分子科学研究所

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2013/06/06

プレスリリース

曲がった形の内側と外側が生み出す違い--おわんの形をした分子で発見、解明--(櫻井グループ)

[概要]

自然科学研究機構分子科学研究所の東林修平助教、櫻井英博准教授らの研究グループは、おわん型の分子バッキーボウル*1)に“手”(置換基)をつけた分子を作り出し、“手”の方向が従来と異なっておわんの内側を向くことを発見、さらに内側に向く理由をスーパーコンピュータを用いた計算シミュレーションによって解明しました。
おわん型の分子バッキーボウル、球型のフラーレン、チューブ型のカーボンナノチューブなどは曲がった形を持っており、曲がった形の内側と外側の違いが現れ る現象に科学的興味が持たれています。一方、”手”を付けたおわん分子では、従来”手”がおわん外側に向いた分子しか知られておらず、内側に向く理由がな いことから”手”が内側に向いた分子は存在しないと考えられていました。
本研究グループは、遷移金属触媒を用いた方法などによって様々な種類の”手”をおわんに付けて、その”手”がおわん内側、外側のどちらを向いているかを調 べた結果、”手”の種類によって内側に向くものがあることを発見しました。さらに、内側を向く理由をスーパーコンピュータを用いた計算シミュレーションに よって解析した結果、湾曲したおわんの内側と外側の性質の違いが”手”に伝わって、向きが決まることを明らかにしました。
今回の成果はおわん分子だけでなく、フラーレンやカーボンナノチューブなど湾曲した形に共通する内側と外側の違いから生み出される普遍的な性質を明らかに したものです。さらにおわんと”手”の向きを光などで変化させることができれば、分子サイズの機械に応用されることが期待されます。
本研究成果は、ドイツ科学誌「Angewandte Chemie International Edition(応用化学誌国際版)のオンライン速報版で近日中に公開されます。

[研究の背景]

おわんの形をした分子バッキーボウルや、球型のフラーレン、チューブ型のカーボンナノチューブは、平面型のグラ フェンなどと異なって湾曲した形を持っています(図1)。両側が同じ平面と異なって、曲面では内側と外側では違いが生じ、この違いが明確な現象として現れ ることがあります。しかし、このような違いが現れる理由の一つである立体電子効果*2)と呼ばれる効果によって生じる現象はこれらの分子ではこれまで見つかっていませんでした。一方、おわん分子は、おわんに”手”(置換基)を付けた場合に”手”がおわんの内側か外側を向いた2つの形が存在します(図2)。このようなおわん分子では立体障害*3)と呼ばれる効果によっておわん外側に”手”が向いた形が知られていましたが、”手”が内側に向いた形は観測されたことが無く、内側に向ける方法もわかりませんでした(図3)。

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図1 湾曲した形をしたおわん分子バッキーボウル、フラーレン、カーボンナノチューブと平面型のグラフェン。湾曲した形では内側と外側が生じて、違いが生まれる。平たい形では両面同じ。

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図2 おわん分子に付けられた置換基と呼ばれる“手”がおわん分子の内側を向いた形と外側を向いた形。外側を向いた形は従来知られていた形で、内側を向いた形は今回発見した形。

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図3 従来知られていた立体障害という効果はおわんと“手”の間に反発する斥力が働くために、“手”が内側を向い た形が不利となり、外側を向いた形となっていた。今回発見した立体電子効果という効果はおわんと“手”の間に引き合う引力が働くために“手”が内側を向い た形が有利となる。

[研究の成果]

