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2017/08/21

プレスリリース

2次元sp2炭素高分子材料の開拓に成功(中村グループら)

北陸先端科学技術大学院大学(学長・浅野哲夫、石川県能美市)の先端科学技術研究科/環境・エネルギー領域の江 東林教授らの研究グループと分子科学研究所の物質分子科学研究領域の中村敏和准教授らの研究グループは、sp2炭素からなる2次元共役有機骨格構造体の開拓に成功した。

炭素材料は様々な機能を発現するプラットホームとして注目されている。その中でも、2次元炭素材料はその特異な化学・電子構造を有するため、近年各国で熾烈な研究開発が行われている。特に、グラフェンは、sp炭素原子が2次元的に繋がって原子層を形成し、特異な電気伝導特性を示すことで、様々な分野で幅広く応用されている。しかしながら、化学的な手法でsp炭素原子(あるいはsp炭素ユニット)を規則正しく繋げてsp2炭素シートをつくりあげることが極めて困難で、2次元炭素材料はグラフェンに限られているのが現状である。

これに対して、本研究では、sp2炭素ユニットから2次元炭素材料を設計する原理を明らかにし、さらに、sp2炭素ユニットを規則正しく連結して2次元炭素材料を合成する手法を開拓した。この手法は従来不可能な2次元炭素材料の化学合成を可能にし、分子構造を思ったままに設計して2次元炭素をテーラーメイドで合成することを可能とする。今回合成された2次元炭素材料は、規則正しい分子配列構造を有し、拡張された2次元sp2炭素骨格構造を有し、π共役が2次元的に広がっている特徴を示す。高い結晶性と安定性を有するとともに、2ナノメートルサイズの1次元チャンネルが規則正しく内蔵されている。この2次元炭素材料は、ヨウ素でドーピングすると、電気伝導度は12桁も高くなり、室温で優れた半導体特性示した。興味深いことに、この2次元炭素材料は、極めて高い濃度の有機ラジカル種を共存させることができ、さらに、低温において、これらのラジカルスピンが同じ方向に配列するように転移し、強磁性体になることを突き止めた。今後は、様々な2次元炭素材料の設計と合成が可能となるに加え、その特異なπ電子構造に由来する新奇な機能の開発がより一層促進される。

本研究は、Scienceに2017年8月18日に公開された。
 

研究の成果

今回研究開発された2次元炭素高分子材料は2次元高分子1)である。2次元高分子は、規則正しい分子骨格構造を有し、無数の細孔が並んでいるため、二酸化炭素吸着、触媒、エネルギー変換、半導体、エネルギー貯蔵など様々な分野で活躍し、新しい機能性材料として大いに注目されている。江教授らは、世界に先駆けて基礎から応用まで幅広い研究を展開し、この分野を先導してきた。

これまでの2次元合成高分子は、分子骨格に他の元素(例えば、ホウ素、酸素、窒素などの原子)が入っていて、sp2炭素からなる2次元炭素高分子は合成できなかった。これまでの合成手法では、sp2炭素ユニットからなる高分子を合成できるものの、アモルファス系の無秩序構造を与え、規則正しい2次元原子層及び積層構造をつくることはできなかった。今回、江教授らは、可逆的なC=C結合反応を開発し、C=C結合でsp2炭素ユニットを規則正しく繋げて、結晶性の高い2次元sp2炭素高分子の合成に成功した(図1A)。この原理は様々なトポロジーを有する2次元sp2炭素高分子を設計することができる点が特徴的である。今回合成されたsp2c-COFは、2次元sp2炭素原子層を有し(図1B)、積層することによって頂点に位置するピレンπ—カラムアレイと規則正しく並んだ1次元ナノチャンネルが生成される(図1C)。2次元sp2炭素原子層の中では、xとy方向に沿ってπ電子共役が伸びており、拡張された2次元電子系を形成する(図1D)。また、積層構造では、ピレン(丸い点)ユニットが縦方向でスタックして特異なπカラムアレイ構造と1次元ナノチャンネル構造を形成している(図1E)。X線構造解析から、2次元sp2炭素高分子は、規則正しい配列構造を有することが明らかになった。


170818_1.png図1.A)sp2炭素ユニットからなる2次元炭素高分子の合成。B) 2次元炭素原子層の構造。C)積層された2次元炭素構造。D)2次元炭素の網目モデル構造、xとy方向にπ共役が広がっている。E) 積層された2次元炭素の網目モデル構造。


