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2021/11/18

プレスリリース

120年の歴史を塗り替える:ペースト状グリニャール試薬の合成に成功~有機溶媒の使用量を劇的に低減する新しい物質生産プロセスの構築へ(髙谷光准教授ら)

ポイント

・環境に有害な有機溶媒の使用を最小限に抑えたグリニャール試薬の新しい調製法を開発。

・ボールミルという粉砕機を用いることで実験操作の大幅な簡便化と溶媒使用量の激減に成功。

・環境調和型の新しい物質生産プロセスの拡充並びに生産プロセスのコストダウンの実現に期待。

 

概要

北海道大学創成研究機構化学反応創成研究拠点(WPI-ICReDD),同大学院工学研究院の伊藤 肇教授,久保田浩司准教授らの研究グループは有機合成において最も重要な反応剤の一つであるグリニャール試薬*1を有機溶媒をほとんど使用せずに簡便に合成する方法を開発しました。

一般的なグリニャール試薬の合成は,水や酸素を除いた反応容器の中で,高純度の有機溶媒を使用し,温度を厳密に制御しながら行う必要があります。この方法は合成化学において確立された手法として,約120年に渡って広く用いられているものの,実験操作が煩雑であることや,有機溶媒由来の多量の廃棄物が問題点として挙げられています。

本研究では,ボールミルという粉砕機 *2を用いることで実験操作を簡便化し,有機溶媒をほとんど使用せずにペースト状のグリニャール試薬の合成に成功しました。このグリニャール試薬は様々な無溶媒有機反応に利用できることから,環境調和型の新しい物質生産プロセスの拡充が期待されます。

本研究は,北海道大学大学院理学研究院,同大学創成研究機構化学反応創成研究拠点(WPI-ICReDD)の前田理教授,Jian Julong特任助教及び京都大学化学研究所,自然科学研究機構分子科学研究所の高谷光准教授と共同で行いました。

本研究成果は,英国時間2021年11月18日(木)公開の Nature Communications誌に掲載されました。

なお,本研究は,科学技術振興機構(JST)戦略的創造研究推進事業 CREST「レドックスメカノケミストリーによる固体有機合成化学(JPMJCR19R1)」,創発的研究支援事業「固相メカノラジカルの化学と応用(JPMJFR201I)」,文部科学省科学研究費補助金「基盤研究 A」(18H03907),「新学術領域研究(ソフトクリスタル)」(17H06370),「若手研究」(19K15547),「新学術領域研究(ハイブリッド触媒)」(20H04795),文部科学省世界トップレベル研究拠点プログラム(WPI)の支援のもとで行われたものです。

 

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有機溶媒を使わずに効率よく合成したグリニャール試薬。このペースト状グリニャール試薬は様々な無溶媒有機反応に使用できる。

 

背景

グリニャール試薬は,1900年に初めてその合成が報告されて以降,有機合成において最も重要な反応剤として幅広く利用されています。一般的にこの試薬の調製は,有機溶媒を用いて有機ハロゲン化物*3とマグネシウム片を混合する方法で行われます(図1)。これは有機合成において確立された方法であるものの,実験操作が煩雑であることや,有機溶媒由来の廃棄物や毒性,安全性に注意する必要がありました。したがって,有機溶媒をなるべく使用せずに,簡便に合成する手法の開発が求められていました。

 

研究手法

簡便かつ有機溶媒の使用を抑えた新しいグリニャール試薬の調製法の開発を目指し,ボールミルという粉砕機を用いたメカノケミカル合成を利用しました。このメカノケミカル合成では、金属製のボールを反応基質とともに直接ジャーに入れ,素早く左右に振動し機械的に強く攪拌することで、,溶媒を用いずに高い反応効率を実現できることが知られています。メカノケミカル反応には,Retsch社製ボールミル,MM400を使用しました。

 

研究成果

本研究では,有機ハロゲン化物とマグネシウム片に対し,ごく少量の有機溶媒を添加してボールミルで粉砕すると短時間で簡便に効率良くグリニャール試薬を合成できることを見出しました(上図)。この合成法は容器内の水分や酸素の影響を受けにくく,有機溶媒の使用量をおおよそ1/10まで低減できる上,高価な高純度の有機溶媒を用いる必要がありません。この方法で合成したグリニャール試薬はペースト状であり,有機溶媒に溶かさずにそのまま様々な有機合成反応に使用できます。これに加えて有機溶媒に溶けにくく,従来の溶液合成では扱いにくい有機ハロゲン化物を用いても目的のグリニャール試薬の合成が可能でした。

