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2011/10/12

プレスリリース

新しい二次元トポロジカル絶縁体の発見― 2原子層ビスマスの作成に世界で初めて成功 ―(木村グループ)

東京大学大学院理学系研究科の平原徹助教と長谷川修司教授、分子科学研究所の木村真一准教授は、ドイツユーリッヒ研究所と共同で、二次元トポロジカル絶縁体であると理論的に予言されていたバイレイヤー(2原子層)ビスマスの実験的作成に世界で初めて成功しました。今回の発見により原子1、2層の厚さのナノデバイスや低消費電力スピンデバイス、次世代の量子コンピューター開発の研究が大きく進展するものと期待できます。

 

[これまでの研究でわかっていた点]

近年、金属・半導体・絶縁体・超伝導体といった従来の固体の分類の枠に収まらないトポロジカル絶縁体(注1、図1)という物質が注目を集めています。普通の絶縁体は電圧をかけても電流が生じませんが、トポロジカル絶縁体では物質の中身は絶縁体状態であるにもかかわらず、その表面や端では普通とは異なる特殊な金属状態が実現して、そこだけ電流が流れるといわれています。この端の電子は質量を持たず、スピン(電子の自転、注2)をそろえて動き回るという特殊な性質を持ちます。また通常の物質とは異なり、トポロジカル絶縁体の端の伝導電子は、非磁性の(注3)欠陥や不純物によって邪魔されることなく(エネルギーを損失することなく)動き回ることができる(図2)という非常に魅力的な性質を持っています。そのため、トポロジカル絶縁体を利用して、超低消費電力スピンデバイスや、次世代の量子コンピューター(注4)の開発に大きな期待が寄せられています。これまで、三次元のトポロジカル絶縁体に関しては多くの報告がありますが、それよりエネルギーの損失が少ないと予測されている二次元トポロジカル絶縁体に関しては実験としては一、二例しか知られていませんでした。

図1:トポロジカル絶縁体と通常の絶縁体の比較

図1:トポロジカル絶縁体と通常の絶縁体の比較

 

図2:二次元トポロジカル絶縁体の概念図

図2:二次元トポロジカル絶縁体の概念図

 

[この研究が新しく明らかにしようとした点]

2006年に東京工業大学の村上修一准教授によってビスマス(Bi)という物質を2原子層(バイレイヤー、注5)にすると二次元のトポロジカル絶縁体になるということが理論的に予言されました。しかし物質を1、2原子層に二次元化することは、例えば2010年のノーベル物理学賞対象となった炭素1層のグラフェン(注6)など実際に作成するのは不可能ではないですが、簡単にできることではありません。そのために実際にバイレイヤーBiを作成できたグループはこれまでありませんでした。そこで本研究ではこのバイレイヤーBiの実験的作成に成功し、その電子の状態を実験的に明らかにしました。

 

[そのために新しく開発した方法、機材等]

今回、研究グループは、基板として三次元トポロジカル絶縁体であるビスマステルライド(Bi2Te3)というビスマスによく似た結晶構造を持つ物質を用いることでビスマスがバイレイヤーから単結晶超薄膜として成長できることを、電子回折・走査トンネル顕微鏡において高分解能角度分解光電子分光法(注7、図3)によりこのバイレイヤーBiの電子の状態を測りました。さらにドイツユーリッヒ研究所の協力を得て従来よりも詳細な理論計算を行いました。

図3:角度分解光電子分光法の原理

図3:角度分解光電子分光法の原理

 

[この研究で得られた結果、知見]

その結果、今回作成したBi2Te3上のバイレイヤーBiの電子は、概ね村上准教授等の理論計算通りのエネルギー状態を持つことが明らかになりました。また基板のBi2Te3の端(表面)状態もBi吸着によってほとんど影響を受けず、二次元と三次元のトポロジカル絶縁体が共存しているという非常に特殊な状況が実現していることが分かりました。これもまた、トポロジカル絶縁体の端状態が確かに非磁性不純物による散乱に影響を受けていないことを世界で初めて示した結果です(図4)。

図4:Bi2Te3基板上のバイレイヤーBiの電子のエネルギー状態

図4:Bi2Te3基板上のバイレイヤーBiの電子のエネルギー状態

 

[研究の波及効果]

本研究により、二次元と三次元のトポロジカル絶縁体が共存しているという新奇な状態を持つ物質が見つかりました。これを利用して原子1、2層という究極に薄いナノデバイスや次世代の省エネ技術であるスピントロニクス(注8)デバイス、超高速処理を行う量子コンピューターの実現の可能性がさらに一歩進むと期待されます。

 

[今後の課題]

今後は実際にバイレイヤーBiの端状態をより局所的な電子のエネルギー状態の測定手法である走査トンネル分光測定で直接検出することが重要になります。同時にその伝導特性を東京大学におけるナノスケール電気伝導測定装置を用いて測り、トポロジカル絶縁体の興味深い性質をさらに明らかにしていきたいと思っています。

