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2023/10/03

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2023年ノーベル物理学賞に寄せて(大森賢治教授 コメント)

アト秒光パルス(アト = 10-18)の発生は過去20年以上にわたる多くの人々の努力の積み重ねによって発展してきた技術です。「高強度のフェムト秒レーザーパルス(フェムト = 10-15)を原子に集光することによってできる強い電場と原子中の電子の相互作用によって発生する光パルスを用いる」という、画期的な発想の上に成り立っています。今回のノーベル物理学賞は、このアト秒光パルス現象の発見、メカニズムの解明、そして応用の3つのフェーズで主導的な立場を果たしたお三方に授与されました。心よりお祝い申し上げます。

1990年代のフェムト秒レーザー装置の発展は、物質の中の「原子の動き」を観察して制御するフェムト秒化学の分野を切り拓きましたが、これに対して2000年以降のアト秒光パルスの発展は、より高速な「電子の動き」を観測して制御することを可能にしました。一方、アト秒光パルスが最も効果的に活用できると期待されるのは固体中や液体中の電子の制御です。特に、電子の量子力学的な波の性質を制御することが、量子コンピューティングや化学反応制御などの画期的なテクノロジーにつながります。しかし固体や液体中では、この量子の波の性質は一般的に10フェムト秒程度の極めて短い時間で壊れてしまいます。従って、これを観測し制御するためにはアト秒光パルスが必要になります。今後は、アト秒光パルスをこのような固体や液体に適用するための周辺技術の発展や、アト秒光パルスそのものの強度、安定性、精度などの改善が実用化の鍵を握ると考えられます。

なお今回、アト秒光パルス発生のメカニズムの解明に大きく貢献されたPaul Corkum博士(カナダ NRC)が受賞されなかったことに少なからず驚きを覚えました。

 

    2023年10月3日            分子科学研究所 教授 大森 賢治

 

10/4(水)の中日新聞朝刊3面、10/6(金)の日刊工業新聞朝刊21面に、大森賢治教授の同様のコメントが掲載されました。