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プレスリリース

有機結晶中の伝導電荷が振動の十二単をまとう :分子・結晶設計に振動効果の重要性を示す(解良教授ら)

自然科学研究機構分子科学研究所、国立大学法人千葉大学を中心とする研究グループは、高輝度シンクロトロン放射光施設UVSOR[1]を利用した、世界最高水準のエネルギーおよび波数分解能を有する角度分解紫外光電子分光実験[2]により、有機半導体の電荷(電子・ホール[3])が結晶に広がる集団的な格子振動[4]と局所的な分子振動[5]から受ける多重の量子効果(電子格子相互作用[6])をはじめて観測することに成功しました。つまり有機結晶中の伝導電荷の特徴として、プラスの電荷(ホール)が多彩な振動を重ね着する様子(十二単)が初めて露わとなりました。この結果は、ホールがこれまでの予想より重くなる事を示しており、有機デバイス(有機エレクトロニクス)開発の新しい進展が期待されます。本研究成果は8月2日、英国の科学雑誌「Nature Communications」にオンライン掲載されました。


 

研究の背景

柔かな有機分子材料の特徴を利用したフレキシブルディスプレイや、薄くて軽い太陽電池など、これまでの材料では実現できなかった次世代モノづくりが始まっています。こうした有機エレクトロニクスの実現は、低コスト・省エネルギーな製造プロセスの特徴により、私たちの社会をより豊かにしていくことが期待されています。技術の元になる有機分子材料は有機半導体と呼ばれ、70年ほど前に分子科学研究所の創設者である赤松、井口らにより発見されて以来、長年に渡り研究が続けられてきました。しかし有機分子が電気を流すメカニズムはまだ解明されていません。有機半導体は有機分子の集合体であり、固体においてはその物性は結晶構造などの集合状態に極めて敏感に影響されます。つまり分子の構造に加えその集合状態に依存して電荷の波動性が前面に現れたり、粒子性が強調されたりします。特に分子は水素、炭素などの軽元素で構成されますが、一つ一つの分子は非常に大きく重いという特徴があります。分子中の電荷は、分子内の振動(軽い元素の振動によるエネルギーの非常に大きなフォノン)の影響を受けやすく、伝導する電荷はこの分子振動の影響に加え、さらに分子全体(大きな質量)が寄与するエネルギーの非常に小さな結晶振動の影響を重複して受けます。これらの振動が電荷に与える影響はシリコンなどの無機半導体におけるものとは顕著に異なる特徴と言え、理論的にも有機半導体におけるその影響が議論されていました。

光電子分光法による電子状態評価は「分子の中の伝導電荷の姿」を量子論的に明らかにする上で極めて有効ですが、分子材料に対する実験的な難しさ(試料作製、光損傷や帯電回避などの測定技術困難)などから、電気伝導特性の中身とリンクさせることが容易ではありませんでした。最近になってようやく重要な複数の基幹技術が成熟し、高度に結晶化した分子材料の高分解能角度分解紫外光電子分光法による研究が積み重ねられ、分子材料の伝導電荷の特徴が見え始めています。

本研究では有機半導体としての利用が期待されるルブレン分子の単結晶において電荷が波としての性質を露わにもつ状態で、上記のような各種の振動が及ぼす影響を区別して実験で捉えることに成功しました。
 

研究の成果

  • ルブレン結晶の伝導電荷(ホール)質量をより正確に推定することに成功(理論予測より50%以上大きい)
  • 伝導電荷が局所振動と集団振動により異なる影響を受ける様子を観測することに成功
  • エネルギー(周波数)の大きな局所振動(分子振動)は温度に依存せず影響し、伝導電荷の波の性質を弱くし結晶中で動きにくくする
  • エネルギー(周波数)の小さな集団振動(格子振動)は室温において顕著に影響し、伝導電荷を重くし結晶中で動きにくくするが、その効果は低温で失活する
  • 有機ELテレビ・照明、有機太陽電池などに必要な有機半導体材料の開発に新しい指針を提供

