分子科学研究所

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2014/06/18

プレスリリース

光で励起した分子について、電子のやりとりのし易さを直接測定することに成功―人工光合成などの光触媒設計につながる新たな計測法の開発―(正岡グループ)

自然科学研究機構分子科学研究所の正岡重行准教授と総合研究大学院大学物理科学研究科5年一貫博士課程学生の深津亜里紗氏らの研究グループは、人工光合成などの反応の引き金となる光励起状態の分子について、電子のやりとりのし易さを直接測定することに成功しました。

次世代のエネルギー生産技術として、人工光合成などの光物質変換反応系1)が近年注目されています。これらの反応系では、物質が光を吸収することによって生じる高いエネルギー状態(光励起状態)が、物質を変換する反応を引き起こします。その際、光励起状態における電子のやりとりのし易さ(酸化還元電位2))が反応の進行を決定づけます。従って、光励起状態の酸化還元電位を知ることは光物質変換反応系のしくみを理解し、より優れた反応系を構築するために極めて重要です。しかしながら、従来、光励起状態の酸化還元電位を直接求めることは困難とされてきました。正岡准教授らの研究グループは、従来行われてきた電気化学測定法3)にわずかな工夫を加えることで、光励起分子の酸化還元電位を簡便に直接観測することに成功しました。

本成果は、英国Natureグループが出版するオープンアクセス速報誌『Scientific Reports』に2014年6月17日(英国時間)に掲載されました。

研究の背景

人工光合成をはじめとした光物質変換反応では、光エネルギーを吸収して生じる光励起状態からの電子移動が反応の引き金となります(図1)。このような反応系では、光励起状態にある物質と電子の受け渡し相手となる物質の酸化還元電位の関係が反応の進行に大きく影響します。従って、それらの酸化還元電位を知ることは極めて重要です。ところが、光励起状態における酸化還元電位は、従来、分光学的手法と電気化学的手法を組み合わせた間接的・近似的な方法で求められており、電気化学的手法のみで直接評価することは困難であるとされてきました。

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図1:光物質変換反応の模式図

研究の成果

研究グループはまず、測定溶液に光を照射しながら電気化学測定を行うとどのようなことが起こるのかを検証するために、光照射の影響をほとんど受けない物質の測定を行いました。通常の電気化学測定法を利用した場合、物質の光吸収ではなく、光照射に伴い生じる溶液の対流によってノイズが発生し、酸化還元電位の決定が困難になることが明らかになりました。そこで、そのようなノイズが生じない測定条件を検討した結果、簡便な条件(電極の高速回転、速い電位走査、あるいは溶液層の薄層化)を適用するのみでノイズを抑制することに成功しました。

続いて、光照射により変化が起こる分子の測定を行いました。具体的には、安定な光励起状態をとることが知られているルテニウムトリスビピリジン錯体(Ru(bpy)32+)(図1中の分子:ルテニウムイオンを、ビピリジンと呼ばれる分子3つが取り囲んだ構造を持つ)を測定対象としました。その結果、上述のノイズが生じない条件のうち、溶液層の薄層化を用いることで光励起分子を効率よく捉えることが可能となり、Ru(bpy)32+の光励起状態に由来する電流の観測、また、その電位の測定に成功しました(図2)。

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図2:光照射下における電気化学測定を用いた光励起種の検出

 

今後の展開

本研究は、光励起状態の酸化還元電位を簡便な方法で直接観測した初めての例です。今後さらなる検証を経て、本研究で提案する光電気化学測定法が確立されれば、光触媒探索の幅が飛躍的に広がり、人工光合成をはじめとしたエネルギー変換反応の分野はもちろん、より広い範囲で光反応化学に大きな影響を与えることが期待されます。

用語解説

1) 光物質変換反応:光エネルギーを用いて化学物質を変換する反応。植物が行う天然の光合成や人工光合成はその反応の一種。
2) 酸化還元電位:物質が酸化・還元されるときに電子のやり取りが行われる電位。
3) 電気化学測定:物質の性質を電気的に測定する手法。測定溶液に浸した電極に電圧(電位)をかけることによって、物質間の電子のやり取りを観測することができる。
 

論文情報  

掲載誌: Scientific Reports(英国Natureグループが出版するオープンアクセス速報誌)
論文タイトル: Electrochemical response of metal complexes in homogeneous solution under photoirradiation(溶存金属錯体の光照射下における電気化学応答)
著者: Arisa Fukatsu, Mio Kondo, Masaya Okamura, Masaki Yoshida & Shigeyuki Masaoka
掲載日: 2014年6月17日 DOI: 10.1038/srep05327

研究グループ

本研究は、自然科学研究機構分子科学研究所・正岡グループ(総合研究大学院大学学生・深津亜里紗氏、岡村将也氏、近藤美欧助教、正岡重行准教授ら)により行われました。

研究サポート

本研究は文部科学省科学研究費補助金若手研究(A)課題番号25708011(研究代表者:正岡重行准教授)、新学術領域研究「人工光合成による太陽光エネルギーの物質変換:実用化に向けての異分野融合」(領域代表:井上 晴夫(首都大学東京大学院都市環境科学研究科 教授))における研究課題「水の酸化の超高効率化を目指した超分子錯体触媒の創製」課題番号 25107526(研究代表者:正岡重行准教授)、JST ACT-C(研究領域「低エネルギー、低環境負荷で持続可能なものづくりのための先導的な物質変換技術の創出」(研究総括:國武 豊喜(北九州産業学術推進機構 理事長)における研究課題「超分子クラスター触媒による水を電子源としたCO2還元反応系の構築」(研究代表者:近藤美欧助教)の一環として行われました。

研究に関するお問い合わせ先

正岡 重行(まさおか しげゆき)
自然科学研究機構 分子科学研究所 生命・錯体分子科学研究領域・准教授TEL:0564-59-5587
E-mail:masaoka@ims.ac.jp http://groups.ims.ac.jp/organization/masaoka_g/