さらに本研究では,京都大学の高谷准教授,北海道大学の前田教授,Jian特任助教の協力を得て,分子科学研究所の放射光施設UVSORにおいてX線を使ったペースト状グリニャール試薬の構造解析を行いました。その結果,グリニャール試薬の特徴である炭素とマグネシウムの間の結合を確認でき,合成に成功した証拠を示すことができました。

 

今後への期待

有機化合物を合成するための重要な試薬の一つであるグリニャール試薬を,有害な有機溶媒を用いずに合成できるようになりました。これにより,化学製品,医薬品や機能性材料を,より環境負荷を抑えた形で生産できるようになることが期待されます。また,溶媒の精製と使用によるコストがかからないことから,生産プロセスのコストダウンが期待されます。

 

論文情報

論文名:Mechanochemical Synthesis of Magnesium-based Carbon Nucleophiles in Air and Their Use in Organic Synthesis (空気下における有機マグネシウム求核剤のメカノケミカル合成と有機合成への応用)

著者名:高橋里奈1,Anqi Hu2,Pan Gao2,Yunpeng Gao2,Yadong Pang3 ,瀬尾珠恵1 ,Julong Jiang4 ,前田 理3,4 ,高谷 光5,6 ,久保田浩司2,3 ,伊藤 肇2,31北海道大学大学院総合化学院,2北海道大学大学院工学研究院, 3北海道大学創成研究機構化学反応創成研究拠点(WPI-ICReDD),4北海道大学大学院理学研究院,5京都大学化学研究所, 6自然科学研究機構分子科学研究所)

雑誌名:Nature Communications (ネイチャー姉妹誌)

DOI:10.1038/s41467-021-26962-w
公表日:英国時間 2021年11月18日(木)(オンライン公開)

 

お問い合わせ先

【研究に関すること】
北海道大学創成研究機構化学反応創成研究拠点(WPI-ICReDD)・同大学院工学研究院
教授 伊藤 肇(いとうはじめ)・准教授 久保田浩司(くぼたこうじ)
TEL 011-706-6561(伊藤 )/ 011-706-6563(久保田)(いずれも FAX兼用)
メール hajito[at]eng.hokudai.ac.jp(伊藤 )/ kbt[at]eng.hokudai.ac.jp(久保田)
URL https://itogrouphp.eng.hokudai.ac.jp/

【JST事業に関すること】
科学技術振興機構戦略研究推進部グリーンイノベーショングループ
嶋林 ゆう子(しまばやしゆうこ)
TEL 03-3512-3531
FAX 03-3222-2066
メール crest[at]jst.go.jp

配信元
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FAX 011-706-2092
メール kouhou[at]jimu.hokudai.ac.jp
科学技術振興機構総務部広報課(〒102-8666 東京都千代田区四番町5番地3)
TEL 03-5214-8404
FAX 03-5214-8432
メール jstkoho[at]jst.go.jp

 

【参考図】

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図1. グリニャール試薬は 有機溶媒中で有機ハロゲン化物とマグネシウムを反応させて合成する。
120年以上にわたって広く用いられてきた合成方法である。

 

用語解説

*1 グリニャール試薬 …炭素とマグネシウムとの間に結合をもつ有機反応剤。有機合成において最も頻繁に使われる反応剤の一つ。この反応剤を発見したヴィクトル・グリニャールは,その業績により,1912年にノーベル化学賞を受賞した。

*2 ボールミル …粉砕機の一種で,セラミックなどの硬質のボールと材料の粉を円筒形の容器に入れて回転させることによって,材料をすりつぶして微細な粉末を作る装置。近年有機合成にも応用されている。

*3 有機ハロゲン化物 …分子内にハロゲン原子(ヨウ素,臭素,塩素,フッ素)を含む有機化合物の総称。炭素原子とハロゲン原子の間にマグネシウムが挿入されると,グリニャール試薬になる。

 

WPI–ICReDDについて

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ICReDD(Institute for Chemical Reaction Design and Discovery, アイクレッド)は,文部科学省国際研究拠点形成促進事業費補助金 「世界トップレベル研究拠点プログラム(WPI)」に採択され,2018年10月に本学に設置されました。WPIの目的は,高度に国際化された研究環境と世界トップレベルの研究水準の研究を行う「目に見える研究拠点」の形成であり,ICReDDは国内にある14の研究拠点の一つです。

ICReDDでは,拠点長の下,計算科学,情報科学,実験科学の三つの学問分野を融合させることにより,人類が未来を生き抜く上で必要不可欠な「化学反応」を合理的に設計し制御を行います。さらに化学反応の合理的かつ効率的な開発を可能とする学問,「化学反応創成学」という新たな学問分野を確立し,新しい化学反応や材料の創出を目指しています。