<参考>
有機分子はその結晶において、ある条件をクリアすると電荷は波としてふるまい、高移動度を実現します。分子内の電荷が波としての性質を示している実験的証拠は複数報告されています。また、ある特定のエネルギーと運動量で、振動の衣をまとうことで粒子的な描像に転移し、その輸送特性に影響を与えることは理論的に予測されていました。今回測定したルブレン分子は、数多の分子群の中でも最も電荷(ホール)の速度が速い(移動度が大きい)材料として知られます。本質的に有機半導体は無機半導体に比べて移動度が小さいですが、今回その理由の一つとして、新たに階層的な振動の結合による電子状態変化が実験的に検証されました。エネルギー(周波数)の小さな格子振動が電荷と結合することで、伝導電荷の有効質量が増大し(電荷が重くなり動きにくくなる)、加えてエネルギー(周波数)の大きな分子振動が結合することで、伝導電荷の寿命が短くなり波の性質が弱くなり電荷が動きにくくなることが確認されました。さらにルブレン結晶のホール輸送においては、伝導ホールの運動量がゼロに近い状態であるため、エネルギー(周波数)の大きな分子振動の影響は小さく、エネルギーの小さな格子振動によるホールの有効質量の増大が物性を支配する重大な因子であることが示されました。
170809_1.png図1. ルブレン結晶中の電荷の動き(波の性質)は、分子全体が寄与する、結晶に広がった集団振動(格子振動)と分子内に閉じた、各構成原子の振動(分子振動)の影響を強く受ける


170809_2.png図2. ルブレン結晶の電子状態を精密に測定することで観測された光電子強度分布(電子の束縛エネルギーと放出角度(運動量)の関係)、価電子バンド(最高占有準位HOMO)の多彩な微細構造(H, A, B, w, k, c)の検出に成功した。


170809_3.png図3. 分子結晶における電荷(ホール)の局在性に依存して、電荷と振動の結合状態が光電子スペクトルに及ぼす影響の違いの模式図(エネルギー分散関係の変調)。a)電荷が粒子性を強く示す場合の光電子スペクトルの例 、b)今回観測された電荷が波動性を強く示す場合の光電子スペクトル結果。
 

今後の展開

分子材料の電荷が「粒子性」・「波動性」の二面性を持ち合わせていることは良く知られています。粒子性を示す要因のひとつとして、結晶における構造の乱れによる電荷の局在化と振動による搖動などの影響が挙げられますが、その影響を区別して実験で検証した例はありませんでした。定性的に振動の種類として分子自身が局所に振動しているいわゆる分子振動と集団で振動する非局在化した格子振動がありますが、空間スケールと応答時間スケールが両者で大きくことなるにも関わらず、電子格子相互作用としての影響は明確に区別されてきませんでした。このような影響はこれまで理論的な取り扱いが難しく、電気伝導度特性の温度依存性の要因として明確に述べられてきませんでしたが、階層スケールの異なる複数種の振動が電荷輸送に顕著に寄与していることが示唆されました。今後、振動結合の影響を体系化するための理論的な取り組みが待たれます。また高性能分子デバイス材料を設計するためには、個々の分子構造の設計(フロンティア軌道、振動分布、再配向エネルギー)だけでなく、集合化したときの結晶構造(バンド分散、フォノン分散)が重要な因子になることがわかり、新たな設計ガイドラインを提供するものです。
 

用語解説

[1] UVSOR(極端紫外光研究施設):
分子科学研究所のシンクロトロン放射光施設。低エネルギー帯の施設としては世界最高レベルの性能を有する。角度分解光電子分光実験はビームラインBL7Uにて実施された。https://www.uvsor.ims.ac.jp/

[2] 角度分解紫外光電子分光:
物質にエネルギーの高い光(紫外線)を照射し、光電効果により外に放出される電子のエネルギーと運動量を同時に測定する実験方法。この手法により、固体中のホール(電子)のエネルギーと運動量の関係(バンド分散)を測定することができる。

