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2012/09/14

プレスリリース

燃料電池の白金触媒の分布・化学状態を初めて4次元可視化―膜・電極接合体の劣化メカニズム解明に道―(唯グループ)

[概要]

自然科学研究機構分子科学研究所の唯美津木准教授、才田隆広博士研究員および公益財団法人高輝度光科学研究センター (JASRI) の星野真人研究員、上杉健太朗研究員、宇留賀朋哉副主席研究員らの研究グループは、世界最先端の大型放射光施設SPring-8 (*1)で、燃料電池膜・電極接合体 (MEA) 内部の白金触媒の分布やその化学状態を4次元的(空間軸:3次元+エネルギー軸:1次元)に可視化することに世界で初めて成功しました。燃料電池は次世代のエネルギー源として、家庭用燃料電池「エネファーム」として普及しつつあるとともに、自動車等への実用化が進められていますが、発電性能の向上、カソード(陽極)における高価な白金触媒の溶出・劣化などの問題解決が求められています。しかしながら、不均質で複雑な燃料電池MEAにおいて、MEA内のどの位置でどのように白金触媒が溶出劣化していくのかを、非破壊分析によって3次元空間的に捉え、明らかにすることはこれまで困難でした。

今回、研究グループは、SPring-8で新たに開発したX線ラミノグラフィー(*2)XAFS(*3)法という新しい方法を用いて、燃料電池MEA内部のカソード触媒層のX線ラミノグラフィーXAFS測定を行いました。その結果、カソード触媒層の白金触媒の分布やその化学状態を3次元空間的に可視化することに初めて成功しました。これにより、燃料電池触媒の劣化メカニズムの解明が進むとともに、より耐久性の優れた燃料電池用の触媒材料の開発が加速することが期待されます。本成果は、NEDO固体高分子形燃料電池実用化推進技術開発/基盤技術開発/MEA材料の構造・反応・物質移動解析の一環として行われ、『Angew. Chem. Int. Ed.』のオンライン版(9月11日付(ドイツ時間))に掲載されました。

[研究の背景]

固体高分子形燃料電池は、次世代のエネルギー源の一つとして、自動車をはじめとする様々な分野に実用化が期待されており、電極触媒から制御システムまで多様な角度からの研究開発が進められています。水素を燃料とした燃料電池では、アノード(陰極)側で白金などの金属微粒子を触媒として用い、燃料である水素をプロトン(H+イオン)に変換し、この時放出される電子(e-)は外部回路を流れます。他方、生成したプロトンは高分子電解質膜を通過してカソード(陽極)表面に到達後、カソード側で合金を含む白金系触媒を介して酸素と反応し水を生成します(図1)。燃料電池では、アノード側の触媒層、電解質膜、カソード側の触媒層を重ねた膜・電極接合体(MEA; Membrane Electrode Assembly) が基本部材として使われます。一般に、カソード側の反応がアノード側の反応に比べて遅く、また酸素と反応するカソード側の触媒劣化が顕著であることから、燃料電池の幅広い実用化には、カソード触媒の性能および耐久性の向上が必須です。特に、触媒として用いられている高価な白金の使用量を低減させ、その耐久性を向上させることは、燃料電池車の実用化および広範な普及のカギとなっています。

これらの問題に取り組むためには、カソード触媒層における白金触媒の劣化挙動を直接捉え、MEA内における白金触媒の溶出・析出および凝集箇所を3次元的に可視化し特定することが有効な手段の1つと考えられます。しかしながら、カソード触媒層、高分子電解質膜、アノード触媒層の三層構造であるMEAにおいて、MEAを破壊する事なく劣化挙動および白金触媒粒子の分布や化学状態を直接測定することは、これまで困難でした。

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図1 水素を燃料とした燃料電池の模式図。アノード触媒層、高分子電解質膜、カソード触媒層が接合されたものを膜・電極接合体 (MEA) と呼ぶ。アノード、カソードの両方の電極の反応に触媒が使われている。