 

[研究経費]

科学研究費補助金(日本学術振興会)若手研究(A)  23686007、挑戦的萌芽研究 22656011

日揮・実吉奨学会 研究助成金

 

[用語解説]

注1)トポロジカル絶縁体
位相幾何(トポロジー)を物質の電子状態の解析に取り入れることで、これまで知られていた絶縁体とは本質的に異なる新しい絶縁体物質として2005年に提唱されました。最大の特徴として端(表面)に、不純物の散乱に対して非常に強い電子の伝導路が形成されます。この伝導路は電子のスピンが上向きか下向きかで分かれており、これまでの物質にはないスピンの応答や制御ができる事で、新しい量子現象やスピントロニクス素子開発ができる分野として、国内外で精力的な研究が行われています。三次元トポロジカル絶縁体と二次元トポロジカル絶縁体の二種類があり、それぞれ端状態は二次元・一次元となります。とりわけ二次元トポロジカル絶縁体の端状態は一次元の伝導路を持つために非磁性の不純物散乱の影響をほとんど受けないことが知られています。 
注2)スピン
磁石のもとになる、電子が持つ自転に由来した内部自由度のことです。自転軸の方向に対して、上向き(アップ)と下向き(ダウン)の2種類の状態があります。二次元トポロジカル絶縁体の端では、上向きスピンを持った電子は右に、下向きスピンを持った電子が左にといったように、スピンの方向の異なる電子が互いに逆方向に、しかも端に沿って一方向に流れます(図2)。三次元トポロジカル絶縁体においては必ずしも一方向に運動するとは限りません。 
注3)非磁性体・磁性体
磁性体とはいわゆる磁石のことで、隣り合うスピンが同一の方向を向いて整列しており、物質は外部磁場がなくても自発磁化を持つことが出来ます。代表的な物質として鉄、コバルト、ニッケルなどがあげられます。非磁性体は一般にそれ以外の物質を指します。 
注4)量子コンピューター
異なる2つ以上の状態を量子力学的に重ね合わせて一度に信号処理することで、計算能力を飛躍的に高めることを目的として開発されているコンピューターです。理論上、現在の最速スーパーコンピュータで数千年かかっても解けないような計算でも、例えば数十秒といった短い時間でこなすことができると言われています。計算の途中で、量子力学的な重ね合わせ状態が簡単に壊されてしまうのですが、トポロジカル絶縁体の端が持つスピン構造がこのような乱れにも耐えうると言われています。 
注5)バイレイヤー
2原子層のことです。ビスマスは層状物質であり、バイレイヤー単位で成長します。つまり1バイレイヤービスマスが作成できる一番薄い膜ということになります。 
注6)グラフェン
1原子の厚さの結合炭素原子のシートのことです。2010年にアンドレ・ガイムとコンスタンチン・ノボセロフ両博士は「二次元物質グラフェンに関する革新的な実験」でノーベル物理学賞を受賞しました。 
注7)角度分解光電子分光
結晶の表面に高輝度紫外線を照射して、アインシュタインが発見した外部光電効果により結晶外に放出される電子のエネルギーと運動量を同時に測定する実験手法です(図3)。この方法により、固体中の電子のエネルギーと運動量の関係(これをバンド分散といいます)を決定でき、決定されたバンド分散から物質の示す様々な性質(例えば超伝導や光学的性質など)を説明することができます。
注8)スピントロニクス
これまでのエレクトロニクスではほとんどの場合電子の電荷のみが利用されてきましたが、この分野においてはそれだけでなくスピンも利用しこれまでのエレクトロニクスでは実現できなかった機能や性能を持つデバイスが実現されています。代表的な例としては1988年に発見された巨大磁気抵抗効果があり、現在ハードディスクドライブのヘッドに使われています。

 

■発表雑誌

米国物理学会誌 Physical Review Letters 2011年10月14日号 
著者:T. Hirahara, G. Bihlmayer, Y. Sakamoto, M. Yamada, H. Miyazaki, S. Kimura, S. Blügel, S. Hasegawa,

タイトル:“Interfacing 2D and 3D topological insulators: Bi(111) bilayer on Bi2Te3”,

 

■研究に関するお問い合わせ先

東京大学大学院理学系研究科 物理学専攻 
助教 平原徹 Tel/Fax: 03-5841-4209 
e-mail: hirahara (at) surface.phys.s.u-tokyo.ac.jp
教授  長谷川修司 Tel/Fax:03-5841-4167
e-mail: shuji (at) surface.phys.s.u-tokyo.ac.jp 

分子科学研究所 極端紫外光研究施設 光物性測定器開発研究部門 
准教授 木村真一 Tel: 0564-55-7202, Fax: 0564-54-7079
e-mail: kimura (at) ims.ac.jp(送信時には (at) を半角アットマークにして下さい)

https://www.ims.ac.jp/know/light/kimura/kimura.html