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2011/11/16

プレスリリース

二次元有機高分子の多孔性表面構造を自在に構築する手法を開拓――次世代太陽電池等に資するテーラーメードな機能性高分子の開発に道を拓く――(江グループ)

自然科学研究機構分子科学研究所の江東林(ちゃん どんりん)准教授らの研究グループは、多孔性有機構造体表面に官能基を導入することにより、多孔構造の表面を自由自在に制御して構築できる手法の開発に成功しました。 
多孔性有機材料はガス吸着、水素貯蔵、触媒反応、エネルギー変換、蓄電などと深く関連したキーとなる物質です。多孔性材料の機能特性は表面構造に大きく依存しています。そこで、表面構造を制御して、多孔性有機構造体を作り出す方法の開発が切望されていました。 
研究グループは、多孔性有機構造体を形成する二次元高分子が10億分の1メートルレベルの孔(ポア)をもつナノポア構造をとることに着目し、二次元高分子を形成するモノマーとしてアジド官能基*1)を有する分子を用い、二成分或いは三成分からなる縮重合反応により高分子を形成しました。この反応により、アジド官能基を設計した通りの量で多孔性構造体の表面に導入できました。さらに、二次元高分子の積層構造に影響することなく、結晶構造を保ったまま官能基を導入することにも初めて成功しました(図1)。この方法で得られた物質は、窒素に対する二酸化炭素の吸着について優れた選択性を示し、吸着選択性が従来の材料の16倍に向上しました。このように選択的に大量の二酸化炭素を吸着する多孔性材料は、環境負荷を減らすという面で、理想的な材料といえます。また、この手法は、種々の官能基に対して適用でき、様々な形の多孔性構造にも適用できることがわかりました。このことは、多孔性構造の表面を設計・構築することで、窒素に対する二酸化炭素の選択吸着以外でも、ターゲットとする様々な材料の機能向上ができることを示しています。今回の成果は、テーラーメードで多孔性構造を作り出す技術として、機能性高分子の開発に大きく貢献するものと期待されます。将来的には、この技術を用いた新たな次世代太陽電池材料の創出等に応用が可能です。

本成果は、JSTの戦略的創造研究推進事業 個人型研究(さきがけ)の「太陽光と光電変換機能」研究領域における課題の一環として行われ、英国Natureグループが発行するオンライン限定の学際的Nature姉妹誌『Nature Communications』に11月15日(英国時間16時)に掲載される予定です。

 

[研究の背景]

多孔性有機構造体は、表面積が大きく、周囲の様々な分子と相互作用できるため、種々の機能や優れた応用可能性を秘めており、先端材料として大いに注目されています。多孔構造の表面はガスやゲスト分子とミクロンインタフェースを形成し、材料の物理・化学的な性質、例えば、ガス吸着、分子分離、触媒反応、エネルギー貯蔵などの機能をもたらすのに決定的な影響を与えています。このため、構造体の表面をいかに制御してつくるかということが、多孔性材料の開拓において中心的な課題となっています。しかしながら、これまで有機多孔体の表面を制御して構築する方法がなく、合成手法の革新による多孔性有機構造体の創出が切望されています。

分子科学研究所の江グループでは、JST 戦略的創造研究推進事業 個人型研究(さきがけ)「太陽光と光電変換機能」研究領域(総括:早瀬修二・九州工業大学教授)における研究課題「シート状高分子を用いた光エネルギー変換材料の創製」(研究者:江 東林)の一環として、二次元高分子(積層することによって多孔性有機構造体を形成する高分子)の合成と機能開発の研究を行っています。これまでに、二次元高分子にπ電子系を導入することで、新規のπ電子系二次元高分子の合成を世界に先駆けて行ってきました。最近では、このπ電子系分子としてトリフェニレンやピレン、アントラセンなどの共役炭化水素化合物を用いて、ポルフィリンやフタロシアニンなど巨大なπ電子系からなる二次元高分子の構築に成功しました。

