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2020/01/31

プレスリリース

超好熱古細菌タンパク質がかたちづくる“tholos” のような分子の建築物を発見(加藤晃一グループら)

自然科学研究機構生命創成探究センター(ExCELLS/分子科学研究所)の加藤晃一教授と矢木真穂助教の研究グループは、内橋貴之教授(ExCELLS/名古屋大学)、内山進教授(ExCELLS/大阪大学)、杉山正明教授(京都大学)、村田和義准教授(生理学研究所)、Jooyoung Lee教授(韓国KIAS)と共同で、機能未知の古細菌タンパク質複合体であるPbaA-PF0014複合体の構造を世界で初めて明らかにしました。

本研究成果は、日本時間2020年1月30日19時に、自然科学のあらゆる領域を対象としたオープンアクセス学術誌「Scientific Reports」に公開されました。
 

発表のポイント

超好熱古細菌の機能未知なタンパク質複合体のかたちを調べたところ、5本の柱で囲まれ内部に空洞を持った、古代ギリシャ建築の“tholos”のような構造体を形成していることを見出しました。この発見は、分子進化の謎に迫るだけでなく、分子の貯蔵庫や耐熱シェルターとしてのタンパク質建築物を設計・創成する研究の推進に繋がります。
 

研究の背景

真核生物のタンパク質分解装置であるプロテアソーム[注1]は数多くのタンパク質が集まってできた巨大で複雑な分子複合体です。その形成には、アセンブリーシャペロン[注2]とよばれるタンパク質の関与が不可欠です。一方、超好熱古細菌[注3]のプロテアソームは、真核生物のものと比べて単純な構造をしており、その形成はアセンブリーシャペロンの助けを必要としません。それにもかかわらず、古細菌はアセンブリーシャペロンとよく似たタンパク質を持っています。その役割は不明でしたが、そうしたタンパク質の1つであるPbaAが、PF0014とよばれる機能未知の古細菌タンパク質と複合体を形成して働いている可能性が浮かび上がってきました。本研究では、これらの分子の複合体に着目して、そのかたちを調べていく過程で思いがけない発見をしました。
 

研究成果

研究グループは、まず超分子質量分析[注4]とよばれる方法でPbaAとPF0014の複合体のまるごとの質量を精密に計測しました。その結果、10個のPbaA分子と10個のPF0014分子が集まって1つの複合体を形作っていることが判明しました。さらに、中性子小角散乱[注5]、高速原子間力顕微鏡[注6]、クライオ電子顕微鏡[注7]を駆使して複合体の構造を詳しく調べた結果、PbaA は5分子がまとまってリング状のかたちをとっており、一方、PF0014は2分子が会合して棒状のかたちをしていることがわかりました。そして、2つのPbaAのリングの間を5本のPF0014の柱が橋渡ししているのが複合体の実体であることが明らかとなりました[図]。複合体の機能の解明は今後の課題ですが、こうして明らかになった複合体の構造は、まるで古代ギリシャ建築の“tholos”のようであり、5本の柱で囲まれた内部の空洞には他の分子を収納できそうな空間が用意されているようです。
 

成果の意義および今後の展開

本研究により、真核生物のプロテアソームのアセンブリーシャペロンとよく似た分子が、古細菌ではまったく異なる分子複合体を構成していることが明らかとなりました。生物の進化の過程で、共通の分子の役割がどのように変遷したかの道筋を辿ることは、生命の環境適応の戦略を理解するうえで重要なてがかりを与えるものと期待されます。特に、今回明らかにした内部に大きな空洞を持つ分子複合体の構造は、分子進化の謎に迫るだけでなく、分子の貯蔵庫や耐熱シェルターとしてのタンパク質建築物を設計・創成するための指針を提供するものです。

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[図]PbaAとPF0014の複合体の電子顕微鏡構造(左)とその模式図(右)。2つのPbaAのリングの間を5本のPF0014の柱が橋渡しした “tholos”のような構造体であることを発見した。
 

掲載論文

雑誌名:Scientific Reports

論文タイトル:Supramolecular tholos-like architecture constituted by archaeal proteins without functional annotation

著者: Maho Yagi-Utsumi, Arunima Sikdar, Chihong Song, Jimin Park, Rintaro Inoue, Hiroki Watanabe, Raymond N. Burton-Smith, Toshiya Kozai, Tatsuya Suzuki, Atsuji Kodama, Kentaro Ishii, Hirokazu Yagi, Tadashi Satoh, Susumu Uchiyama, Takayuki Uchihashi, Keehyoung Joo, Jooyoung Lee, Masaaki Sugiyama, Kazuyoshi Murata, and Koichi Kato*.(*責任著者)

