お知らせ
2015/12/10
プレスリリース
自然科学研究機構分子科学研究所の上村洋平助教、脇坂祐輝特別訪問研究員、横山利彦教授、北海道大学触媒科学研究所の高草木達准教授、朝倉清高教授、大谷文章教授、城戸大貴氏(大学院学生)、高エネルギー加速器研究機構(KEK)物質構造科学研究所の足立伸一教授、野澤俊介准教授、丹羽尉博技師、高輝度光科学研究センターの片山哲夫博士研究員、理化学研究所の矢橋牧名グループディレクター、フランス・レンヌ大学の畑田圭介マーキュリーフェローシップらの研究グループは、可視光に応答する酸化タングステン光触媒の光励起状態の構造を、超高速時間分解X線吸収分光法により追跡し、光励起状態でタングステン周囲の局所構造が変化していく様子を観測することに成功しました。光触媒を用いて水から水素を製造する技術は再生可能エネルギー開発における究極的な目標のひとつであり、反応過程の解明を通じた光触媒機能の革新的向上が期待されています。 本研究成果は、2015年12月10日に国際科学誌「Angewandte Chemie International Edition」電子版に掲載される予定です。 |
太陽光を利用して水から水素や酸素を取り出す光触媒は、持続的かつクリーンな社会の実現に必須となる技術(材料)です。これまでは紫外光に応答する酸化チタンを主軸とした光触媒の研究・開発が進められてきました。しかしながら太陽光に含まれる紫外光は全体の僅か数パーセントであるため、可視光を吸収して反応を進行させる触媒材料の開発が必要となっています。このような背景から可視光応答型光触媒材料として、青色光より短い波長の光を吸収する酸化タングステン(VI)が注目されるようになりました。
一般的な光触媒反応では、光触媒が光を吸収すると電子が励起され、伝導し得る電子(光キャリア)と正電荷をもつ空孔のペア(対)が生成します。続いて、この電子-空孔対が互いに離れて物質中を移動し、最終的に表面に到達して吸着物質との反応、すなわち、光触媒反応が進行します。酸化タングステン(VI)の光励起状態の研究はこれまで盛んに行われており、非常に長寿命の光キャリアが存在していて、光触媒として欠かせない重要な特性を有していることが確認されています。しかし、光キャリアが生成している励起状態の構造については研究例がなく、そのため長寿命の光キャリアの性質もよくわかっていない状況でした。
光キャリアは一種の(低濃度の)局所構造ですから、周期的な構造すなわち結晶の構造解析に用いられるX線回折のような手法を利用することは困難であり、局所構造解析の手法であるX線吸収分光法がしばしば利用されてきました。X線吸収分光法は、通常、シンクロトロンと呼ばれる電子蓄積リング型加速器から放射されるシンクロトロン放射光と呼ばれるX線源を用いて測定が行われますが、普通のシンクロトロン放射光の時間分解能は100ピコ秒(1ピコ秒は1兆分の1秒)程度であるため、より高速な時間分解測定には、X線自由電子レーザーを用いることが必要で、光触媒の光キャリア生成に続く動的過程の追跡のためには必ずしも十分な時間分解能とは言えませんでした。
本研究では、測定条件の予備検討をKEKのフォトンファクトリーで行い、より高速の時間分解能を有する理化学研究所播磨事業所のX線自由電子レーザーSACLAを用いて、0.5ピコ秒の時間分解能で酸化タングステン(VI)光触媒のX線吸収分光測定に成功しました。これにより、これまで明らかにされていなかった光励起状態における酸化タングステン(VI)のタングステン周囲の局所構造を解明することができました。
実験はポンププローブ法と呼ばれる手法で行いました。酸化タングステン(VI)を水に懸濁させた溶液試料に、まずパルスレーザー光(ポンプ光、波長0.4ミクロン、パルス幅0.07ピコ秒)を照射し、酸化タングステン(VI)を励起します。そして、極めてわずかな時間間隔をおいてX線自由電子レーザー(プローブ光)を照射し、励起された試料が吸収したX線強度を測定します。X線自由電子レーザーの波長を掃引することによってX線吸収スペクトルを得ることができます。パルス光とプローブ光の時間間隔を変えることで、酸化タングステン(VI)の励起状態の時間変化をスペクトル経時変化として捉えることができます。
酸化タングステン(VI)のタングステン内殻電子によるX線吸収スペクトルの経時変化を図1に示します。スペクトルは光照射しない試料との差分を示しています。レーザー光照射の直後から、X線の光子エネルギーに相当する位置(図1の “C” )の吸収強度にくぼみが生じ、“A” の位置では吸収強度が増大しています。時間が経過すると徐々に差分スペクトルは弱くなり、元の基底状態に戻ることが確認されています。図2には、図1での “C” 位置での吸収強度の時間変化を示しています。ポンプ光照射直後に急激に減少し、最小となる140ピコ秒付近まで緩やかに減少した後、増加に転じてゆっくりと強度が回復しました。
これらの実験データと理論計算の結果をもとに、酸化タングステン(VI)の光励起過程を以下のように結論しました。レーザー光を吸収する電子は、もともと酸素原子に局在している価電子ですが、これが光を吸収してキャリア電子となり、タングステンイオンに捕捉されます。これは非常に速く(0.5ピコ秒以下)、酸化数が6だったタングステンイオンは酸化数5に還元されます。しかし、この初期状態ではタングステン周囲の幾何構造は変化しておらず、タングステンの周りは基底状態と同様に6個の酸素原子が正八面体的に配位したままです。ところが、キャリア電子がしばらく滞在すると、タングステン周囲の幾何構造に変化が生じ、この変化に約140ピコ秒かかります。この状態になった後、キャリア電子は別のタングステンに移動しながら、ゆっくりとエネルギーを失って元の基底状態に戻ります。キャリア電子の寿命は1800ピコ秒と見積もられました。この様子を模式的に図3に示しました。
