お知らせ
2021/03/16
プレスリリース
分子科学研究所 生命・錯体分子科学研究領域 錯体物性研究部門の草本哲郎准教授、木村舜大学院生(特別共同利用研究員、所属は東京大学)、株式会社MOLFEXの上島基之博士、京都大学 福井謙一記念研究センターの佐藤徹教授、大田航大学院生(京都大学)、名古屋大学大学院工学研究科応用物質化学専攻の松田亮太郎教授、日下心平助教、東京理科大学 研究推進機構 総合研究院の西原寛教授からなる研究チームは、三角形構造を持つ光るラジカルtrisPyMを新たに開発し、さらにtrisPyMを用いて二次元ハニカムスピン[1]格子構造(蜂の巣スピン格子構造)を持つ新しい配位高分子[2]を合成しました。この配位高分子は、室温大気下でも分解せず化学的に安定であるだけでなく、スピンと発光特性を併せ持つ稀有な物質であることがわかりました。
今回見出した設計手法に基づき、今後二次元ハニカムスピン格子構造を持つ多様な配位高分子を開発することで、新しい光・磁気・電気相関特性や、将来のデバイス応用に資する新機能の創出につながることが期待されます。
本研究成果は、学術誌「Journal of the American Chemical Society」に2021年3月16日午前8時(日本時間)にオンライン掲載されました。
不対電子(スピン)が二次元ハニカム格子上に並んだ物質は、その幾何構造に基づいて特異な電気特性や磁気特性を示すことが知られ、また将来の電子デバイス応用につながる潜在的な可能性を持つ材料として、基礎および応用の両面から精力的に研究が進められています。スピンを望み通りに配置する物質設計手法の一つとして、ラジカル(不対電子を有する分子)と金属イオンとを組み合わせてネットワーク構造(配位高分子)を構成する方法が知られています。この方法を用いて、二次元ハニカム格子上に不対電子を持つ物質がこれまで報告されてきましたが、物質が容易に分解してしまったり、結晶性が悪かったりという理由から、物質の機能やそのメカニズム、ならびに電子状態に関する理解は十分に進んでいませんでした。
また、ラジカルは不対電子が持つ電荷あるいはスピンに基づき、電気伝導性や磁気特性を示す機能性分子として知られています。近年、ラジカルの新機能として発光特性に注目が集まっています。例えば、発光デバイスにおける高効率な発光や、磁場に応答する発光特性など、通常の分子とは異なる原理に基づいてユニークな光機能を示すことが明らかとなっています。このような発光性を示すラジカルを用いて二次元ハニカムスピン格子構造を構築できれば、電気特性や磁気特性に加え、既存の物質では実現できなかった、発光特性が関与する新機能の発見につながることが期待されます。
今回、研究グループは三角形構造を有するラジカルtrisPyMを新たに設計・合成し(図1)、trisPyMと金属イオンとの組み合わせにより、化学的に安定で結晶性の高い二次元ハニカムスピン格子構造を持つ物質の開発を目指しました。
発光スペクトルの測定によりtrisPyMの発光特性を調べた結果、trisPyMは溶液状態・固体状態の両方において発光を示す、大変珍しいラジカルであることがわかりました(図1)。また、trisPyMは室温大気下で化学的に安定であるだけでなく、光照射下においても分解速度が遅く、非常に高い化学安定性を示しました。これは、光照射により容易に分解してしまうことが問題となっていたこれまでの発光性のラジカルとは対照的で、trisPyMが"使い勝手がよい"物質であることを示しています。
さらにtrisPyMと亜鉛イオンを有する金属錯体Zn(hfac)2をクロロホルムに溶解し、溶媒を揮発させることで、配位高分子の赤色結晶が得られました。単結晶X線構造解析[3]による結晶中の分子配列の調査、ならびに電子スピン共鳴法[4]と超伝導量子干渉計[5]による磁気特性調査の結果から、この配位高分子では二次元ハニカムスピン格子構造が構築されていることが明らかとなりました(図2)。この配位高分子は、室温大気下でも分解せず安定に存在できるだけでなく、減圧下、60℃で12時間加熱しても分解しませんでした。興味深いことに、この配位高分子は、液体窒素温度に冷却すると赤色発光を示しました(図2)。この配位高分子は、スピンと発光特性を兼ね備えた非常に珍しい物質です。
