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プレスリリース

キラル分子モーターを利用した電子スピンの光・熱による制御(山本グループ、江原グループら)

【発表のポイント】

  • キラル分子モーター※1の薄膜を用いてスピントロニクス素子を作製し、キラリティ※2によるスピン※3選択性を調査した。
  • 光照射と熱処理によって分子モーター運動を誘起し、キラリティを反転させることで、スピンの向きを光・熱によって自在に反転させることが可能であることを見出した。
  • 本成果により、これまで強磁性材料や外部磁場を必要としていたスピントロニクスデバイスを有機分子によって実現できる可能性が示された。

【概要】
分子科学研究所の須田理行助教、山本浩史教授、江原正博教授、奈良先端科学技術大学院大学の中村雅一教授、VISTEC(タイ王国)のVinich Promarak教授らの研究グループは、キラル分子モーターの回転運動を利用して、スピン偏極電流におけるスピンの向きを光照射または熱処理によって制御することに成功しました。

今回の成果は、強磁性体や外部磁場を用いずにキラル分子モーターと呼ばれる有機分子の運動のみによってスピンの向きを制御できることを示したもので、有機分子による新たなスピントロニクスデバイスの実現に繋がるものと期待されます。

この研究成果は、「Nature Communications」誌のオンライン版に2019年6月5日に掲載されました。
 

研究の背景

現代社会を支えるエレクトロニクスは電子の持つ電気的性質(電荷の流れ)を利用した技術です。これに加えて、電子の磁気的性質(スピンの向き)も同時に利用しようとするスピントロニクスと呼ばれる技術が盛んに研究されています。

スピントロニクスデバイスには通常、スピンの向き(上向きスピンまたは下向きスピン)を制御するための強磁性材料や電磁石などを用いた外部磁場が不可欠です。これに対し、レアメタルを含まない有機分子によりスピントロニクスデバイスを作ろうという試みもなされていますが、一般的に強い磁気的性質を持たない有機物によってスピンの向きの制御を実現するのは困難であると考えられていました。
 

研究の成果

共同研究グループは、Chiral-induced spin selectivity効果※4と呼ばれるキラル分子によって電子がスピン偏極を受ける現象を利用し、キラル分子モーターを組み込んだスピントロニクスデバイスの可能性を着想しました。キラル分子モーターは、光照射と熱処理によって一方向のみに回転運動する分子マシンとして知られる分子ですが、この回転運動には一回転につき4回のキラリティの反転が伴うことも知られています。同グループは、このキラル分子モーターを薄膜化し、スピンバルブ型のデバイスを作製しました(図1)。このデバイスでは、キラル分子モーターの薄膜を通過する際に生成したスピンの向きを、ニッケル電極の磁化方向に依存する磁気抵抗※5として検出することが可能です。

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1. キラル分子モーターを利用したデバイスの構造()
分子モーター運動に伴うスピン選択性(下)

図2は、作製したデバイスから得られた磁気抵抗の光照射、熱処理による変化を示しています(右肩上がりの磁気抵抗は下向きスピンが、左肩上がりの磁気抵抗は上向きスピンが検出されたことをそれぞれ意味します)。得られた磁気抵抗は、光照射と熱処理によってそれぞれ符号が反転しており、スピンの向きの反転が実験的に確かめられました。つまり、作製したデバイスでは、光照射と熱処理によって分子モーターの回転運動を誘起することにより、スピンの向きを自在にスイッチさせることができることが明らかになりました。

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2. 光照射()と熱処理()に伴う磁気抵抗の変化
 

今後の展開・この研究の社会的意義

今回の研究成果により、強磁性材料や外部磁場を用いずに有機分子のみによるスピンの制御が実証されたことで、有機材料による新たなスピントロニクスの可能性が示されました。有機分子の最大の特徴は分子設計によってその構造や分子配列を自在に制御できる点にあります。今後は、更に高速かつ高効率なスピンの制御を目指し、分子やデバイスの設計を行っていく予定です。
 

用語解説

[1] キラル分子モーター
キラル分子モーターはフローニンゲン大学(オランダ)のBen Feringa教授らにより開発され、2016年のノーベル化学賞の受賞対象の一部となった分子である。この分子は、光照射と熱処理を交互に繰り返すことで、一方向にのみ分子が回転運動する。また、この分子は軸不斉と呼ばれるキラリティ([2]参照)を持っており、分子が360度回転するまでに4回のキラリティ反転が起こることが知られている。

[2] キラル(キラリティ)
「キラリティ」とは掌性ともいい、右手と左手の関係のように物体を鏡に映した形がもとの形とは重ね合わせられないことをいう。また、このような性質を持った分子を「キラル分子」という。

[3] スピン
電子は右回りまたは左回りに自転運動している。この回転によって電子は磁気モーメントと呼ばれる磁石としての性質を持ち、回転の向きに応じて磁気モーメントの向きが変わる。

[4] Chiral-induced Spin Selectivity効果
ワイツマン研究所(イスラエル)のRon Naaman博士らによって発見された現象で、キラル分子の薄膜に電子を通過させた際に、スピンの向きに選択制が現れる現象である。また、キラリティを入れ替えることで、スピンの向きも入れ替わることが知られている。

[5] 磁気抵抗
スピン偏極した電子を磁性電極に注入する際、スピンの磁気モーメントの向きと磁性電極の磁化方向の関係性により電気抵抗が変化する現象。磁気モーメントの向きと電極の磁化の向きが並行であれば低抵抗に、反並行であれば高抵抗になることから、電流中のスピンの向きを検出する手法として使うことができる。
 

論文情報

掲載誌:Nature Communications

論文タイトル:“Light-driven Molecular Switch for Reconfigurable Spin Filters”
(スピン選択性を光制御可能な分子スイッチ)

著者:Masayuki Suda, Yuranan Thathong, Vinich Promarak, Hirotaka Kojima, Masakazu Nakamura, Takafumi Shiraogawa, Masahiro Ehara and Hiroshi. M. Yamamoto

掲載予定日:2019年6月5日(オンライン公開)

DOI:10.1038/s41467-019-10423-6
 

研究グループ

分子科学研究所、理化学研究所、奈良先端科学技術大学院大学、スラナリー大学(タイ王国)、VISTEC(タイ王国)
 

研究サポート

科学研究費補助金 若手研究(A)(16H06058)、基盤研究(B)(16H04140, 19H02584)、基盤研究(S) (16H06346)、新学術領域研究(π造形科学)(17H05168)、新学術領域研究(配位アシンメトリー)(19H04603, 16H06511)、野口遵研究助成金、分子科学奨励森野基金、文部科学省ナノテクノロジープラットフォーム
 

研究に関するお問い合わせ先

須田理行(すだ まさゆき)
分子科学研究所・協奏分子システム研究センター、助教
TEL:0564-55-7347 FAX: 0564-55-7325
E-mail:msuda_at_ims.ac.jp

山本 浩史(やまもと ひろし)
分子科学研究所・協奏分子システム研究センター、教授
TEL (FAX) 0564-55-7334 (0564-55-7325)
E-mail:yhiroshi_at_ims.ac.jp
 

報道担当

自然科学研究機構 分子科学研究所 研究力強化戦略室 広報担当
TEL:0564-55-7209 FAX:0564-55-7374
E-mail: press_at_ims.ac.jp

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