研究グループは台湾のWuグループとの共同研究で遷移金属触媒を用いた新しい化学的変 換法を開発し、本方法などによって様々な種類の”手”をおわんに付けることに成功しました。おわん分子に付いたその”手”がおわんの内側、外側のどちらを 向いているかを調べた結果、従来知られていた外側に”手”が向いたものだけでなく、”手”の種類によって内側に向くものがあることを発見しました。内側に 向く理由は従来知られている立体障害では説明できないことから、インドのSastryグループとの共同研究でスーパーコンピュータを用いた計算シミュレー ションによって詳細に解析した結果、湾曲したおわんの内側と外側の違いから生じる立体電子効果が”手”に伝わって内側に向くことを明らかにしました(図 3)。本成果はおわん分子のみならず、球型のフラーレンやチューブ型のカーボンナノチューブなどに共通する湾曲した形の内側と外側の違いから生じる普遍的 な現象を明らかにした点で重要で、実験と理論計算の併用によって初めて明らかになったものです。

今後の展開とこの研究の社会的意義

おわん分子は柔らかい構造をしており、平面型を経由しておわんの内側と外側が反転する独特の性質を持っています。このおわん反転という性質によ り、”手”を付けたおわん分子では”手”が内側に向いた形と外側に向いた形の間で変換することができます(図4)。今回の研究によって”手”の向きを外側 だけでなく内側に向けることも可能であることが明らかになったことで、この動きを人為的に制御できる可能性が拓けました。光などに反応する”手”をおわん 分子に付けて、この動きを光などで制御できれば、分子サイズの機械(分子機械*4))としての応用が可能になります。

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図4 おわんが平面型を経由して反転すると“手”の向きがおわんの内側向きと外側向きの間で変化する。光などに反応する“手”を付けておわんの反転を制御できれば分子機械となる。

用語解説

注1)バッキーボウル

おわんの形をした炭化水素化合物。球型のフラーレンの部分構造に相当することから、フラーレンの別称であるバッキーボール(buckyball)にちなんでbuckybowlと名付けられた。

注2)立体電子効果

分子がある特定の立体的な形や配置をした時にのみ、分子の持つ分子軌道間で働く相互作用。この効果が働くと安定化されるために、その形を取りやすくなる。分子の形や反応性に大きな影響をもたらす。ブドウ糖(グルコース)の分子の形を決める効果としてよく知られる。

注3)立体障害

分子と分子、または分子内で2つの部位がぶつかることで生じる反発する相互作用。反発する斥力として働くために、この効果が生じる形は分子が取りづらくなる。

注4)分子機械

分子レベルでの動きを制御することで方向性のある何らかの動き(回転、移動、構造変化など)をして働くナノスケール、ミクロスケールの機械。生体分 子では回転するタンパク質など種々知られる。次世代のナノテクノロジーの一つとして注目され、人工的に分子機械を作り出す研究が進められており、光などの 外部刺激によって動作する分子などが作られている。

論文情報

掲載誌 : Angewandte Chemie International Edition

論文タイトル : Stereoelectronic Effect of Curved Aromatic Structure Favouring the Unexpected Endo Conformation of Benzylic Substituted Sumanene(ベンジル位置換スマネンの予期しないエンド立体配座を支配する曲面共役構造の立体電子効果)

著者 : Shuhei Higashibayashi, Satoru Onogi, Hemant Kumar Srivastava, G. Narahari Sastry, Yao-Ting Wu, and Hidehiro Sakurai

掲載日:6月10日オンライン版に掲載 DOI: 10.1002/anie.201303134

研究グループ

本研究は自然科学研究機構分子科学研究所・櫻井グループ(櫻井英博准教授、東林修平助教)と、インド国立化学技術研究所のG. N. Sastryグループ、台湾国立成功大学のY.-T. Wuグループとの共同研究により行われました。

研究サポート

本研究はJSTの先導的物質変換領域(ACT-C)、および文部科学省科学研究費補助金新学術領域研究「高次π空間の創発と機能開発」の一環として行われ、計算シミュレーションは自然科学研究機構計算科学研究センターのスーパーコンピュータを用いて行ったものです。

研究に関するお問い合わせ先

東林修平(ひがしばやししゅうへい)
自然科学研究機構分子科学研究所 助教
TEL 0564-59-5599、FAX 0564-59-5527 E-mail:higashi@ims.ac.jp