 

[研究の成果]

今回、二次元高分子のナノポア構造(10億分の1メートルレベルの孔(ポア)を持つ構造)に着目し、多孔構造の表面を自由自在に制御して構築できる手法の開発に成功しました。

二次元高分子は、規則正しいポア構造を有する共有結合性高分子で、積層することによって一次元チャンネルを有する多孔性有機構造体を形成します。軽い元素を共有結合で連結して分子骨格を作り上げているため、軽くて丈夫という特徴が魅力的です。

今回の研究による新しい手法では、二次元高分子を形成するモノマーとしてアジド官能基*1)を有するエッジユニット*2)を用い、二成分あるいは三成分からなる縮重合反応により高分子を形成しました。この反応により、アジド官能基を設計したとおりの量で多孔構造体の表面に導入することができました。さらに、研究グループは、二次元高分子の積層構造に影響することなく、結晶構造を保ったまま、アジド官能基を多孔表面に導入することにも初めて成功しました(図1)。これは、多孔表面に位置するアジドユニットが高い反応性を示し、アルキン誘導体*3)とのクリック反応*4)を定量的に起こし、三つの窒素原子を含む5員環構造のトリアゾール*5)を介して官能基を多孔表面に植え付けることによって成功したものです。

このようにして得られた物質は、従来の多孔性材料にはない機能を発揮することができます。例えば、窒素分子は多孔性材料の孔の部分を通り抜けますが、二酸化炭素分子はサイズが大きく通り抜けないため、多孔性材料は二酸化炭素を選択的に吸着することができます。今回、その選択吸着性を従来の16倍も向上させることに成功しました。選択的に大量の二酸化炭素を吸着する多孔性材料は、環境負荷を減らすという面で理想的な材料といえます。

図1 アザ縮環構造を導入した新規な共役多孔性高分子のユニット構造

図1 今回の研究成果の一例

上段は、今回の成果を化学構造式で示したもの。 
最左端・最上段:モノマーとして用いたアジド官能基を有するエッジユニット。 
N3-COF-5:アジド官能基を導入した多孔性有機骨格(COF)。 
RTrz-COF-5:アジド官能基とアルキン誘導体とのクリック反応により得られたトリアゾールを介して官能基を導入したもの。 
下段は、多孔性積層構造の表面を構築した例を図示したもの。図中灰色は多孔性有機骨格構造、青色は多孔表面に導入された官能基の窒素原子。中心の空間がポア構造を示す。 
左端:表面に官能基が導入されていない従来の多孔性有機骨格構造。他3例:二次元高分子の表面に官能基を導入し、積層構造を構築したものの複数例。

 

この手法は多孔性構造体のポア形態に依存せず、原理的にすべての多孔性構造体に適応することができます。例えば、六角形に加え、正方形の多孔構造も、同様な手法によって表面を制御してつくることができます。また、官能基の例として、アルキル鎖、エステル基、アセチルユニット、芳香族官能基など種々のユニットを導入することに成功しています。これは、多孔性構造の表面を制御することで、窒素に対する二酸化炭素の選択吸着以外でも、ターゲットとする様々な材料の機能向上ができることを示しています。特に、従来の縮重合反応で合成できない大きな官能基を持った多孔性材料も思いのままに構築できる点が注目できます。

例えば、水素吸着に適した多孔構造を意図的につくることが可能となり、大容量の水素を貯蔵できる高分子の創出に繋がります。また、光機能性ユニットを巨大な多孔構造の表面に導入することで、電子移動や電荷分離が促進され、高効率な太陽電池の創製に資する新規な光機能性多孔材料を構築することができます。

また、表面に官能基を持たない多孔体に比べ、このように設計してつくられた多孔性材料では表面積やポアサイズを系統的かつ精密に制御することができます。例えば、メソポアの3.5ナノメートル(ナノは10億分の1)からウルトラミクロポアの0.7ナノメートルまで、きめ細かくポアサイズを調整することができます。

