お知らせ
2013/11/21
プレスリリース
自然科学研究機構・岡崎統合バイオサイエンスセンターの加藤晃一教授と名古屋市立大学大学院薬学研究科の矢木宏和講師らの研究グループは、ノックアウトマウスを用いた研究によって、先天性筋ジストロフィーの原因遺伝子の機能を明らかにしました。本研究成果は11月21日午前10時(英国時間)に、英国ネーチャーグループから発行されるオンライン科学雑誌「サイエンティフィック・リポーツ」に掲載されます。
アルファ・ジストログリカノパチー(注1)は、ウォーカー・ワールブルグ症候群 (WWS) (注2)などの先天性筋ジストロフィー(注3)を含む筋ジストロフィーの総称です。このアルファ・ジストログリカノパチー疾患患者には、細胞膜上に存在するタンパク質であるアルファ・ジストログリカン(αDG)上の糖鎖の発現異常が認められています。このようにアルファ・ジストログリカノパチーの発症は、糖鎖の発現異常と直接関係しています。αDG上の糖鎖は、ラミニンなどの細胞外に存在するタンパク質との相互作用を通じて細胞の基底膜と細胞膜をつなぎとめています。特に、神経系においては、神経細胞の移動に関与しており、脳形成において重要な役割を担っています。このようなαDG上に発現しているラミニン結合性を有する糖鎖は、非常に重要な機能を担っているにも関わらず、未だその全体構造は明らかとなっていません。
昨年、WWS患者の全ゲノム配列解析により、AGO61と呼ばれるタンパク質をコードする遺伝子がWWSの原因遺伝子の1つであることが報告されました。しかしながら、遺伝子にコードされたタンパク質AGO61が、実際に生体内でαDG上の糖鎖の合成に関与しているかどうかは未だ不明でした。そこで、私たちは、AGO61の遺伝子が欠損したマウスを作成し、生体内におけるAGO61の機能を調べました。
本研究において、私たちはAGO61の欠損マウスを樹立しました(写真1)。このAGO61欠損マウスは正常な姿で生まれてくるにも関わらず、生後一日以内に死んでしまいました。この遺伝子欠損マウスの胎児の脳を調べたところ、αDG上のラミニン結合性を示す糖鎖が全く発現しておらず、脳の層形成の不全が起きていることを見出しました。特に、大脳皮質において神経細胞の移動に関与する放射状グリア線維の形態異常が認められ、基底膜を形成するラミニンの発現異常が生じていることを明らかにしました(写真2)。AGO61欠損マウスに現れる異常は、他のアルファ・ジストログリカノパチーモデルマウスにも認められています。
次に、AGO61がどのようにαDG上の糖鎖の形成に関与するかを調べました。その結果、AGO61はαDG上の特定の位置に結合したマンノース残基へN-アセチルグルコサミンを連結させるはたらきを担っていることを明らかにしました。しかもその連結箇所は、これまでラミニン結合性糖鎖が発現していると報告されている場所と一致していました。つまり、AGO61が、αDG上でラミニン結合性を示す糖鎖が形成されるスタートとなる糖鎖構造を作る、重要な酵素であることがわかりました。これらの実験によって、本遺伝子の欠損に伴い糖鎖の形成不全が起こり、筋ジストロフィーが発症することが明らかになりました。
近年の遺伝子解析技術の進展により、最近では多くの糖転移酵素や糖転移酵素様タンパク質をコードする遺伝子が、ジストログリカノパチーの原因遺伝子として同定されてきています。しかしながら、未だ多くの遺伝子に関しては、どのようにαDG上の糖鎖の形成にかかわっているかが明らかになっていません。さらには、αDG上のラミニン結合性糖鎖の構造も不明なままです。本研究では、AGO61欠損マウスはαDG上のラミニン結合性糖鎖が全く発現しなくなることを見出し、AGO61は本糖鎖を形成のための重要な糖残基を転移する酵素であることを明らかにしました。こうした成果は、αDG上のラミニン結合性糖鎖の構造解明のための重要な知見になります。また、本研究で樹立したAGO61遺伝子欠損マウスは、先天性筋ジストロフィーのモデルマウスとして、本疾患の治療法の開発に利用できるものと期待されます。
今後は、本研究の成果を基に、このAGO61が転移する糖残基の後に修飾される糖鎖構造を明らかにすることを目指します。本糖鎖の構造およびその形成過程に関与する関連遺伝子が明らかになれば、難治性疾患であるジストログリカノパチーの新たな治療法の開発に寄与できるものと考えています。
(注1)アルファ・ジストログリカノパチー
アルファ・ジストログリカン上の糖鎖異常の結果、アルファ・ジストログリカンの機能が低下することにより、筋細胞変性、壊死が起きる筋ジストロフィーの総称。ジストログリカノパチーとして、先天性筋ジストロフィーである筋-目-脳病、ウォーカー・ワールブルグ症候群、福山型筋ジストロフィーなどが含まれる。
(注2)ウォーカー・ワールブルグ症候群
特に重篤な脳の形態異常、典型的なII型滑脳症、眼奇形を伴う先天性筋ジストロフィーの一種。ほとんどの患者が乳幼児期に亡くなってしまう。
(注3)先天性筋ジストロフィー
出生時期から筋弱力がみとめられる遺伝性疾患の総称。先天性筋ジストロフィー全体の罹患率は125,000人あたり1人の割合であり、発症率はおよそ21,500人中1人の割合であると見積もられている。
掲載誌:Scientific Reports 電子版
論文タイトル:AGO61-dependent GlcNAc modification primes the formation of functional glycans on α-dystroglycan
(AGO61依存的なGlcNAc修飾はα-ジストログリカン上の糖鎖形成の初期過程に必須である)
著者:Hirokazu Yagi, Naoki Nakagawa, Takuya Saito, Hiroshi Kiyonari, Takaya Abe, Tatsushi Toda, Sz-Wei Wu, Kay-Hooi Khoo, Shogo Oka, Koichi Kato
掲載日:2013年11月21日午前10時(英国時間) doi:10.1038/srep03288
本研究は、自然科学研究機構岡崎統合バイオサイエンスセンター/分子科学研究所、名古屋市立大学大学院薬学研究科、京都大学大学院医学研究科、神戸大学医学研究科、理化学研究所、台湾中央研究院との共同研究により行われました。
本研究は、科学研究費補助金(新学術領域研究)「統合的神経機能の制御を標的とした糖鎖の作動原理解明」および「生命分子システムにおける動的秩序形成と高次機能発現」、等の サポートを受けて実施されました。
加藤 晃一(かとう こういち)
自然科学研究機構岡崎統合バイオサイエンスセンター
分子科学研究所・生命環境研究領域・生命分子研究部門 教授
TEL: 0564-55-5225 FAX:0564-59-5224
E-mail:kkatonmr(@)ims.ac.jp