[研究の成果]

当研究グループは、試料の構造を3次元空間的に解析可能なX線ラミノグラフィー法に、特定の元素の化学状態を捉えることのできるXAFS(X線吸収微細構造)法を組み合わせた新しい測定手法である“X線ラミノグラフィーXAFS法”を今回、世界に先駆けて開発しました。世界最先端の大型放射光施設SPring-8を利用して、燃料電池MEAのX線ラミノグラフィーXAFS測定に取り組み、カソード触媒層内の白金触媒の分布および化学状態の3次元空間的な可視化に初めて成功しました。

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図2 X線ラミノグラフィーXAFS測定から得られた燃料電池MEAカソード触媒層の白金触媒の3次元分布の様子。(上) 白金触媒の量を3次元的にプロットした図。(下) 上の図をxy, yz, zx平面方向に投影した図。各面での劣化の様子がわかる。(左) 触媒劣化操作前のMEA、(右) 200回の電圧操作を繰り返し劣化させたMEA。劣化処理したMEAでは、カソード触媒層全域において白金が凝集している箇所が見られる。

JASRIの星野真人研究員、上杉健太朗研究員、宇留賀朋哉副主席研究員らは、各種のX線イメージングが可能なSPring-8のビームラインBL47XUにおいて、測定エネルギーを変化させながらX線ラミノグラフィー法を行うことが可能な新しいシステムを開発し、X線ラミノグラフィーXAFS測定を実現しました。この手法を用いて、分子科学研究所の唯美津木准教授、才田隆広博士研究員らは、カソード極に白金の平均粒子径が約3 nmの炭素担持白金触媒を塗布したMEAについて、触媒劣化操作前のMEAおよび200回の電圧操作を繰り返して劣化させたMEAの2種類を作製し、X線ラミノグラフィーXAFS測定を行いました。得られた一連のX線ラミノグラフィー像から、MEAのカソード触媒層内部における白金触媒の分布と化学状態を3次元的に可視化することに成功しました(図2、図3)。

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図3(上)MEAの深さ方向(膜接合方向)の各位置に対応するX線ラミノグラフィーXANESスペクトルと(下)電解質膜から113.2 μm離れた面での白金触媒の存在量の2次元イメージ。(B)の劣化後のMEAでは、白金触媒の分布にムラがあり、右下図中の(b-1)のように部分的に白金が大きく凝集している箇所が存在する。対応したXANESスペクトルの解析から、MEAの各位置での白金触媒の酸化状態もわかる。

触媒劣化操作前のカソード触媒層では、図2(A)のように比較的均質に白金触媒が分散しているのに対し、電圧操作の繰り返しによるMEA劣化後は、カソード触媒層内部における白金触媒の分布が不均質になり、深さ方向に大きな割れ目が形成されていることが確認されました(図2(B))。また、白金触媒の凝集箇所も観察されました。さらに、X線ラミノグラフィー像の再構成によって得られたXANES スペクトル(図3)を解析することで、カソード触媒層内部の白金の酸化状態についても可視化することができました。

電子顕微鏡像の測定では、白金触媒粒子の分布は各触媒粒子の酸化状態を判断することが出来ません。X線ラミノグラフィーXAFS法は、3次元構造解析と分光を同時に行うことが可能な画期的な方法であり、これまで困難であった燃料電池MEA内部の白金触媒の分布および、その化学状態を、試料を破壊することなく3次元空間的に描写することができます。これにより、MEA内部の電極触媒の劣化挙動について、より詳細な解析が可能になり、燃料電池MEAの劣化抑制のための基盤情報の取得につながると考えられます。

[今後の展開及びこの研究の社会的意義]

