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2020/02/05

プレスリリース

色素分子の精密合成で有機太陽電池の電圧損失を3割削減に成功(平本昌宏グループ・伊澤誠一郎助教ら)

発表のポイント

  • 色素分子の精密合成で有機太陽電池の電圧損失を約30%削減することに成功した。
  • 色素分子の精密修飾は独自の臭素化法(1)を用いて行い、有機色素分子に官能基を自在に導入できるテーラーメイド合成を実現した。
  • 有機太陽電池の最大の問題である非発光再結合損失(2)の抑制のためには、色素分子のエネルギーレベルの制御が重要であることを明らかにした。
     

概要

分子科学研究所の、伊澤誠一郎助教、平本昌宏教授、静岡大学の高橋雅樹教授、藤本圭佑 助教らの研究グループは、代表的な赤色顔料の一つであるペリレンジイミド分子の精密合成により有機太陽電池の電圧損失を約30%削減することに成功しました。

今回、研究グループの独自の臭素化技術を駆使することで、ペリレン色素に自在に官能基を導入できるテーラーメイド合成に成功しました。この手法を用いてエネルギーレベルを制御した新たな色素分子を合成し、有機太陽電池の発電材料として用いたところ、従来の分子と比較して、電圧値を0.25 Vも大幅に向上させることができました。電圧損失の精密な解析から、この電圧値の向上は有機太陽電池の最大の問題である非発光再結合損失を抑制できたためであることがわかりました。

本研究は、ナノプラットフォーム事業(分子・物質合成プラットホーム)、科研費挑戦的研究(若手研究)、小笠原科学技術振興財団研究助成、高橋産業経済研究財団研究助成、中部科学技術センター学術・みらい助成および、マツダ研究助成の一環として行われ、Wiley-VCHが出版する国際化学論文誌『ChemPlusChem』の1月22日付(オンライン版)に掲載されました。
 

研究の背景

有機太陽電池は安価、軽量性、フレキシブルなど従来の太陽電池では実現できない性質を持ち、また有害元素を使用しないなど自然に優しいことから、将来の再生可能エネルギーとして注目を集めています。近年、材料開発などにより、有機太陽電池の光電変換効率は最高で16%程度まで向上しましたが、単結晶シリコン、GaAsやペロブスカイトなどの高効率無機太陽電池と比較すると大幅に劣るのが現状です。有機太陽電池の光電変換効率が低い最大の原因は、吸収した光のエネルギーと得られる電圧値との差、つまり電圧損失が大きいことであり、その原因は非発光再結合が起こりやすいことです。

この電圧損失を抑制し、有機太陽電池の発電効率向上への道筋を拓くためには、有機太陽電池で発電する役割を担う有機色素の分子構造と発電効率との相関を明らかにする必要があります。そこで研究グループは、代表的な赤色顔料であるペリレンジイミド(図1a)に注目しました。ペリレンジイミドは高い熱・光安定性や電子輸送特性を持ち、有機太陽電池に用いられるn型半導体材料として注目を集めてきました。一方、有機溶剤への溶解性が低いことなどが障害となり、これまで精密な分子修飾を行うことはできませんでした。
 

研究の成果

今回、研究グループは、代表的な赤色顔料であるペリレンジイミド分子の精密修飾法を開発し、その分子のエネルギーレベルをコントロールすることで、有機太陽電池の電圧損失の抑制に成功しました。

ペリレンジイミド分子の骨格は図1aのように4つの修飾位置(ベイポジション)が存在します。分子合成を担当した静岡大学の高橋・藤本研究グループは、独自の臭素化技術を駆使することで、ペリレン誘導体の4つのベイポジションに異なる官能基を自在に導入できるテーラーメイド合成に成功しました。その一環として、ペリレンジイミドのベイポジションに4つの電子供与性の官能基を導入した新規n型有機半導体分子(図1b)を開発しました。X線構造解析の結果(図1b)、新規分子は置換基の影響で分子内でねじれ構造を取り、有機溶剤へ高い溶解性を示しました。

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図1(a)ペリレンジイミド色素とその分子構造、(b)新たに合成した色素分子の構造とX線構造解析の結果

そこでこの新規分子を電子アクセプタとし、p型の有機半導体ポリマーを電子ドナーとして用いた有機太陽電池を作製しました(図2a)。その結果、新規分子を用いた場合では、従来の無修飾のペリレンジイミド分子を用いた場合と比較して有機太陽電池の開放端電圧(3)が0.25 Vも大幅に向上し、1.0 Vまで到達しました(図2b)

