分子科学研究所

サイト内検索

お知らせ

お知らせ詳細

2018/09/14

プレスリリース

ハチミツを加熱加工すると、免疫賦活作用が出現する
〜加熱加工ハチミツの摂取で細菌感染が予防できる可能性〜(矢木助教ら)

名古屋市立大学大学院薬学研究科の牧野 利明 教授、太田 美里 研究員、石内 勘一郎 講師は、名古屋市立大学医学研究科の南 正明 講師、北京大学、自然科学研究機構(矢木 真穂助教)、富山大学との共同研究の成果として、ハチミツを至適な温度で、一定時間、加熱処理すると、免疫力を高める作用を持つサイトカインである顆粒球コロニー刺激因子(G-CSF)の消化管における産生を誘導する作用を持つ物質に変化し、新たな機能性をもつようになることを発見しました。本研究は、国際民族薬物学会が発行する「Journal of Ethonopharmacology(ジャーナル・オブ・エスノファーマコロジー)」に電子速報版として9月13日に公開されました。
 

本研究成果のポイント

  • ハチミツを至適な温度、時間で加熱加工すると、免疫力を高める作用を持つG-CSFの産生誘導作用をもつ物質が生じる。
  • 加熱加工していないハチミツにこの作用はない。
  • 化膿レンサ球菌をマウスに接種したときの感染死に対して、あらかじめ加熱加工処理したハチミツを経口投与することにより、有意な延命が認められた。
  • 加熱加工処理ハチミツに含まれるG-CSFの産生誘導作用をもつ物質は、平均分子量730 kDaの高分子化合物であった。
  • その高分子化合物の加水分解産物には、グルコースなどの他、これまでに報告のない新規化合物が含まれていた。
  • 以上のことから、加熱加工ハチミツを用いて感染症予防を目的とした機能性食品の開発などが期待できる。

背景

ハチミツは身近な食品であるだけでなく、日本薬局方に収載されている生薬でもあり、中国伝統医学では、生薬の消化管に対する機能を高めるための添加物として利用されています。例えば、マメ科ウラルカンゾウの根を原料とする生薬である甘草は、消化管に対する機能を高めるために、あらかじめハチミツに浸してから中華なべで炒めるという加工が行われています。いっぽう、日本の伝統医学である漢方医学にはこの習慣はなく、ハチミツなしで生薬を炒めるだけです。先行研究で、伝統医学における「消化管の機能を高める」という作用を、消化管免疫を賦活させる作用と翻訳し、中国式、日本式、それぞれで加熱加工した甘草の消化管上皮細胞からのG-CSF産生誘導作用を比較したところ、中国式の加工法の優位性を認めました。このことから、ハチミツを利用して加熱加工する意義に着目しました。
 

内容

研究グループは、中国伝統医学で良品とされるナツメ由来のハチミツを加熱加工すると、加熱加工していないハチミツでは認められなかった培養消化管上皮細胞からのG-CSF産生誘導作用が、新たに生じることを発見しました。ハチミツを加工する際のさまざまな条件について比較したところ、180℃、1時間の条件で最も高い作用が生じ、それ以上長い時間で加熱すると活性が低くなることを見いだしました(図1)。また、加熱加工ハチミツの作用は、トール様受容体(TLR)2/4阻害剤であるsparstolonin Bにより部分的に失われたことから、ハチミツはTLR2、TLR4のどちらか、あるいは両方を刺激することが推測されました。

次に研究グループは、この加熱加工ハチミツが実験動物レベルでも免疫賦活作用を示すかどうかを検証しました。マウスに加熱加工ハチミツを1日1回経口投与しながら飼育し、2日目の投与直後に、化膿レンサ球菌をマウスの皮下に接種しました。加熱加工ハチミツの代わりに生理食塩水を飲ませたマウスでは、メスでは菌接種の翌日、オスでは2日目までに全匹死亡しましたが、加熱加工ハチミツを飲ませたマウスでは、メス、オスともに統計学的に有意な延命が認められました。

