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2020/04/22

プレスリリース

「スピンを噴き出すキラルな結晶」 磁石を使わず検出可能に!(山本浩史グループら)

大阪府立大学(学長:辰巳砂 昌弘)と分子科学研究所(所長:川合 眞紀)と放送大学(学長:來生 新)と東邦大学(学長:高松 研)において、戸川 欣彦教授(大阪府立大学)と山本 浩史教授(分子科学研究所)と岸根 順一郎教授(放送大学)と大江 純一郎教授(東邦大学)らの研究チームが、磁性を持たないキラル結晶がスピン偏極電流を生み出すことを世界で初めて見出しました。結晶には磁気がないにもかかわらず、スピンが噴き出し、結晶内を伝わります。この現象は電気的に引き起こし、また、検出することができ、磁石や磁場を用いる必要がありません。結晶がキラルであることのみに由来する効果と考えられ、多様なキラル物質が示す普遍的な性質を明らかにする基礎学術的に重要な研究成果です。アメリカ物理学会が発刊する「Physical Review Letters」誌に掲載されました。

 

本研究のポイント

  • 磁性を持たないキラル結晶がスピン偏極電流を生み出すことを世界で初めて見出しました。
  • 固体結晶において磁石や磁場を用いずにスピン偏極状態を電気的検出することに成功しました。
  • キラル結晶に現れるスピン偏極状態が結晶全体で頑強に保たれていることを見出しました。
  • キラル結晶構造の左右の違いを判別することができます。
  • 結晶を含む多様なキラル物質においてスピン偏極現象が普遍的に成立することを示しています。

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図:キラル結晶CrNb3S6のデフォルメした結晶構造とキラル物質におけるスピン偏極現象の模式図.原子レベルの極微のらせん構造はスピン偏極した電流(電子の流れ)を生み出す.

 

研究の背景

左手を鏡に映すと右手が見えますが、左手と右手は重なりません。このように鏡像と重ね合わせることができない関係を キラリティ(掌性) といい、この性質を持つことを キラル と呼びます。例えば、左回りと右回りのらせん階段はキラル構造の例です。一方、丸いボールの鏡像はもとの形と重なるのでキラルではありません。

原子や分子から成る物質の構造もキラリティを持ち得ます。キラルな構造をとる分子や結晶が知られており、DNA、アミノ酸、糖は身近なキラルな物質の例です。これらのキラル物質は生体活動に必要不可欠ですが、これまでその電気的・磁気的な性質が注目されることはほとんどありませんでした。

最近、DNAなどのキラル分子を電子が通り過ぎると、電子のスピンの向きが一方向に揃えられる現象がイスラエルのRon Naamanらによって報告されました。キラル分子の構造の左右によってスピンが揃う向きが決まることから、この現象はキラリティ誘起スピン選択性(Chirality-Induced Spin Selectivity:CISS)と呼ばれています。

ここで、スピンとは、電気を担う電荷とともに、電子が生まれながらに持つ基本的な属性です。スピンは磁気の素であり、究極の情報媒体のひとつとして期待されています。一方、スピンは極微なミクロ世界を記述する量子力学の産物であり、その特性を理解して、マクロな実験手法で制御し活用する試みはまだまだ発展途上にあります。例えば、磁石は電子のスピンの向きがある特定の方向に揃っているために磁気的な性質(磁性)を帯びます。電子のスピンの向きが揃っている状態を スピン偏極している といいますが、磁性を持たない物質では電子のスピンの向きはバラバラとなっています。物質中にスピン偏極状態を作り出すことは次世代エレクトロニクスや量子科学を推進するための重要な研究課題となっています。

磁性を持たないキラル分子が電子をスピン偏極させる ということがCISS研究で見つかりました。これはとても不思議な現象であり、その仕組みはわかっていません。分子から結晶まで幅広く見つかるキラルな物質がどこまで普遍的にスピン偏極現象を示すかを探ることはとても興味深い研究課題です。

 

研究成果について

今回、研究グループは、キラル分子ではなく、「キラルな結晶」に注目しました。キラル結晶とは、片巻き方向にねじれたらせん状の原子配列を持つ結晶のことです。結晶の端から端までらせん階段のような原子構造が続きます(図の上段参照)。分子は目に見えない小さな存在ですが、結晶は目に見える大きさがあるので扱いやすく、加工のしやすさや安定性など材料としての特性が異なります。

用いたキラル結晶CrNb3S6は、室温と磁場なしの実験条件下において、電気をよく流す金属ですが、磁性は示しません。ところが、実験により、キラル結晶CrNb3S6を流れる電流がスピン偏極していることがわかりました。つまり、磁性を持たないキラルな結晶が、その中を流れる電子のスピンの向きを自然に揃える働きを持つことを世界で初めて発見しました。

日常生活で見かけるコイルに電流を流すと磁場が生じます。これはマクロな電磁石であり、磁場を生み出します。ここから想像力を働かして実験結果を表現すると、結晶レベルに存在するらせん状の原子構造が、いわばミクロな電磁石として、偏極したスピンを噴出する役割を持つことがわかりました。

より詳細には、実験において、キラル結晶が生み出すスピン偏極電流を磁石や磁場を使わずに電気的に検出することに成功しました。まず、電圧を加えてスピン偏極電流を生み出し、キラル結晶においてCISS効果と同じ現象が生じることを確認しました。次に、電極からスピン偏極流を注入すると、キラル結晶から電圧が取り出せることを見出しました。これはCISS現象の逆効果に対応しており、CISS現象が相反定理を満たしていることを明らかにしました。また、電気的に生み出されるキラル結晶のスピン偏極状態が結晶全体で頑強に保たれており、電流が流れていない部分にまで伝搬することがわかりました。これらの特性を用いると、電気的にキラル結晶構造の左右の違いを判別することもできます。

本研究では、当初キラル分子で見出されたスピン偏極現象が キラル固体結晶 においても生じることを初めて見出しました。分子から結晶までの多様なキラル物質においてスピン偏極現象が普遍的に成立することを意味しており、基礎学術的に重要な研究成果です。

 

研究体制について

今回の研究は、大阪府立大学の戸川欣彦教授らと分子科学研究所の山本浩史教授らが実験的検証を、放送大学の岸根順一郎教授と東邦大学の大江純一郎教授が理論的考察を進めました。また、キラル結晶の創製は、大阪府立大学の研究グループが担当しました。
 

研究助成資金等

本研究はJSPS科研費基盤研究(JP17H02767,JP17H02923,JP19K03751,JP19H00891)の助成と豊田理化学研究所の特定課題研究による研究支援を受けて行いました。
 

掲載論文

研究論文名:Chirality-Induced Spin-Polarized State of a Chiral Crystal CrNb3S6

著者:A. Inui, R. Aoki, Y. Nishiue, K. Shiota, Y. Kousaka, H. Shishido, D. Hirobe, M. Suda, J. Ohe, J. Kishine, H. M. Yamamoto, and Y. Togawa

公表雑誌:米物理学会誌「Physical Review Letters」

公表日時:2020 年4月21日(火)23:00(日本時間)

URL:https://journals.aps.org/prl/abstract/ 10.1103/PhysRevLett.124.166602
DOI: 10.1103/PhysRevLett.124.166602

 

本研究に関するお問い合わせ

大阪府立大学 大学院工学研究科
電子数物系 教授 戸川 欣彦
Email: y-togawa_at_pe.osakafu-u.ac.jp(_at_は@に変換してください)