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プレスリリース

金属状の量子気体:全く新しい量子シミュレーション・プラットフォーム(大森賢治グループ)

大森グループ:https://groups.ims.ac.jp/organization/ohmori_g/

記者レクチャー動画は下記URLからご覧いただけます。
https://www.ims.ac.jp/news/2020/06/23_4706.html

発表のポイント

  •  気体の原子を0.5ミクロン間隔で格子状に整列させたミクロンサイズの結晶中で隣り合った原子の電子どうしが重なり合う「金属状の量子気体」を世界で初めて創り出すことに成功した。
  • 新物質「金属状の量子気体」は米国・EU・英国・中国・日本など主要国家間で開発競争が激化する「量子シミュレータ」の画期的なプラットフォームとして期待される。
     

概要

自然科学研究機構・分子科学研究所の大森賢治教授、溝口道栄大学院生らの研究グループは、量子力学的な最低エネルギー状態*1にある気体の原子3万個を0.5ミクロン間隔で格子状に並べて人工結晶を作り、1000億分の1秒だけ光る特殊なレーザー光を照射することによって、気体なのに固体の金属のように、隣り合った原子の電子どうしが重なり合う奇妙な物質を創り出すことに成功しました(→図1)。この新物質「金属状の量子気体」は、米国・EU・英国・中国・日本など主要国家間で開発競争が激化する「量子シミュレータ*2」の全く新しいプラットフォーム(→図2および動画)として期待されます。

この成果は米国物理学会の旗艦誌「Physical Review Letters」のオンライン版に2020年6月22日に掲載されました。
 

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図1. 金属状の量子気体の概念図
 

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図2. 金属状の量子気体を用いた新しい量子シミュレータの概念図
(分子研・大森グループの超高速量子シミュレータ:「内閣府・量子技術イノベーション戦略2020」および「経産省2018年度版ものづくり白書」より)

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図2(動画版)
 

研究の背景

1-1. 金属状の量子気体について:
固体の金属中では、隣り合った原子の電子どうしが重なり合い結晶全体に広がることによって多数の原子の間を電子が動き回っています。一方、気体の原子の集団では、電子は個々の原子に閉じ込められています。では、極限まで冷やして動きを止めた気体の原子の結晶を、電子が重なり合う固体の金属状態に突然変化させることはできるでしょうか?これまで、この奇妙な物質を創ることは原理的に不可能とされてきました。しかし、もし創ることができれば、固体中の電子の働きをシミュレートする理想的な機械(量子シミュレータ*2)としてとても役に立ちそうです。

1-2. 量子シミュレータ*2について:
量子コンピュータ*3・量子シミュレータ*2・量子センサ*4など、近年開発競争が激化している「量子テクノロジー」は、電子や原子の「波の性質*5」を活かした質的に新しいテクノロジーです。機能性材料・薬剤・情報セキュリティー・人工知能などに革命を起こし得るため、世界主要各国の科学技術政策において莫大な投資が行われています。例えば米国では、国防省や国立科学財団(NSF)等により毎年約200億円規模の投資が行われている他、NSFおよびエネルギー省(DOE)において2019年より新たな量子テクノロジープロジェクトが始まりました。EUでは2018年から総額約1300億円規模を投資する10年プロジェクト「Quantum Technology Flagship」が進行中です。英国では2014年から5年間で約500億円を投入した「The UK National Quantum Technologies Programme」の第2期が始まりました。中国政府は、1000億円以上を投資して量子テクノロジーの国立研究所を建設中です。日本でも、2018年に新たな国家事業「光・量子飛躍フラッグシッププログラムQ-LEAP」がスタートし、大森教授も重要メンバーとして参加しています。これら各国の量子テクノロジー政策のキラーコンテンツの一つが量子シミュレータ*2です。量子シミュレータ*2は、固体中の電子の働きを、制御性の高いモデル物質にマッピングして模擬する装置です。世界最速スパコンでさえ10の何百乗年もかかるような問題を1秒以内で解くことができ、超伝導材料・磁性材料の開発や物流・交通渋滞など社会問題の解決に破壊的なイノベーションを起こし得る機械として期待されています。(世界初の商用量子コンピュータD-Wave(カナダのD-Wave Systems社製)は量子シミュレータです。)
 