この加熱加工ハチミツに含まれるG-CSF産生誘導作用を持つ活性成分を分離したところ、平均分子量730 kDaの高分子化合物でした。この化合物の特徴を調べるために、トリフルオロ酢酸で加水分解したところ、グルコース、ガラクトース、ラムノースの他、ハチミツを加熱殺菌する時に生じる5-ヒドロキシメチルフルフラール(5-HMF)と、これまでに報告のない新規化合物であるα-ribofuranose β-ribofuranose 1,5’:1’,5-dianhydrideが含まれていることが分かりました(図2)
 

図1 さまざまな条件で加熱加工したハチミツのG-CSF産生誘導作用

上の写真が、各種ハチミツを加熱加工した時の状態。突沸を防ぐためにガラス玉にハチミツを絡めて加熱した。その後、ガラス玉ごと沸騰水中で煮沸し、ろ液を凍結乾燥することで、熱水抽出エキスを得た。下の図はそのサンプルを培地中に溶かし、マウス消化管上皮細胞様MCE301細胞を培養、24時間後の培地中のG-CSF濃度をELISAで測定した。縦軸の値が高いほどG-CSF濃度が濃いことを示す。Controlはサンプルを含まない培地、「–」は加熱処理をしていないハチミツを添加、PWMはpokeweek mitogenの略で、免疫系細胞を刺激する活性を持ち、本実験の陽性コントロールとして使用した。データは平均 ± 標準誤差(n = 3)で示し、a、b、cの記号は、異なる記号どうしのグループ間で統計学的に有意差がある(p < 0.05)ことを示す。

20180914_1.png20180914_2.png



図2 本研究全体のまとめ

20180914_3.png


 

用語解説

1) 顆粒球コロニー刺激因子(G-CSF):
ヒトの体内で産生されるサイトカインの一種で、顆粒球への分化と増殖の促進、好中球の機能を高める作用を持つ。遺伝子組換えヒトG-CSF製剤は、がん化学療法による好中球減少症や再生不良性貧血に伴う好中球減少症に用いられています。本研究では、消化管上皮細胞からのG-CSF産生誘導作用を、伝統医学で言われている「消化管の機能を高める」という作用に相当するものとして採用しています。

2) トール様受容体(TLR):
免疫系を担う細胞の表面にある受容体タンパク質で、さまざまな病原体を認識して自然免疫を作動させる作用があります。1型から11型まで知られており、2型がグラム陽性菌の細胞壁に存在するリポテイコ酸など、4型がグラム陰性菌の細胞壁に存在するリポ多糖などを認識します。

3) 化膿レンサ球菌:
学名はStreptococcus pyogenes。溶連菌とも呼ばれ、急性咽頭炎や丹毒等の溶連菌感染症と呼ばれる各種化膿性疾患や、場合によっては劇症型レンサ球菌感染症(俗に言う人食いバクテリア感染症)と呼ばれる進行の早い致死性疾患の原因となることがあります。
 

原著論文

本研究は、国際民族薬物学会が発行する「Journal of Ethonopharmacology(ジャーナル・オブ・エスノファーマコロジー)」に電子速報版として2018年9月13日に公開されました。

論文タイトル:
The Immunostimulatory Effects and Chemical Characteristics of Heated Honey
(加熱したハチミツの免疫賦活作用とその化学的特性)
https://doi.org/10.1016/j.jep.2018.09.019

著者:Misato Ota1,2, Kan’ichiro Ishiuchi1, Xin Xu1, Masaaki Minami3, Yasutaka Nagachi1, Maho Yagi-Utsumi4, Yoshiaki Tabuchi5, Shao-Qing Cai2, Toshiaki Makino1

共同研究/協力施設:名古屋市立大学大学院薬学研究科1, 同医学研究科3, 北京大学薬学院2, 自然科学研究機構生命創成探究センター/分子科学研究所4, 富山大学生命科学先端研究センター5 
 

謝辞

本研究の一部は、東洋医学研究財団、JSPS科学研究費基盤研究C(18K07453)と文部科学省「ナノテクノロジープラットフォーム」プログラムの助成を受けて行われました。謹んで深謝いたします。
 

研究全般に関するお問い合わせ先

名古屋市立大学大学院薬学研究科
教授 牧野利明
〒467-8603 名古屋市瑞穂区田辺通3−1
Tel & Fax : 052-836-3416
E-mail: makino_at_phar.nagoya-cu.ac.jp(_at_は@に変換して下さい)