この2次元sp2炭素高分子は空気中、様々な有機溶媒、水、酸、および塩基下においても安定である。また、熱的にも極めて安定であり、窒素下で400 °Cまで加熱しても分解しない。この2次元sp2炭素高分子は酸化還元活性であり、有機半導体の特性を示す。エネルギーギャップは1.9 eVであり、ヨウ素でドーピングすると、電気伝導度が12桁も向上する。

電子スピン共鳴スペクトルを用いて、ヨウ素でのドーピング過程を追跡したところ、有機ラジカル種がドーピング時間とともに増えてくることが分かった。これらのラジカル種はピレンに位置し、互いに会合してバイポラロンを形成することができない。したがって、2次元炭素高分子系内では、極めて高いラジカル密度を保つことができる。超電導量子干渉計を用いた測定から、ピレンあたりのラジカル種は0.7個であることが分かった。これに対して、類似構造を有する1次元高分子および3次元アモルファス高分子系では、ラジカル密度が極めて低かった。すなわち、2次元 sp2炭素高分子はバルクの磁石であることが示唆された。

磁化率と磁場強度との関係を検討したところ、温度を下げていくと、これらのラジカル種が同じ方向に向くようになり、2次元炭素高分子は強磁性体注2)に転移することを見いだした。すなわち、隣り合うラジカル種のスピンが同じ方向に揃うことによって、スピン間のコヒーレンスが生まれる。これらの特異なスピン挙動は1次元や3次元アモルファス炭素材料には見られない。本研究成果は、このような高度なスピンアレイを用いた超高密度データー貯蔵システムや超高密度エネルギー貯蔵システムの開拓に新しい道を開くものである。
 

今後の展開

今回の研究成果は、化学合成から2次元炭素高分子材料の新しい設計原理を確立した。また、合成アプローチも確保されており、様々な2次元炭素高分子材料の誕生に繋がるものと期待される。今後、これらの特異な2次元炭素構造をベースに、様々な革新的な材料の開発がより一層促進される。
 

用語解説

注1)2次元高分子:
共有結合で有機ユニットを連結し、2次元に規定して成長した多孔性高分子シートの結晶化により積層される共有結合性有機構造体。

注2)強磁性体:
隣り合うスピンが同一の方向を向いて整列し、全体として大きな磁気モーメントを持つ物質を指す。そのため、外部磁場が無くても自発磁化を示す。
 

論文情報

掲載誌:Science

論文タイトル:
Two-dimensional sp2 carbon-conjugated covalent organic frameworks
(2次元sp2炭素共役共有結合性有機骨格構造体)

著者:金 恩泉(北陸先端科学技術大学院大学研究員)、浅田瑞枝(分子科学研究所特任助教)、徐 慶(北陸先端科学技術大学院大学特別研究学生)、Sasanka Dalapati(北陸先端科学技術大学院大学研究員、日本学術振興会外国人特別研究員)、Matthew A. Addicoat (イギリス ノッティンガム・トレント大学助教)、 Michael A. Brady(アメリカ ローレンス・バークレー国立研究所 研究員)、徐 宏(北陸先端科学技術大学院大学研究員)、中村敏和(分子科学研究所准教授)、Thomas Heine (ドイツ ライプツィヒ大学教授)、陳 秋紅(北陸先端科学技術大学院大学研究員)、江 東林(北陸先端科学技術大学院大学教授)

掲載日:8月18日にオンライン掲載。 
DOI: 10.1126/science.aan0202.
 

研究助成

この研究は科学研究費助成金 基盤研究(A)(17H01218)、ENEOS水素信託基金、および小笠原科学技術振興財団によって助成された。
 

研究に関するお問い合わせ先

氏名 江 東林(ちゃん どんりん)
 所属 北陸先端科学技術大学院大学 先端科学技術研究科 環境・エネルギー領域 教授
 TEL:0761-51-1540
 E-mail:djiang_at_jaist.ac.jp(_at_ は@に置き換えて下さい)

氏名 中村 敏和(なかむら としかず)
 所属 分子科学研究所 物質分子科学研究領域 准教授
 TEL:0564-55-7381
 E-mail:t-nk_at_ims.ac.jp(_at_ は@に置き換えて下さい)
 

報道担当

北陸先端科学技術大学院大学
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