研究の成果

2-1. 成果の概要:
大森教授らは、ほぼ絶対零度*6の極限まで冷やして量子力学的な最低エネルギー状態*1(ボース・アインシュタイン凝縮*7と呼ばれる)に落とし込んだ気体の原子を0.5ミクロン間隔で格子状に並べた人工結晶を作り、その中で隣り合った原子の電子どうしが重なり合う「金属状の量子気体」を世界で初めて創り出すことに成功しました。この新物質「金属状の量子気体」は、米国・EU・英国・中国・日本などの主要国家間で開発競争が激化する「量子シミュレータ*2」の画期的なプラットフォームとして期待されます(→図2および動画)。これまでの量子シミュレータ*2は原子を固体中の電子と見立てていました。しかしこれだと原子の間に働く力の性質や強さ、あるいは磁場に対する応答などが電子と異なるために、正確なシミュレーションは困難です。これに対して、今回開発された「金属状の量子気体」を使えば、「電子そのものを使って固体中の電子の働きをシミュレート」することができるので、全く新しい、よりリアルな量子シミュレーションが実現すると期待されます。

2-2. 実験方法(→図1):
実験はルビジウム原子*8を使って行われました。まず、レーザー光を用いた特殊な冷却方法*9を用いて気体のルビジウム原子*83万個を絶対温度1ケルビン*6の1000万分の1以下の超低温に冷やし、これを光格子*10と呼ばれる格子状に整列した光トラップ列で0.5ミクロン間隔に並べて人工結晶を作りました。さらに、1000億分の1秒だけ光る超短パルスレーザー光を照射し、どのような変化が起こるかを観察しました。すると、隣り合った各々の原子に閉じ込められた電子が、超短パルスレーザー光を吸って0.5ミクロン以上の直径を持つ巨大な電子軌道(リュードベリ軌道*11)にたたき上げられ空間的に重なり合う様子が観測されました。しかも超短パルスレーザー光の波長を微妙に調節することによって、電子の重なり具合を0.05ミクロンの極限的な精度で調節することができました。

 

今後の展開・この研究の社会的意義

今回、大森教授らが創り出した「金属状の量子気体」は、これまでにない新しい物質相です。米国・EU・英国・中国・日本など主要国家間で開発競争が激化する「量子シミュレータ*2」の画期的なプラットフォームとして期待されています(→図2および動画)。超伝導や磁性など物質の物理的な性質の起源を探求するための画期的なツールとして、さらに将来的には、超伝導材料・磁性材料の開発や物流・交通渋滞など社会問題の解決にイノベーションを起こし得る機械として発展していくことが期待されます。

 

用語解説

*1 量子力学的な最低エネルギー状態
電子や原子などミクロな粒子はサッカーボールなど私達の身の回りの目に見える粒子にはない波の性質を持っている。このような粒子を対象とした物理学が量子力学である。波は粒子と違って重なり合うことや、空間的に広い範囲に同時に存在することができる。従って、電子や原子などミクロな粒子は、異なった状態を同時にとったり、別の場所に同時に存在できるなど、私達の目に見える粒子にはない不思議な性質を持っている。量子力学で許される最低のエネルギー状態を、ここでは「量子力学的な最低エネルギー状態」と言っている。

*2 量子シミュレータ
力を及ぼし合う多数のミクロな粒子(例えば固体中の電子など)のシミュレーションに特化した量子コンピュータ*3。スパコンなどの古典コンピュータで計算する代わりに、原子などの量子力学的*1な粒子を使って制御性の高い人工的なモデル物質を組み立て、そこでの模擬実験によって多数のミクロな粒子の集団的な性質を理解しようとする新しいコンセプト。世界最速スパコンでさえ10の何百乗年もかかるような問題を1秒以内で解くことができ、超伝導材料・磁性材料の開発や物流・交通渋滞など社会問題の解決に破壊的なイノベーションを起こし得る機械として期待されている。

*3 量子コンピュータ
量子力学的な波の性質*5を情報処理に応用したコンピュータ。原子などの量子力学的*1な粒子の集団に対して、個別粒子の状態操作や複数粒子の間で論理演算を行うことによって情報処理を行う。ミクロな粒子が示す「異なった状態を同時にとる」という波の性質を使うことによって超並列計算が可能となり、通常のコンピュータでは非常に長い時間がかかる計算を一瞬で行うことができると期待されている。

*4 量子センサ
原子や電子などのミクロな粒子や光の量子力学的な性質*1を利用して物理量を計測する装置。従来の計測装置よりも高感度な計測が可能になると期待される。

*5 波の性質
電子や原子などミクロな粒子はサッカーボールなど私達の身の回りの目に見える粒子にはない波の性質を持っている。波は粒子と違って重なり合うことや、空間的に広い範囲に同時に存在することができる。従って、電子や原子などミクロな粒子は、異なった状態を同時にとったり、別の場所に同時に存在できるなど、私達の目に見える粒子にはない不思議な性質を持っている。

*6 絶対零度
原子・分子の運動が止まった状態を0度とする温度を絶対温度と呼ぶ。単位はケルビン。ゼロ・ケルビンのことを絶対零度という。絶対温度0ケルビンは摂氏-273.15℃で、摂氏0℃は絶対温度+273.15ケルビン。

