO3とn型化に用いるドーパントCaを、蒸着工程の途中で連続して切り替え、図4のような構造の電池を作製しました。

 

図4 作製した電池の構造

図4 作製した電池の構造

※nm,μm(n(ナノ)は10億分の1、μ(マイクロ)は100万分の1)

 

 

この電池のエネルギー構造は、図5のようになります。有機半導体では、図3や図5で示すように、フェルミレベルの差で電圧を示すという概念自体が新しいものです。

 

図5 作製した電池のエネルギー構造

図5 作製した電池のエネルギー構造

※eV(エレクトロンボルト(電子ボルト)は、エネルギーを表す単位。1eV=1.602×10-19J(ジュール))

 

この電池が実際に、pn接合によって電流、電圧を発生しているのかどうかを確認するため、図6(上)に示すように光を照射し、図6(下)のような結果を得ました。

 

図6 作製した電池が光起電力特性をもつことを示す実験とその結果

図6 作製した電池が光起電力特性をもつことを示す実験とその結果

 

 

この結果は、フラーレンC60の単独薄膜において、MoO3をドープしたp型とCaをドープしたn型の“pnホモ接合”の形成に世界で初めて成功したものであり、1種類の有機半導体による有機薄膜太陽電池の作製に成功した初めての成果です。このpnホモ接合電池の特性を図7に示します。光によって生じた電圧は純粋にp型、n型C60のフェルミレベル差から得られています。

 

図7 作製した電池のpnホモ接合のJ-V特性

図7 作製した電池のpnホモ接合のJ-V特性

 

さらに、研究グループは、pnホモ接合の位置を、自在に変えて作製することにも成功しました。光起電力をもたらす活性領域は、pnホモ接合と共に移動することが確認できました。これは、電池を自在に設計するために重要な技術を確立したことを意味しています。

 

図8 様々な位置でのpnホモ接合電池と活性領域の位置

図8 様々な位置でのpnホモ接合電池と活性領域の位置

 

[今後の展開とこの研究の社会的意義]

今回、フラーレンC60の単独薄膜において、MoO3をドープしたp型とCaをドープしたn型の“pnホモ接合”の形成に世界で初めて成功しました。pn接合は最も基本的な接合方式であり、本成果は、有機太陽電池においても、無機系太陽電池のpn接合、pin接合、タンデム接合などが、自由自在にエネルギー設計して製作できることを意味します。また、従前の研究成果(分子科学研究所プレスリリース9月16日)のように、流れる光電流を劇的に増加させることが知られているアルファセキチオフェン(6T)等の共蒸着膜に対して、同じpn制御のアプローチができることをすでに発表しており、今後、シリコン無機太陽電池に匹敵する高効率の有機太陽電池を製造することができると考えております。

 

本研究は、JSTのCREST(研究領域「太陽光を利用した独創的クリーンエネルギー生成技術の創出」、研究総括:山口真史(豊田工業大学大学院工学研究科 主担当教授)) における、研究課題「有機太陽電池のためのバンドギャップサイエンス」(研究代表者:平本昌宏教授)の一環として行われました。

 

[用語解説]

注1) PIN接合:n型(アクセプター性) とp型(ドナー性)の有機半導体分子を共蒸着によって混合して、複雑な形状を持つドナー-アクセプター界面を設けた構造。これにより光捕集効率を上げることができる。1991年に平本教授により提唱された。

注2) 有機半導体の超高純度化: 無機系(シリコンSi)半導体では、集積回路に用いられるものではシリコンSiの純度はイレブンナイン(99.999999999%の純度、9が11個並ぶことからこのように呼ばれる)に達しており、太陽電池でもセブンナインのものが使用されている。有機半導体では、例えばフラーレンC60やフタロシアニン(Pc)の純度はセブンナインを達成しているが、さらにイレブンナインの純度を目指している。

 

注3) ドーピングによるpn制御:無機系(シリコン)半導体では、シリコンSi結晶中にリンPがドープされたn型半導体と、シリコンSi結晶中にホウ素Bがドープされたp型半導体のpn制御ができる。

有機半導体でも、有機半導体分子間に適切なドーパントを導入することにより、n型とp型の制御ができるのではないかという発想が、今回の成果につながった。

 

注4) フェルミレベル:半導体個体中の電子の持つエネルギーのこと。p型とn型半導体では、フェルミレベルに差があり、その差が太陽電池の電圧として現れる。EFと書く。ケルビン容量測定によってフェルミレベル(EF)を直接測定できる。

 

注5) 電子ボルト:エレクトロンボルト(eV)は、素粒子、原子核、原子、分子などのエネルギーを表わす単位。1eV=1.602×10-19J(ジュール)。

 

■論文情報

掲載誌:AIP Advances 1, 032177 (2011); DOI:10.1063/1.3647994 
(アメリカ物理学協会の発行する応用物理学分野のオープンアクセス、オンラインジャーナル)

論文タイトル:pn-Homojunction Formation in Single Fullerene Films 
(フラーレン単独膜におけるpnホモ接合形成)

著者:Masayuki Kubo, Toshihiko Kaji, Masahiro Hiramoto

掲載日:2011年9月28日オンライン版掲載

付加情報:“Virtual Journal of Nanoscale Science & Technology”(2011年10月10日)に選ばれオンライン版に掲載

 

■研究グループ

平本 昌宏(ひらもと まさひろ) 
自然科学研究機構 分子科学研究所 物質分子科学研究領域 教授
http://www.ims.ac.jp/know/material/hiramoto/hiramoto.html

平本GホームページURL: http://groups.ims.ac.jp/organization/hiramoto_g/

 

■その他

平本Gでは、有機太陽電池の開発に興味を持つ学生を積極的に募集しております。これまでの研究のバックグラウンドは問いません。分子研に併設された、総合研究大学院大学(総研大)の来年度2012年度4月入学の募集は、修士(2次募集)、博士ともに、2012年1月30、31日にあります。平本(hiramoto@ims.ac.jp)にコンタクトください。歓迎致します。