掲載予定日:日本時間2020年1月30日19時

DOI:10.1038/s41598-020-58371-2
論文URL:www.nature.com/articles/s41598-020-58371-2
 

発表者

矢木真穂(生命創成探究センター/分子科学研究所),Arunima Sikdar(総合研究大学院大学),Chihong Song(生理学研究所),Jimin Park(韓国KIAS),井上倫太郎(京都大学),渡辺大輝(生命創成探究センター),Raymond N. Burton-Smith(生理学研究所),小財稔矢(名古屋大学),鈴木達也(生命創成探究センター)兒玉篤治(生命創成探究センター),石井健太郎(生命創成探究センター),矢木宏和(名古屋市立大学),佐藤匡史(名古屋市立大学),内山進(生命創成探究センター/大阪大学),内橋貴之(生命創成探究センター/名古屋大学),Keehyoung Joo(韓国KIAS),Jooyoung Lee(韓国KIAS),杉山正明(京都大学),村田和義(生理学研究所),加藤晃一(生命創成探究センター/分子科学研究所)
 

用語解説

注1:プロテアソーム
細胞内においてタンパク質の分解を行う巨大な酵素複合体(総サブユニット数約70個)で、すべての細胞に普遍的に存在して生命活動に重要な役割を担っている。

注2:アセンブリーシャペロン
シャペロンとは本来「介添え人」という意味で、他のタンパク質が正しくかたちを整えるのを手助けするタンパク質の総称。その中でも、アセンブリーシャペロンはタンパク質サブユニットの分子集合を助けている。

注3:古細菌
生物の主要な系統の1つで、細菌(バクテリア)、真核生物と共に、全生物界を3分している。大腸菌などの細菌と異なり、真核生物と近縁で共通の祖先を持つと考えられている。また、古細菌の多くが55℃以上の高い温度で生育することができる。

注4:超分子質量分析
水素結合や疎水性相互作用のような弱い相互作用を保ったまま質量を調べる方法。タンパク質複合体を構成するパーツ(サブユニット)の種類と数が分かる。

注5:中性子小角散乱
物質に中性子ビームを当てたときに非常に小さい角度で起こる散乱現象を利用し、溶液中における物質や生体分子の構造を明らかにする手法。特に軽水素(原子核が陽子1つのみで構成)と重水素(原子核が陽子1つと中性子1つから構成)の散乱長の差を利用することにより、分子複合体中のみたい成分だけをみることができる。

注6:高速原子間力顕微鏡(高速AFM)
走査型プローブ顕微鏡の一つであり、カンチレバー(片持ち梁)に取り付けられた非常に細い探針を用いて試料表面を高速に走査することによって、サンプルの構造や動態をリアルタイムで観察することが可能な顕微鏡。

注7:クライオ電子顕微鏡
電子顕微鏡によって生体分子の構造を、溶液中のような生理的な環境に近い状態で観察するために開発された手法。試料溶液を約-170℃中に落下させることで急速凍結させ、試料を薄い非晶質氷の中に包埋する。この凍結させた試料を液体窒素冷却のもと電子顕微鏡観察する。このように冷却することで電子線照射による試料へのダメージも軽減させる。
 

研究サポート

本研究は、日本学術振興会(JSPS)科学研究費補助金 特別推進研究(JP19H05461)、基盤研究S(JP18H05229)、新学術領域研究(JP16H06280)、生命創成探究センター(ExCELLS program No.18-101、No.19-405)、生理研共同研究(19-261)等のサポートを受けて実施されました。
 

本件に関するお問い合わせ先

(研究全般に関するお問い合わせ先)
自然科学研究機構 生命創成探究センター/分子科学研究所
教授 加藤 晃一
TEL:0564-59-5225
E-mail:kkato_at_excells.orion.ac.jp

(報道に関するお問い合わせ先)
自然科学研究機構 生命創成探究センター
広報担当
TEL:0564-59-5201 FAX:0564-59-5202
E-mail: press_at_excells.orion.ac.jp

自然科学研究機構 生理学研究所 研究力強化戦略室
TEL: 0564-55-7722、FAX: 0564-55-7721 
email: pub-adm_at_nips.ac.jp

自然科学研究機構 分子科学研究所
研究力強化戦略室 広報担当
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E-mail: press_at_ims.ac.jp

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