[3] ホール(正孔):
ある準位から電子が1つ抜けたとき、その抜けた状態は電子の電荷と等量で符号が正の電荷をもつ1つの粒子と見なせる。半導体(p型半導体)の電気の流れを考えるときに、正電荷の粒子の流れで説明できることから用いられている。

*注)光電子分光法を用いた観測では、明確に現象を区別せずに電荷を示す用語(電子・ホール)が用いられているケースが多くあるため注意を要する。光電子分光法は、光で物質からたたき出された光電子を観測する。光電子は「電子」であるが、実は電子の抜けた後のホールの情報を持っている。一般に光電子放出の終状態は「1ホール束縛状態と連続状態にある光電子」で記述され、本研究では伝導ホールと振動の結合状態に関する知見を得たといえる。

[4] 格子振動(集団振動・フォノン):
分子が周期的に配列した結晶においては、分子同士が互いに緩く結合し格子を形成している。このとき結晶格子における各分子位置を点に見立てると、その位置は常に変位(振動)している。空間的に非局在化した振動ともいう。

[5] 分子振動:
分子は複数の原子(主としてH, C, O, Nなどの軽元素)の結合で形成されている。この原子の位置は、絶対零度以上の温度では熱の影響で常に変位(結合長や結合角の周期的変化)している。空間的に局在化した振動ともいう。

[6] 電子格子相互作用:
固体中の電荷(理論では電荷を表現する代表として電子が一般に記述されるが、現象論としてはホールについても同様)は、原子核からのクーロン力を感じて運動している。原子(分子)が運動するとき、電荷はその振動の影響(力)を受けエネルギーや運動量を変化させる。この電荷と原子(分子)振動の結合(相互作用)は、物質の様々な性質(光・電気・磁気特性など)に影響を及ぼすことが知られている。分子の場合には、その振動の空間的応答と時間的応答の幅が広いため理論的な取り扱いが難しく、その影響について明確に整理されていない。
 

論文情報

タイトル:Hole-phonon coupling effect on the band dispersion of organic molecular semiconductors
邦訳:有機分子半導体におけるホール・フォノン結合のバンド分散への影響

DOI:10.1038/s41467-017-00241-z
オンラインアクセス:http://rdcu.be/uFyT

著者:
Bussolotti Fabio  自然科学研究機構 分子科学研究所 博士研究員
         (現 シンガポール材料研究所)
Yang Jinpeng  千葉大学 大学院融合科学研究科 (博士課程卒業生 現 揚州大学)
山口 拓真    総合研究大学院大学 (博士課程)
米澤 恵一朗   千葉大学 大学院融合科学研究科 (博士課程卒業生 現 九州工業大学)
佐藤 一至    千葉大学 大学院融合科学研究科 (修士課程卒業生)
松波 雅治    自然科学研究機構 分子科学研究所 助教 (現 豊田工業大学)
田中 清尚    自然科学研究機構 分子科学研究所 准教授
中山 泰生    千葉大学 大学院融合科学研究科 助教(現 東京理科大学)
石井 久夫    千葉大学 先進科学センター・大学院融合科学研究科 教授
上野 信雄    千葉大学 特別教授、日本学術振興会・ロンドン研究連絡センター長
解良 聡     自然科学研究機構 分子科学研究所 教授、千葉大学 客員教授
 

研究サポート

本研究は以下の研究費の支援を受けました。

科学研究費補助金 基盤研究(A)  26248062
科学研究費補助金 基盤研究(A)  24245034
科学研究費補助金 基盤研究(B)  23360005
科学研究費補助金 若手研究(A) 15H05498
文部科学省グローバルCOE/有機エレクトロニクス高度化スクールG03(国立大学法人千葉大学)
 

研究に関するお問い合わせ先

解良 聡  
自然科学研究機構 分子科学研究所 教授
E-mail:kera_at_ims.ac.jp(_at_ は@に置き換えて下さい)
TEL::0564-55-7413
 

報道担当

自然科学研究機構・分子科学研究所・広報室
TEL/FAX:0564-55-7262
E-mail:kouhou_at_ims.ac.jp(_at_ は@に置き換えて下さい)