これら一連の発見によって、今回テーラーメードで二次元高分子の多孔構造をつくるという、機能高分子の開発につながる技術的なブレークスルーを可能としました。

 

[この研究の社会的意義]

多孔性有機材料はガス吸着、水素貯蔵、触媒反応、エネルギー変換、蓄電などと深く関連したキーとなる物質です。特に、多孔表面は機能発現の中心的な役割を担っており、その表面制御は、有機材料の機能向上及び応用への展開において、重要なポイントとなります。

今回の成果は、多孔表面に二次元高分子の積層構造を保ったまま官能基を導入し、表面構造を設計したうえで構築することに成功したもので、ターゲットとする材料の機能向上を可能とする手法を初めて示しました。さらに、この手法は種々の官能基に対応できる上、多様な形状の多孔構造にも適用できる汎用性の高さを持つことを明らかにしました。

本成果は、多孔性構造体のテーラーメードな表面制御のみならず、多孔性有機材料の機能開発を実現する画期的な技術と位置づけられます。例えば多孔性構造体に光機能を有するものを導入すれば、太陽光などの光が照射されたときに高効率に電子移動や電荷分離を起こす材料を構築することができ、新たな次世代太陽電池の創製をもたらす可能性があります。今後、様々な多孔性有機材料の飛躍的な機能向上やそれに伴う技術革新に広く貢献することが期待されます。

 

用語解説

注1)アジド官能基:-N3(アジド基)。官能基とは有機化合物の特性の原因となるような原子団をいいます。

注2) エッジユニット:多孔性骨格を形成する際、編み目の分岐点に位置するユニットを頂点ユニット、頂点ユニットを連結するユニットをエッジユニットといいます。

注3) アルキン誘導体:アルキンはアセチレン系炭化水素。誘導体とは有機化合物の一部分が官能基の導入、酸化、還元、原子の置き換えなど、母体の構造や性質を大幅に変えない程度の改変がなされた化合物のことをいいます。

注4) クリック反応:K. B. Sharplessが提唱し、簡便に2つの化合物をつなぎあわせる反応です。高効率で副生成物が生じない特徴を有します。特に、アルキンとアジドからトリアゾールを形成する反応は、代表的なクリック反応で、有機合成から生物化学まで幅広い分野で利用されています。

注5)トリアゾール:含窒素複素環の1つで5員環に3つの窒素原子を含むものをトリアゾールといいます。

 

■論文情報

掲載誌:Nature Communications(ネイチャー・コミュニケーションズ、英国Natureグループが発行するオンライン限定の学際的分野を扱うNature 姉妹誌)
論文タイトル:Pore surface engineering in covalent organic frameworks
      (共有結合性有機骨格構造における多孔表面エンジニアリング) 
著者:Atsushi Nagai, Zhaoqi Guo, Xiao Feng, Shangbin Jin, Xiong Chen, Xuesong Ding, Donglin Jiang

掲載日:2011年11月15日 DOI:10.1038/ncomms1542

 

■研究グループ

本研究は、自然科学研究機構 分子科学研究所・江グループ(江 東林准教授)の研究により行われました。

 

■研究サポート

本研究は、JST 戦略的創造研究推進事業 個人型研究(さきがけ)「太陽光と光電変換機能」研究領域(研究総括:早瀬修二 九州工業大学 大学院生命体工学研究科 教授)における研究課題「シート状高分子を用いた光エネルギー変換材料の創製」(研究者:江 東林、研究期間:2009年~ 2012 年度)の一環として行われました。

 

■研究に関するお問い合わせ先

江 東林(ちゃん どんりん) 
自然科学研究機構・分子科学研究所・分子機能研究部門 准教授 
TEL:0564-59-5520 
E-mail:jiang@ims.ac.jp(送信時には@を半角にしてください)