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2021/05/07

プレスリリース

原子点接触の形成による巨大なラマン応答の発見(熊谷 崇准教授ら)

発表のポイント

・原子スケールの極微分光によって銀の探針[1]と単結晶シリコン表面との間に原子点接触[2]を形成することで巨大なラマン応答[3]を表面選択的に得られることを発見しました。

・原子点接触における巨大なラマン応答によって単結晶シリコン表面の振動スペクトル[4]を超高感度に検出し、原子レベルの構造を調べる実証実験に成功しました。

・原子点接触ラマン散乱は、極微振動分光として物質表面の構造を超高感度に調べる研究への応用が期待されます。

 

概要

現代の高度情報化社会を支える半導体産業において電子デバイスの超微細加工はシングルナノメートル(10億分の1メートル)の領域に入っており、今世紀に入りその発展をさらに加速させているナノサイエンス・ナノテクノロジーの分野において、原子スケールの極微分光の開発が求められています。

分子科学研究所メゾスコピック計測研究センターの熊谷崇准教授が率いる国際研究チームは、フリッツ‐ハーバー研究所(ドイツ)と共同で探針増強ラマン分光の先端計測技術を応用した原子スケールの極微分光法を開発し、今回銀の探針と単結晶シリコン表面との間に原子点接触を形成した際に巨大なラマン応答が得られることを世界で初めて発見しました。

今回新たに発見した現象は、物質表面の化学構造を原子スケールで調べることのできる超高感度の極微振動分光への応用が期待されます。また、開発した極微分光計測は今後、原子スケールの光と物質の相互作用について新しい原理を見出す研究への展開が期待されます。

本研究成果は、2021年5月2日に「Nano Letters」誌のオンライン速報版で公開され、幅広い科学分野に重要性があると認められるACS Editor’s Choiceにも選ばれました。

 

研究の背景

半導体デバイスの超集積化はシングルナノメートルの領域に入っており、原子レベルの構造や欠陥による動作への影響を詳細に調べることの重要性が増しています。回折限界を超えてナノスケールの空間でイメージングや化学分析を行う計測法として走査型近接場光顕微鏡が発展し、近年の計測技術の進展によってその空間分解能は原子スケールにまで達することが示されていました。特に、探針増強ラマン分光は原子スケールで振動スペクトルを取得することのできる超高感度の化学分析法として期待されています。しかしながら、従来、原子スケールの振動スペクトル測定は特殊な材料に限られており、これを半導体材料から得るにはさらなる高感度化が必要とされていました。

 

研究の成果

今回、研究チームはフリッツ‐ハーバー研究所と共同で開発した探針増強ラマン分光の先端計測を応用し、代表的な半導体であるシリコンの単結晶において表面選択的に振動スペクトルを得ることに成功しました。探針増強ラマン分光では探針とよばれる鋭く尖った金属の針の先端に発生するナノスケールの光(局在表面プラズモン共鳴[5])と物質の強い相互作用を利用することで非常に高い感度と空間分解能を実現しています。研究チームは収束イオンビームによって銀から作製したプラズモニック探針と代表的な半導体であるシリコンの単結晶表面との間に原子点接触を形成することで、巨大なラマン応答が得られることを発見しました。図1aには実験の模式図を示しています。銀の探針をSi(111)-7×7再構成表面に近づけ(図1b)、その間に接合から発生するラマンスペクトルをモニターしています。図1cは得られたラマンスペクトルで、縦軸をSTM接合[6]の距離、横軸をラマンシフト(振動の周波数)、カラースケールをラマン強度として表示しています。探針がシリコン表面に触れていない領域(トンネル領域)では基板内部のシリコン原子に由来する振動モード(バルクフォノン)のみが520 cm-1に観測されています。探針が表面に接触し、原子点接触が形成された瞬間から表面に由来する振動モードが現れます(原子点接触領域)。探針を表面から離し、原子点接触構造が消失すると同時にこの表面由来の信号も消失してしまいます。

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図1 (a)実験の模式図。(b)銀の探針の電子顕微鏡像(上)とSi(111)-7×7再構成表面の走査トンネル顕微鏡像(下)。
(c)得られた原子点接触ラマンスペクトル。

 