太陽電池に使われるシリコンなどの典型元素から成る無機半導体では、キャリア電子の空間的広がりが原子の大きさに比べてはるかに大きく、キャリア電子が1つの原子に留まってその原子の局所構造を歪めるようなことは起こりにくい現象です。しかし、本研究での酸化タングステン(VI)では、キャリア電子が遷移金属であるタングステン1原子に留まり、タングステン6価から5価に還元され、かつ、局所構造まで変化することが観測されました。典型元素無機半導体との大きな違いは大変興味深い結果と言えます。
図1 光励起後の酸化タングステン(VI)のW LIII吸収端スペクトルの経時変化(0.5~583.5ピコ秒)。-6.5ピコ秒は光照射前。吸収スペクトル測定は蛍光X線収量法による。X線自由電子レーザーのパルス幅自体は0.01ピコ秒であるが、繰返し測定におけるタイミングのずれにより、全体の時間分解能は0.5ピコ秒 。
図2 光励起後の酸化タングステン(VI)のW LIII吸収強度経時変化。
図1のエネルギーCでの値を表示。
図3 酸化タングステン(VI)の光励起過程概要図。
今後の研究課題として、酸化タングステン(VI)で生成した光キャリア電子が表面に担持させた助触媒の白金微粒子触媒活性点に到達し、そこで白金微粒子がどのように光触媒として機能しているか、さらには、酸窒化タンタルなど、もう1種類の光触媒を加え高活性化した協奏的2段階励起システムにおける光励起・光触媒過程の追跡などが想定されます。これらの光触媒に関する先端的基礎的知見をもとに、より高性能な光触媒材料の開発、さらには、光触媒による水素製造の大規模な実用化が期待されます。
また、 本計測における時間分解能は、 光学レーザーパルスとX線自由電子レーザーパルスの到達時間のばらつきにより、 約0.5ピコ秒程度に制限されていましたが、 最近、 SACLAにおいて到達時間をパルス毎に計測するシステムが導入され、 0.1ピコ秒を切るような高い分解能が実現されるようになりました。 今後、 さらに高速の反応過程の解明が期待されます。
掲載誌:Angewandte Chemie International Edition
論文タイトル:Dynamics of photoelectrons and structural changes of tungsten trioxide observed by femtosecond transient XAFS
著者:Yohei Uemura, Daiki Kido, Yuki Wakisaka, Hiromitsu Uehara, Tadashi Ohba, Yasuhiro Niwa, Shunsuke Nozawa, Tokushi Sato, Kohei Ichiyanagi, Ryo Fukaya, Shin-ichi Adachi, Tetsuo Katayama, Tadashi Togashi, Sigeki Owada, Kanade Ogawa, Makina Yabashi, Keisuke Hatada, Satoru Takakusagi, Toshihiko Yokoyama, Bunsho Ohtani, Kiyotaka Asakura
掲載日:2015年12月10日(オンライン掲載予定)
DOI : 10.1002/anie.201509252
自然科学研究機構分子科学研究所
上村洋平助教、脇坂祐輝特別訪問研究員(名大特任助教)、横山利彦教授
北海道大学触媒科学研究所
上原広充特任助教、大場惟史研究員、高草木達准教授、
朝倉清高教授、大谷文章教授、城戸大貴氏(大学院学生)
高エネルギー加速器研究機構物質構造科学研究所
丹羽尉博技師、野澤俊介准教授、佐藤篤志研究員、一柳光平特任准教授、
深谷亮特任助教、足立伸一教授
高輝度光科学研究センターXFEL利用研究推進室
片山哲夫研究員
理化学研究所放射光科学総合研究センター
矢橋牧名グループディレクター
フランス・レンヌ大学レンヌ物理学研究所
畑田圭介研究員
本研究は、日本学術振興会科学研究費補助金挑戦的萌芽研究(代表:朝倉清高)、基盤研究(A)(代表:横山利彦)、NEDO固体高分子形燃料電池実用化推進技術開発事業の支援を受けて行われました。
横山利彦
自然科学研究機構 分子科学研究所
TEL: 0564-55-7429, 7345
E-mail: y-uemura@ims.ac.jp
yokoyama@ims.ac.jp
朝倉清高
北海道大学 触媒科学研究所
TEL: 011-706-9113
E-mail: askr@cat.hokudai.ac.jp
矢橋牧名
理化学研究所放射光科学総合研究センター
TEL: 0791-58-2849
E-mail: yabashi@spring8.or.jp
足立伸一
高エネルギー加速器研究機構物質構造科学研究所
TEL: 029-879-6022
E-mail: shinichi.adachi@kek.jp
自然科学研究機構・分子科学研究所・広報室
TEL/FAX 0564-55-7262
E-mail: kouhou_at_ims.ac.jp
北海道大学 総務企画部広報課
TEL: 011-706-2610
E-mail: kouhou@jimu.hokudai.ac.jp
理化学研究所 広報室 報道担当
TEL:048-467-9272 FAX:048-462-4715
E-mail:ex-press@riken.jp
高エネルギー加速器研究機構 広報室
TEL: 029-879-6046
E-mail: press@kek.jp