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2012/03/23

プレスリリース

磁性と「重い電子」は共存するか? 極低温・高圧力下の電子の状態の直接観測(木村グループ)

自然科学研究機構分子科学研究所の木村真一准教授と総合研究大学院大学物理科学研究科博士課程学生の飯塚拓也氏,韓国・大邱慶北科学技術院(DGIST)のKwon, Yong Seung教授らの研究グループは,インジウム化セリウムCeIn3の重い電子を生み出す電子の状態が磁性を持つ反強磁性相内でも存在し,スピン密度波模型と呼ばれる理論で説明できることを明らかにしました。この結果は,分子科学研究所の極端紫外光研究施設(UVSOR-II)のシンクロトロン光を用いた低温・高圧下テラヘルツ反射分光による研究成果です。インジウム化セリウムは,磁性が消える圧力で異常な超伝導が出現することが知られていますが,この成果は,その超伝導を生み出す起源の電子の状態の理解につながるものと期待されます。

本成果は,日本物理学会誌『Journal of the Physical Society of Japan』の編集委員会が推薦する注目論文”Papers of Editors’ Choice”として,オンライン版で3月22日付に公開されました。

 

[研究の背景]

原子の構成要素のうち,電子の質量(静止質量)は,陽子や中性子の質量に比べて約1/1800です。しかしながら,ネオジム磁石[注1]のような強い磁石の原料として知られる希土類元素(レアアース,注2)を用いて合金を作ると,その中を移動する伝導電子の質量(有効質量)が陽子や中性子の質量程度にまで増える現象が知られており,このような物質は「重い電子」系物質と呼ばれ盛んに研究が進められています。これらの強い磁石の性質である磁性と重い電子の伝導性のどちらも共通に,4f電子[注3]という希土類元素の持つ特殊な電子が重要な役目を果たしています。 
この4f電子が生み出す2面性である重い電子と磁性がどのような条件下で現れるか,また,どのように移り変わるか,これまでに数多くの研究がなされてきました。その結果,伝導電子と4f電子の混成(c-f混成)の大小がこのような希土類化合物の2面性の移り変わりに関わっていることが分かってきました。その混成強度を横軸,温度を縦軸にとると,ドニアック相図と呼ばれる1つの普遍的な相図で表されます(図1)。ドニアック相図では,混成強度を強くしていくと,磁性が絶対零度[注4]で消える点があり,量子臨界点と呼ばれています。この量子臨界点の近傍では,従来の理論では説明できない超伝導など,これまでに解明されていない物理現象が現れるため,現在盛んに研究が行われています。その物理現象が現れる時の電子の状態を知ることは,量子臨界点での物理現象の理解のために重要です。 
これまで,量子臨界点やその近くの磁性が現れる場合の電子の状態については,主に2つの考え方が提唱されてきました。1つは,重い電子を形成したまま磁性を持つという考え(スピン密度波模型),もう1つは磁性が現れるところでは重い電子は消えるという考え(近藤崩壊模型)です(図1)。現在,このどちらが実際に現れるか,活発な議論がなされています。

混成強度を外部から加えた圧力で変化させ,磁性が現れる状態から磁性が現れない重い電子状態まで変化する物質の1つにインジウム化セリウム(CeIn3)があります。この物質は,大気圧では磁性を持った状態ですが,臨界圧力(2万6千気圧)に達すると絶対温度0.2ケルビン以下[注4]で超伝導が出現し,更に高い圧力では重い電子で磁性を持たない状態になることが知られています。

図1.重い電子系希土類化合物の磁性を持った状態[(反)強磁性相]と重い電子状態の関係を示したドニアック相図。(a)は近藤崩壊模型での描像,(b)はスピン密度波模型での描像。挿入図は,伝導電子(c)と4f電子(f)のスピンを模式的に表したものであり,重い電子状態では,重い電子系の起源であるcとfの混成(c-f混成)を形成する。近藤崩壊模型ではc-f混成が磁性の現れる(反)強磁性相で消えるのに対し,スピン密度波模型では,c-f混成が(反)強磁性相でも残っているところに違いがある。今回測定したインジウム化セリウムは,スピン密度波模型に合うと考えられる。

図1.重い電子系希土類化合物の磁性を持った状態[(反)強磁性相]と重い電子状態の関係を示したドニアック相図。(a)は近藤崩壊模型での描像,(b)はスピン密度波模型での描像。挿入図は,伝導電子(c)と4f電子(f)のスピンを模式的に表したものであり,重い電子状態では,重い電子系の起源であるcとfの混成(c-f混成)を形成する。近藤崩壊模型ではc-f混成が磁性の現れる(反)強磁性相で消えるのに対し,スピン密度波模型では,c-f混成が(反)強磁性相でも残っているところに違いがある。今回測定したインジウム化セリウムは,スピン密度波模型に合うと考えられる。

 