図1. (a) trisPyMの化学構造式。(b) trisPyMの紫外光照射下における発光の様子。
左:ジクロロメタン溶液、室温 右:微結晶固体、液体窒素冷却直後 (c) trisPyMの発光スペクトル。赤:微結晶固体、-194℃ 青:ジクロロメタン溶液、室温。
図2. trisPyMとZn(hfac)2からなる配位高分子中における二次元ハニカムスピン格子構造と液体窒素冷却後の微結晶試料の発光の様子。
二次元ハニカム格子構造を持つ物質は、基礎科学的に面白い材料であるだけでなく、将来の電子デバイスやエレクトロニクス、スピントロニクスへの応用が期待される新機能を発現し得る魅力的な材料です。しかし、このような物質例は決して多いとは言えないのが現状です。今回開発したtrisPyMを用いれば、様々な種類の金属イオンと組み合わせることで、二次元ハニカムスピン格子構造を持つ安定な配位高分子の多種多様な創製が期待できます。本研究で得られた成果は、物質開発の可能性を大きく広げるのみならず、このような物質が示す新しい光・磁気・電気相関特性や将来の応用に資する機能の創出に力強く貢献するものです。
[1] スピン:
電荷とならび電子が持つ基本的な属性。電荷は電気を担うが、スピンは磁気の基となる。
[2] 配位高分子:
金属イオンと有機分子との配位結合により形成される金属錯体のうち、無限に連なる構造を有するもの。
[3] 単結晶X線構造解析:
単結晶試料にX線を照射することで得られる回折パターンを解析することで、結晶内における分子の構造や配列を明らかにする実験手法。
[4] 電子スピン共鳴法:
不対電子を検出するための分光学的計測法。磁場下にある不対電子がマイクロ波を吸収して高エネルギー状態となることを利用している。
[5] 超伝導量子干渉計:
物質の磁気的性質を調べるための計測装置。ジョセフソン接合(二つの超伝導体が薄い絶縁層により隔てられた構造)を利用した超高感度な磁気センサーにより、極めて弱い磁場を検出することができる。
掲載誌:Journal of the American Chemical Society
論文タイトル:"An Open-shell, Luminescent, Two-Dimensional Coordination Polymer with a Honeycomb Lattice and Triangular Organic Radical"
(「三角形ラジカルを基とするハニカム格子構造を有する開殻発光二次元配位高分子」)
著者:Shun Kimura, Motoyuki Uejima, Wataru Ota, Tohru Sato, Shinpei Kusaka, Ryotaro Matsuda, Hiroshi Nishihara, and Tetsuro Kusamoto
掲載日:2021年3月16日午前8時(日本時間)オンライン公開
分子科学研究所
東京大学
株式会社MOLFEX
京都大学
名古屋大学
東京理科大学
科研費・基盤研究(S) 26220801(西原寛)
科研費・基盤研究(B) 20H02759(草本哲郎)
科研費・基盤研究(C) 18K05261(佐藤徹)
科研費・特別推進研究 19H05460(西原寛)
科研費・特別研究員奨励費18J21163(木村舜)
科学技術振興機構 さきがけ JPMJPR20L4(草本哲郎)
科学技術振興機構 CREST JPMJCR15F2(西原寛)
草本 哲郎(くさもと てつろう)
分子科学研究所 生命・錯体分子科学研究領域 准教授
TEL:0564-59-5520 / FAX:0564-59-5585
E-mail:kusamoto_at_ims.ac.jp
自然科学研究機構 分子科学研究所 研究力強化戦略室 広報担当
TEL:0564-55-7209 / FAX:0564-55-7374
E-mail:press_at_ims.ac.jp
科学技術振興機構 広報課
TEL:03-5214-8404 / FAX:03-5214-8432
E-mail:jstkoho_at_jst.go.jp
科学技術振興機構 戦略研究推進部 グリーンイノベーショングループ
嶋林 ゆう子
TEL:03-3512-3526 / FAX:03-3222-2066
Email:presto_at_jst.go.jp
※_at_は@に変換してください。