燃料電池自動車の普及・実用化や家庭用燃料電池「エネファーム」の性能向上に向けて、新しい燃料電池触媒やシステムの開発が進められていますが、燃料電池が抱える様々な問題のメカニズムや原因については依然として不明な点が多く、革新的な燃料電池触媒やMEAの開発につながる基盤情報の蓄積が求められています。今回、新しく開発したX線ラミノグラフィーXAFS法を使えば、MEAを破壊することなく、内部の電極触媒の分布や化学状態の3次元構造情報を得ることができます。これらの知見は、燃料電池使用時のMEA内部の電極触媒の劣化メカニズムの解明につながることが期待され、より耐久性の優れたMEA開発のための基盤情報になることが期待されます。

用語解説

1) 大型放射光施設SPring-8
兵庫県の播磨科学公園都市にある世界最高の放射光を生み出す理化学研究所の施設で、その運転管理はJASRIが行っている。SPring-8の名前はSuper Photon ring-8GeVに由来。放射光とは、電子を光とほぼ等しい速度まで加速し、電磁石によって進行方向を曲げた時に発生する、指向性の高い強力な電磁波のこと。SPring-8では、この放射光を用いて、ナノテクノロジー、バイオテクノロジーや産業利用まで幅広い研究が行われている。

2) X線ラミノグラフィー
試料の透過画像をもとに、その断層像や3次元形状を計算機によって再構成するX線CTの一種。試料を回転させて透過画像を取得する際に、その回転軸をX線の光軸に対して直交する方向から傾斜させて撮像を行う。これにより、X線CTでは測定が困難とされる撮像視野に対してはるかに大きな断面積をもつ板状の試料(例えば膜状試料やプリント基板など)に対して、関心領域の3次元構造を非破壊で測定することが可能である。

3) XAFS
X線吸収微細構造(X-ray Absorption Fine Structure)の略。放射光からの特定のエネルギー領域のX線を物質に照射するとX線吸収スペクトルが得られる。このスペクトルの吸収端近傍(XANES)を解析すると、測定対象元素の対称性や価数がわかる。また、広域スペクトル(EXAFS)の解析からは、測定対象元素の周辺にどのような原子が何個、どのような距離で存在するか(局所配位構造)が決定できる。触媒粒子のような長距離構造秩序のない物質の構造を決定しうるほとんど唯一の手法であり、硬X線を用いたXAFSでは、触媒反応条件でのその場構造解析が可能である。

論文情報

掲載誌:Angew. Chem. Int. Ed.

論文タイトル:4D Visualization of Structures/Chemical States of Cathode Catalyst Layer in Polymer Electrolyte Fuel Cell by 3D-Laminography-XAFS

 (3DラミノグラフィーXAFS法を用いた燃料電池電極膜内部のカソード触媒層の構造・化学状態の4次元可視化)

著者:Takahiro Saida, Oki Sekizawa, Nozomu Ishiguro, Masato Hoshino, Kentaro, Uesugi, Tomoya Uruga, Shin-ichi Ohkoshi, Toshihiko Yokoyama, and Mizuki Tada

掲載日:2012年9月11日(オンライン版)

研究グループ

本研究は、分子科学研究所の唯グループ・横山グループ(唯美津木准教授、才田隆広博士研究員、石黒志特別共同利用研究員、横山利彦教授)、JASRI(星野真人研究員、上杉健太朗研究員、宇留賀朋哉副主席研究員)、電気通信大学(関澤央輝特任助教)、東京大学との共同研究により行われました。

研究サポート

本研究は、NEDO固体高分子形燃料電池実用化推進技術開発/基盤技術開発/MEA材料の構造・反応・物質移動解析「時空間深さ分解XAFS測定技術の高度化と燃料電池触媒のin-situ構造反応解析」の一環として行われました。

研究グループ

唯 美津木(ただ みづき)
自然科学研究機構 分子科学研究所 物質分子科学研究領域・准教授

TEL:0564-55-7351 E-mail:mtada(at)ims.ac.jp