*7 ボース・アインシュタイン凝縮
量子力学的*1なミクロな粒子は物理的性質によってボース粒子あるいはフェルミ粒子と呼ばれる2種類に分類される。本研究で使ったルビジウム原子*8はボース粒子である。多数のボース粒子の集団の温度を下げて行くと、絶対零度*6付近のある温度で量子力学的な最低エネルギー状態*1へと急激に変化する。この現象をボース・アインシュタイン凝縮と呼ぶ。1924-1925年にアインシュタインによって予言され、1937年にヘリウム4の超流動現象として初めて発見された。

*8 ルビジウム原子
アルカリ金属原子の一つで、原子番号37の原子。原子核の周りの電子のつまった電子軌道のうち、一番外側の5s軌道に一つの電子を持つ。

*9 レーザー光を用いた特殊な冷却方法
レーザー光を利用して気体原子の持つエネルギーを取り去り、原子の温度を冷却する技術をレーザー冷却と呼ぶ。原子はレーザー光を吸収する際にレーザー光の持つ運動量を受け取り、レーザー光の進行方向に対して力を受ける。原子がレーザー光に対向して進んでいる場合には、その力によって原子が徐々に減速され原子の持つエネルギーが下がる。これによって、原子集団を絶対温度1ケルビン*6の10万分の1程度まで冷やすことが可能となる。さらにここから温度の高い原子を蒸発させることによって1000万分の1ケルビン以下の超低温まで冷やすことができる。

*10 光格子
対向するレーザー光の干渉でできた光の定在波を利用して、超低温の原子を捕捉する光トラップを周期的に並べたもの。本研究では6方向からレーザー光を対向させることによって、3次元の正方格子状に0.5ミクロン間隔で3万個の原子を並べている。

*11 リュードベリ軌道
原子核から遠く離れた電子軌道。原子核からリュードベリ軌道までの距離はナノメートルからマイクロメートルに達する。リュードベリ軌道上を運動する電子をリュードベリ電子、リュードベリ電子を持った原子をリュードベリ原子と呼ぶ。
 

論文情報

掲載誌:Physical Review Letters(米国物理学会・旗艦誌)

論文タイトル:“Ultrafast creation of overlapping Rydberg electrons in an atomic BEC and Mott-insulator lattice”(和訳:「原子のボース・アインシュタイン凝縮体(BEC)およびモット絶縁体格子中における重なり合ったリュードベリ電子の超高速生成」)

著者:M. Mizoguchi, Y. Zhang, M. Kunimi, A. Tanaka, S. Takeda, N. Takei, V. Bharti, K. Koyasu, T. Kishimoto, D. Jaksch, A. Glaetzle, M. Kiffner, G. Masella, G. Pupillo, M. Weidemüller, and K. Ohmori

掲載日:2020年6月22日(オンライン公開)
DOI:10.1103/PhysRevLett.124.253201
 

研究グループ

自然科学研究機構・分子科学研究所
Universität Heidelberg, Germany
University of Oxford, UK
Université de Strasbourg, France
CNRS, France
電気通信大学
総合研究大学院大学
Shanxi University, China
University of Science and Technology of China
National University of Singapore

 

研究サポート

本研究は、以下の支援を受けて行われました。

文部科学省 光・量子飛躍フラッグシッププログラム(Q-LEAP)
JPMXS0118069021

日本学術振興会 科研費
研究種目:「特別推進研究」
研究番号:「16H06289」
研究課題名:「アト秒精度の超高速コヒーレント制御を用いた量子多体ダイナミクスの探求」
研究代表者:(自然科学研究機構 分子科学研究所 大森 賢治 研究主幹/教授)
研究期間:平成28年4月~令和3年3月

独・アレクサンダー・フォン・フンボルト財団および独・ハイデルベルグ大学
「フンボルト研究賞」

仏・ストラスブール大学 客員教授制度
 

研究に関するお問い合わせ先

大森 賢治(おおもり けんじ)
自然科学研究機構 分子科学研究所 光分子科学研究領域 研究主幹/教授
〒444-8585
愛知県岡崎市明大寺町字西郷中38番地
Tel:0564-55-7361 Fax:0564-54-2254
E-mail: ohmori_at_ims.ac.jp(_at_は@に変換してください。)

大森グループ Website:
https://groups.ims.ac.jp/organization/ohmori_g/
 

報道担当

自然科学研究機構 分子科学研究所 研究力強化戦略室 広報担当
Tel:0564-55-7209 Fax:0564-55-7374
E-mail: press_at_ims.ac.jp(_at_は@に変換してください。)