研究チームはさらに、この原子点接触ラマン分光によってシリコン表面の原子レベルの構造を調べるための実証実験を行いました。図2のようにシリコン単結晶表面の原子ステップと呼ばれる構造において同様の測定を行うと、表面の平らな部分とは異なるスペクトルが得られます。また、シリコン表面をごく微量の酸素ガスに暴露し、数ナノメートルのスケールの酸化シリコンを導入した表面でも測定を行いました。その結果、酸化したことに由来する特徴的な振動モードを検出することにも成功しました(図3の600 cm-1以上に観測されるピーク)。
 

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図2 Si(111)-7×7再構成表面の平らな表面と原子ステップで計測した原子点接触におけるラマンスペクトル。

 

 

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図3 部分的に酸化されたSi(111)-7×7再構成表面(走査トンネル顕微鏡像に示した矢印の位置)で測定した原子点接触ラマンスペクトル。

 

今後の展開・この研究の社会的意義

これまでの研究では探針増強ラマン分光の高感度化(ラマン散乱強度の増幅)にはプラズモニック金属で構成されるナノギャップ構造が不可欠であると考えられ、多くの場合で測定可能な試料は代表的なプラズモニック材料である金もしくは銀の基板に吸着した系に限られていました。今回の原子点接触の形成による巨大なラマン応答の発見はこの常識を覆し、様々な物質で原子スケールの極微分光が行える可能性を示すものです。巨大なラマン応答はナノスケールの超微小試料の化学組成や構造、そして反応を調べるための超高感度の振動分光を可能にします。これによって機能性分子材料や生体試料の一分子観察への応用が期待されます。

 

用語解説

[1] 探針:
下記STM等で用いる非常に細く尖った針。

[2] 原子点接触:
二つの物質が原子1個でつながっている状態で、量子点接触とも呼ばれる。本研究では、この構造を作ることで下記のラマン応答が大幅に増強されることを明らかにした。

[3] ラマン応答(散乱・分光):
物質に光を当てたとき、散乱された光の中に、当てた光とは異なる色の光が含まれる現象。また、これを用いた測定手法。ラマン散乱の名称は発見者のインドの物理学者、チャンドラセカール・ラマン(1930年のノーベル物理学賞受賞)に由来する。

[4] 振動スペクトル(分光):
原子が振動(化学結合が伸び縮み)する周波数を測定することで、物質の種類や結合の様子を調べる化学分析法。周波数はラマン散乱から求めることができる。

[5] 局在表面プラズモン共鳴:
金属ナノ構造に光を照射した際に発生する伝導電子の集団的振動のことで、光をナノスケールの空間に閉じ込めることができる。

[6] STM(接合):
STMは走査トンネル顕微鏡(Scanning Tunneling Microscope)の略称。探針を試料基板に近付けた際に流れる「トンネル電流」を測定しながら、探針を移動させて、基板の凹凸等を計測する手法。通常のSTM接合では探針と基板表面との間に真空ギャップを挟んでいるが、本研究では探針をさらにシリコン表面へと接近させて原子点接触を形成した。

 

論文情報

掲載誌:Nano Letters

論文タイトル:“Atomic Point Contact Raman Spectroscopy of a Si(111)-7×7 Surface”
(「Si(111)-7×7表面の原子点接触ラマン分光」)

著者:Shuyi Liu, Adnan Hammud, Martin Wolf, Takashi Kumagai

掲載日:2021年5月2日(オンライン公開)

DOI:https://doi.org/10.1021/acs.nanolett.1c00998

 

研究グループ

分子科学研究所
フリッツ‐ハーバー研究所(Fritz-Haber Institute of the Max-Planck Society)

 

研究サポート

科学技術振興機構 さきがけ JPMJPR16S6(熊谷 崇)

 

研究に関するお問い合わせ先

熊谷 崇(くまがい たかし)
分子科学研究所 メゾスコピック計測研究センター 准教授
TEL:0564-55-7410
E-mail:kuma_at_ims.ac.jp

 

報道担当

自然科学研究機構 分子科学研究所 研究力強化戦略室 広報担当
TEL:0564-55-7209 FAX:0564-55-7374
E-mail: press_at_ims.ac.jp

 

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