[研究の成果]

本研究では,インジウム化セリウムの電子の状態を,外部から圧力を加えて混成強度を変化させながら,詳細に調べました。具体的には,実験は,-267 ℃(6ケルビン)の温度下と高圧力という複合環境下においても電子の状態を決定できる低温・高圧下テラヘルツ反射分光法という手法を開発し,分子科学研究所・極端紫外光研究施設(UVSOR-II)のシンクロトロン光[注5]に組み合わせることで行われました。テラヘルツ帯[注6]は光と電波の狭間の領域であり,これまで強い光源がなかったために,「テラヘルツギャップ」と呼ばれていた領域です。UVSOR-IIからのシンクロトロン光は,そのギャップを埋める強力な光源であり,この光を使うことではじめて低温・高圧下テラヘルツ反射分光が可能になりました。

その結果,重い電子の存在を裏付けるc-f混成は,磁性を持った状態からすでに現れており,c-f混成の大きさは,圧力とともに連続的に増加することを初めて観測しました。このことは,圧力によって重い電子が成長することを直接観測したものです。また,c-f混成が磁性を持った状態ですでに観測されることから,磁性のある状態ですでに重い電子が存在することを見出しました。以上の結果は,インジウム化セリウムの電子構造変化は,近藤崩壊模型ではなくスピン密度波模型で説明できることを示しています。

 

[この研究の社会的意義]

この結果で,インジウム化セリウムの超伝導の元になる電子の状態は,スピン密度波模型で説明できることがわかりました。このことは,インジウム化セリウムの超伝導を生み出す電子構造が明らかになり,この物質の超伝導の理解に1歩近づいたことになります。このような1歩1歩の積み重ねを進めて行くことで,将来は夢の室温超伝導が実現できるかもしれません。

 

用語解説

注1)ネオジム磁石: ネオジム,鉄,ホウ素を主成分とする希土類磁石(レアアース磁石)の一つであり,永久磁石のうちでは最も強力である。そのため,ハードディスクドライブやCDプレーヤー,洗濯機のモーターなどに使われている。

注2) 希土類元素: 周期表3族に属する原子番号21のスカンジウム(Sc),39のイットリウム(Y)及び原子番号57のランタン La から71のルテチウム Lu までの15元素(ランタノイド)からなるグループ。

注3) 4f電子: 原子核に束縛されている電子は,エネルギーの低い順に1s, 2s, 2p, 3s, 3p, 3d,...という軌道に電子が配置され,希土類元素では4f軌道に電子が入る。4f軌道には最大14個の電子が収容される。

注4) 絶対零度・絶対温度: 物質の熱振動が停止する温度が絶対零度(0ケルビン)で,-273.15℃。絶対温度は,絶対零度を基準(0ケルビン)とした温度。

注5) シンクロトロン光: 光の速度近くまで加速された電子が磁場の中で曲げられるときに放射される光。UVSOR-IIと同様のシンクロトロン光施設は,兵庫県のSPring-8をはじめとして国内に数ヶ所ある。

注6) テラヘルツ:周波数が10の12乗(1兆=テラ)ヘルツのこと。1テラヘルツは300マイクロメートル(10000分の3メートル)の波長に相当し,もっと波長の短い光と波長の長い電波の中間に位置している。

 

■論文情報

掲載誌:Journal of the Physical Society of Japan (日本物理学会の発行する物理学の専門誌)
Papers of Editors’ Choice (編集委員会が推薦する注目論文)

論文タイトル:Existence of Heavy Fermions in the Antiferromagnetic Phase of CeIn3
(インジウム化セリウムCeIn3の反強磁性相内での重い電子の存在)

著者:Takuya Iizuka, Takafumi Mizuno, Byeong Hun Min, Yong Seung Kwon, Shin-ichi Kimura

掲載日:2012年3月22日付オンライン版にて公開

 

■研究グループ

本研究は,自然科学研究機構分子科学研究所・木村グループ(木村真一准教授)と韓国・大邱慶北科学技術院(DGIST)・Kwonグループ(Yong Seung Kwon教授)の共同研究により行われました。

 

■研究サポート

科学研究費補助金・基盤研究(B)の研究課題「強相関4f電子系の量子臨界点における電子状態の光学的・光電的研究」(課題番号18340110),科学研究費補助金・基盤研究B(課題番号22340107)「室温強磁性半導体を目指した酸化ユーロピウムの基礎研究」,分子科学研究所国際共同研究,及び分子科学研究所UVSOR施設利用研究の研究課題の一環として行われました。

 

■研究に関するお問い合わせ先

木村真一(きむら しんいち)
自然科学研究機構 分子科学研究所 極端紫外光研究施設・准教授
TEL 0564-55-7202
E-mail:kimura@ims.ac.jp(送信時には@を半角にしてください)
https://www.ims.ac.jp/know/light/kimura/kimura.html