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2019/06/25

プレスリリース

新発想のレーザー技術で狭帯域の高エネルギーテラヘルツ波を発生 小型粒子加速器へのマイルストーン(平等特任教授ら)

ドイツ電子シンクロトロン(DESY)、ハンブルグ大学、ELIビームライン、および分子科学研究所を含む共同研究グループは、今までにない小型粒子加速器を目指した重要なマイルストーンを達成しました。強力なパルスレーザーと分子科学研究所が開発したLA-PPMgLNを用いて、狭帯域(単色)で高エネルギーの非常に特殊なテラヘルツ波パルスを発生させる手法の成功です。この新しいテラヘルツ波発生は、実験室のベンチサイズほど小さな次世代粒子加速器の開発につながる画期的な方法です。本研究はハンブルグ自由電子レーザー科学センター(CFEL*)のFranz Kärtner 氏とAndreas Maier 氏の率いる研究チームからNature Communications誌に投稿され、2019年6月13日付けで掲載されました。
(*CFELは、DESY、ハンブルグ大学及びマックスプランク協会により共同運営されています。)
 

研究の概要

テラヘルツ波は電磁波の一種であり、赤外線とマイクロ波の中間に位置しています。空港でセキュリティチェックに用いられている全身スキャナーには、このテラヘルツ波が使われています。一方、テラヘルツ波は、粒子加速器の小型化にも寄与します。DESYのKärtner氏は「テラヘルツ波の波長は、現在の粒子加速器で使用されている電波の約1000分の1です。これは、加速器の構成要素の大きさも約1000分の1になることを意味します」と述べています。

ただ、十分な数の粒子を加速するためには、狭帯域で強力なテラヘルツ波が必要であり、本研究により、まさにこれが可能となりました。ハンブルグ大学のMaier氏はテラヘルツ波の発生方法について「テラヘルツ波を発生させるために、2発の強力なレーザーパルスを、わずかな時間差をつけて『非線形光学結晶』(分子科学研究所が開発した特殊なLA-PPMgLN)と呼ばれる物質に入射します」と説明しています。ここで用いるレーザーパルスには色のグラデーション(チャープ)が付けてあります。つまり、1発のパルス中の前方と後方で、色が異なっています。このグラデーションの付いた2つのパルスを2発、わずかな時間差をつけてその結晶に入射することで、2つのパルスの、色が異なっている部分が重なることになります(図の左側)。Maier氏は「この色の違いが発生するテラヘルツ波のエネルギーに対応しています。結晶(LA-PPMgLN)はこの色の違いを、テラヘルツ波に変換します」(図の右側)と述べています。


TILA_201906.png

わずかにずれた2発のレーザーパルス(図の左側)の色の差から、分子研が開発した非線形光学結晶(LA-PPMgLN)を用いて、強力なテラヘルツ波のパルス(図の右側)を発生(差周波発生)させる。
 

この方法では、2発のレーザーパルスを正確に同期させる必要があります。そのためには、元々1つだったパルスを2つに分けて、そのうち1つを少し迂回させて、再び重ねます。こうすると迂回したパルスはわずかに遅れることになります。ここで、元々のパルス内部の色変化が直線的であれば、2つのパルスを少しずらして重ねたときの色の違い(エネルギー差)は常に一定になります。しかし実際には色の変化は曲線的で、最初ゆっくり、その後速く変化するようになっています。

「これは、高エネルギーのテラヘルツ波パルスを発生させる上での大きな障害でした。本当はパルスの色変化を直線的にしたいのですが、これはとても大変なのです」とMaier氏は述べています。この問題に対して、共著者のNicholas Matlis氏は、一方のパルスの色変化を少し引き延ばす、という重要な着想を得ました。引き延ばしても色の変化を直線的にすることはできませんが、もう1つのパルスの色変化と「同じ曲線的変化」にすることはできます。そうすれば色の違い、つまりエネルギー差は常に一定になります。「一方のパルスに加えるべき変更は最小限で、驚くほど簡単です。短い特殊ガラスをレーザービームの経路に挿入するだけです。すると突然、テラヘルツ波出力は13倍強くなりました」とMaier氏は述べています。ここで研究グループでは、分子科学研究所でしか作れない、非常に大きく特殊な非線形光学結晶LA-PPMgLNを用いる事で強力なテラヘルツ波の発生が可能となりました。

Kärtner氏は「これらの手法を組み合わせることで、0.6ミリジュールのテラヘルツパルスの発生に成功しました。これは従来、光学的手段によって発生された、狭帯域(単色)テラヘルツパルスの10倍以上の値です。本研究は、この方法を用いれば、小型粒子加速器を実現するための、十分に強力で、狭帯域(単色)なテラヘルツパルスが発生可能であることを示しています」と述べています。そして、この新発想を実現するためには分子研が創り出した特殊な非線形光学結晶LA-PPMgLNが不可欠との事で共同研究が実施されました。
 

掲載論文

題名:“Spectral Phase Control of Interfering Chirped Pulses for High-Energy Narrowband Terahertz Generation”
(高エネルギー狭帯域テラヘルツ波発生のための干渉チャープパルスのスペクトル位相制御)

 著者名:Spencer W. Jolly, Nicholas H. Matlis, Frederike Ahr, Vincent Leroux, Timo Eichner, Anne-Laure Calendron, Hideki Ishizuki, Takunori Taira, Franz X. Kärtner, and Andreas R. Maier

掲載誌:Nature Communications(2019年6月13日掲載)

DOI: 10.1038/s41467-019-10657-4
 

問い合わせ先

平等 拓範(たいら たくのり)
自然科学研究機構 分子科学研究所 特任教授

〒444-8585 
愛知県岡崎市明大寺町字西郷中38番地
Tel: 0564-55-7346
E-mail: taira_at_ims.ac.jp(_at_ は@に置き換えて下さい)