この開放端電圧向上の要因を探るため、吸収した光のエネルギーと得られる開放端電圧のエネルギー差、つまりエネルギー損失の精密解析を行いました。有機太陽電池におけるエネルギー損失は、光吸収で生成した励起子(4)を解離して自由電荷を生成する際の損失、発光再結合損失、非発光再結合損失に3つに分けられます。まず新規分子では電子供与性基の導入により、分子のエネルギーレベルが上昇し、その結果、自由電荷を生成する際のエネルギー損失が0.14 V減少しました。さらに非発光エネルギー損失に関しても0.10 V減少していることがわかり、この二つの寄与が開放端電圧の大幅な上昇をもたらしていることがわかりました(図2c)。特に非発光再結合損失に関しては、有機太陽電池が無機太陽電池に比べて効率が低い最大の原因であると言われています。今回、電子供与性基の導入により、ペリレンジイミド分子のエネルギーが上昇しました。その結果、自由電荷の状態と電子と正孔が分子内で結合している励起子の状態とのエネルギー差が小さくなり、再結合の際に励起子から発光するルートの寄与が大きくなります。その結果、新規分子では再結合の際の発光効率が向上し、太陽電池の電圧損失が減少したと考えられます。

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図2(a)作製した有機太陽電池の模式図、(b)新規分子と従来分子を用いた太陽電池の電流電圧曲線、(c)電圧損失の内訳
 

今後の展開

まず本研究で開発したペリレン分子の位置選択的な官能基修飾法は、従来法で合成不可能とされた多様な構造のペリレン誘導体を合成可能とします。今回はペリレンジイミド分子のエネルギーレベルの制御に焦点を当てましたが、その他にも結晶性や光吸収・発光特性などの分子の様々な物性の自在な制御が可能であり、有機EL、トランジスタ、太陽電池などで用いられる高効率なn型有機半導体材料の開発につながると考えています。さらにペリレンジイミド分子のエネルギーレベルの制御は有機太陽電池の最大の問題であった非発光再結合の抑制につながることがわかりました。今後、ペリレンジイミド分子のエネルギーレベルだけでなく、光吸収領域や電子移動度等の色素分子の他の特性も最大化していくことが、高効率な有機太陽電池の開発につながります。変換効率の向上が進めば、フレキシブル、カラフル、軽量、塗布可能、安価、等の利点を活かし、近い将来、有機色素を用いた自然にやさしい有機太陽電池が再生可能エネルギーの主役となっていくと考えています。
 

用語解説

1)臭素化
分子構造の一部に臭素原子を導入すること。ベンゼン環に結合した臭素基は様々な官能基へと変換できるため、官能基化の起点とすることができる。ペリレン分子の独自の臭素化法では、ベイポジションに位置選択的に臭素基を導入できる。

2)発光再結合・非発光再結合
再結合は生成した電子と正孔の電荷対が再び出会って失活するプロセス。その際に光を発するプロセスが発光再結合であり、光らずにエネルギーを熱に換えて失活するプロセスが非発光再結合である。再結合は太陽電池の電圧の低下につながり、有機太陽電池では特に非発光再結合が大きいことが問題である。

3)開放端電圧
太陽電池に電流を流さない状態で測定した時の電圧値。太陽電池の性能を決める重要なパラメーターの一つで、有機太陽電池ではこれが低いことが無機太陽電池より光電変換効率が低い最大の原因である。

4)励起子
有機分子が光を吸収した後にできる電子と正孔が分子内で結合した状態。有機太陽電池ではこの励起子を分離することで電流が流れ、逆に励起子を介して再結合が起こると損失プロセスとなる。
 

論文情報

掲載誌:ChemPlusChem, 85 285-293 (2020)

論文タイトル:“Regioselective Bay-Functionalization of Perylenes Toward Tailor-Made Synthesis of Acceptor Materials for Organic Photovoltaics”
(有機太陽電池のアクセプタ分子のテーラーメイド合成に向けたペリレン分子の位置選択的ベイポジションの修飾)

著者:Keisuke Fujimoto, Seiichiro Izawa,* Yusaku Arikai, Shinya Sugimoto, Hirona Oue, Toshiyasu Inuzuka, Naohiro Uemura, Masami Sakamoto, Masahiro Hiramoto and Masaki Takahashi*

掲載日:2020年1月22日(オンライン公開)
DOI:10.1002/cplu.201900725

 

研究グループ

分子科学研究所、静岡大学
 

研究サポ―ト

ナノプラットフォーム事業(分子・物質合成プラットホーム)、科学研究費補助金 若手研究(18K14115)、小笠原科学技術振興財団研究助成、高橋産業経済研究財団研究助成、中部科学技術センター学術・みらい助成および、マツダ研究助成
 

研究に関するお問い合わせ先

伊澤誠一郎(いざわ せいいちろう)
分子科学研究所 物質分子科学研究領域 助教
TEL:0564-59-5537 / FAX: 0564-59-5537
E-mail:izawa_at_ims.ac.jp

髙橋雅樹(たかはし まさき)
静岡大学 工学部化学バイオ工学科 教授
TEL:053-478-1621
E-mail:takahashi.masaki_at_shizuoka.ac.jp
 

報道担当

自然科学研究機構・分子科学研究所 研究力強化戦略室 広報担当
TEL:0564-55-7209 FAX:0564-55-7374
E-mail: press_at_ims.ac.jp

静岡大学 総務部広報室
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